おはようございます。
今日は、最近ふと気づいた「私の中の糸」の話をしたいと思います。

 

初めはそんなにピンと張っていなかったんです。
教師として働き始めた頃の、私の中にある“糸”。

もちろん緊張はありました。
でも、どこか余白もあって、「分からないことは分からない」と言える余地もあったし、
「まだ慣れていないから」と自分を許せる感覚もありました。

 

でも、いつしかその糸は、ものすごくピンと張った状態になっていました。

それは、決してマイナスなことではなくて。
むしろ、仕事を深く知り、子どもたちや保護者、同僚との関係性を築いてきたからこそ、
張らざるを得なかった糸だと思うんです。

責任感、誠意、そして「ちゃんと向き合いたい」という気持ち。
それが、私の中の糸を自然と引っ張っていったのだと思います。

 

でも最近、ふと気づいたことがありました。

私はどうやら【あまり気を張りすぎず頑張る】ということが、うまくできないみたいなんです。

 

「ちょっと肩の力を抜いて」
「もっと気楽にやっていいんだよ」

そんな言葉をもらっても、どこかで「いや、でも…」と糸を緩めることに抵抗がある。

張っているからこそ、保てているものがある気がして。
張っているからこそ、語れることがある気がして。

 

でも、張りすぎた糸は、いつか切れてしまうかもしれない。
そのことにも、ちゃんと向き合わなければならないと思っています。

 

だから今、私は“糸との付き合い方”を考えています。

張ることも、緩めることも、どちらも必要で。
そのバランスを探ることが、今の私の課題なのかもしれません。

 

糸が張っていることに気づけた今、少しずつでも、緩める勇気を持ってみたい。
それは、弱さではなく、しなやかさ。

そして、長く語り続けるための、大切な選択なのだと思っています。

 

読んでくださって、ありがとうございます。
同じように「糸」を感じている方がいたら、そっと寄り添えたら嬉しいです。