これまでいくつかの町に住んできたけれど、
子どもができて初めて、
「町に根づく」みたいな感覚を味わっている。

区役所や公民館、お蕎麦屋さん、公園、保育園、何気ない道でさえ、
この町のいろんな場所が我が子にとっての故郷になるのだなと思うと、とても大切な場所に思えてくる。


この町でたいちゃん(息子、現在3歳)はスクスク育ってきた。

ちょうど昨年の今頃は、やっと少し一語文が出始めた頃で、図鑑に載っている七夕の写真を指して「ほいくえん」と言っていた。

「たなばた」とか「ささのは」とかは言えないけれど、保育園でやった七夕祭りが楽しかったのだろう。

親の目から離れたところで、新しい体験をしてくるたいちゃんが愛おしくて仕方なかった。


そんなある日たいちゃんと道を歩いていると、
たいちゃんが私の前に立ち塞がり通せんぼをした。

「たいちゃん何それ?」と、

通せんぼを避けていくと、
走ってまた私の前に来て通せんぼをするので、
 

50メートルの道を歩くのに5分くらいかかった


保育園で流行っているのかな?と思いハッとした。


もしかして、あのおじちゃんの真似かしら?



近所で長いこと工事をしている建物があって、
そこの警備員の小柄なおじちゃんが、
優しくて子ども好きな人で、
前を通るたびにたいちゃんと遊んでくれていたのだ。

追いかけてくるフリをしたり、
通せんぼをしたり。

遊んでくれているというか、
おじちゃんは遊んでくれてるつもりだけれど、
たいちゃんは割と本気で怖がっていて、
工事現場の前を通る時はおじちゃんに見つからないように、自分の顔を手で隠して歩いたりしていた。

そんなたいちゃんとおじちゃんのやり取りを、いつもほのぼのとした気持ちで見させてもらっていた。

ああ、あのおじちゃんの影響で通せんぼしてるんだな。いろんなところから少しずつ影響を受けて大きくなっていくのだなぁと、しみじみしてしまった。



その工事現場近くのパン屋さんでは、
毎年七夕の時期になると、
お店の前に通りすがりの人が書けるようにと、
短冊とペンを用意してくれている。

いろんな人の短冊の願い事を見るのが好きなので、何気なく眺めていると、こんな短冊を見つけた。




現場が終わるまでにパン屋さんのパンが食べられますように……



これ…
これもしかして…

あのおじちゃんが書いた願い事じゃない?


そのパン屋さんはなかなか人気で、
特に人気商品が出る時には行列ができたりする。

近くにいても警備の仕事をしてると買いに来るのは難しい。

工事期間中にこの店のパンが食べたいと、
あのおじちゃんが思っている……。
絶対そう。こんなお茶目な願い事書くの、あのおじちゃんしかいなそうだし。



そして私はあのおじちゃんにパンを買ってプレゼントしようと思いついたのでした。



パンを渡したらきっと、おじちゃんはびっくりしてこう言う。

「えっ。私、ここのパン食べたいと思ってたんですよ。どうしてわかったんですか?ありがとうございます!」


そして私は微笑みこう答える。


「だって今日は、七夕じゃないですか」


私は
その辺の人に主人公がいいことされて、
その辺の人が「だって今日は、クリスマスじゃないか」って答える、欧米のクリスマス映画に憧れていたーー


あれをやりたい。
クリスマスじゃなくて七夕だけど。
今こそあれをできるチャンス。ワクワクワクワク。



そして私は今日警備の担当がおじちゃんであることを確認しに行き、
列に並び、
パンを買い、
おじちゃんがいなくなってたので一度家に帰り、
家の窓からおじちゃんまだかなと遠目に様子を伺い、
おじちゃんが出てきたので急いで工事現場に行き、


おじちゃんに「あの、良かったらこれ」とパンを渡したのでした。







おじちゃんはキョトンとしていました。




そのおじちゃんの表情から、私はあの短冊を書いたのがおじちゃんではないことを察しました。


「え、いいんですか?」

「はい、あの、良かったら、皆さんで」

「ありがとうございます。皆でいただきます」



微妙なやり取りをしながら、
うわー…まじかー…絶対おじちゃんじゃないわーと絶望し、

あの短冊を書いた本人にも、パンが行き渡りますように。。

と願いながら会釈して去りました。



私は自分の家の工事でもないのに、めちゃくちゃ暑い日にパンを差し入れしてくる謎の女ーー




それが去年の七夕の思い出。


それからもたいちゃんはスクスク大きくなり、
おじちゃんに会うと「こんにちは!」と挨拶できるまでになりました。

建物が完成した時には、「工事おじさん、ありがとー」と謎の発言をしていました。


今年の七夕、もう工事現場もおじちゃんもいませんが、パン屋さんの前の短冊を見るたび、
私はやらかした七夕のことを、切なく思い出すのでした。