目からウロコ。
あまりにもカルチャーショックだったので
興奮がさめやらないうちに書いておこう。
今まで、私は
マラソンなんてバリバリの個人種目だと思っていた。
誰かと一緒に走るなんて言語道断。
長距離走なんて、自分との戦いでしょう?
春樹もそう言っていたし。
走れるか、走れないか。
頑張れるか、頑張れないか。
できなければ、練習不足の自分が悪い。
次は、しっかり練習をして出直して来いと。
マラソン以外でも、結構そういう考え方だった気がする。
でも、そんな考えを覆す衝撃の出来事が。
初めてフルマラソンを走った。
正直、長距離走は得意だったし、
フルは初めてだけど
ハーフはなかなかの高タイムを出していたし
まあ、完走は余裕でできるだろう、ぐらいに思っていた。
でも、ハーフを越えたあたりから急激に右足の付け根に痛みがはしった。
痛いところをかばって走るから
腰やら肩まで痛くなってきてしまって
とてもじゃないけどみんなのペースについていけない。
「ああ、私はゆっくり行くので
どうかみんなは先にどうぞ…」
そう思っていたら
友だちが順番こで隣にきて一緒に走ってくれた。
一人は超スパルタで「弱音吐いてんじゃねえよ!」と超怖く。
一人は「腕を振って」「いいペースだよ」と優しく。
一人は先を走りながらちょこちょこ後ろ振り向いて「大丈夫?」と目で合図。
申しわけなさすぎて
ほんと先に行って…と何度も言ったのだけど
去年は仲間の一人が足切り時間に間に合わなくて
完走メダルがもらえなかったから
今年は全員で完走が目標だからって。
タイムなんて誰も気にしてないから、とにかくみんなで完走するぞ!て言ってくれた。
――なんと!
あったけえ、あったかすぎるよ…。
自分が同じ立場だったら
果たして同じことができただろうか?
否、絶対にできない。
というか、今まで全くしてこなかった。
思い返す己の姿――
富士山に登ったときに仲間の一人が高山病になったときは
どうしても頂上に登りたくて私だけ登ったし
熊野古道に行った時
仲間の一人がしんどくて歩けなくなったときは
もー、と心の中でちょっと舌打ちしていた。
なんて奴だ…。
そしてもうひとつ衝撃の事実は
つらいのは自分だけでないということを知ったこと。
私があまりにつらくて走りながら
「へえ」やら「ふう」やら
うめき声をあげていたら
「そういう声だすな!つらいのはお前だけじゃないんだから」と言われ
「ソウナノ!?」と本気でそこで初めて気づいた。
ちょっと考えればわかるはずなんだけど全く考えが及ばなかった。
つらい自分、それだけにスポットライトがあたってしまって
周りの人のつらさなんて想像ができなくなってしまっていた。
なんてこった…。
そんなあれこれを考えながら反省しきりで
もはや最後はただただ無心で足を動かして
制限時間内にみんなでゴール。
タイムはとっても遅かったけどものすごく充実感。
走るということを通して、
なんだか色々なことを考えさせられた。
痛みを知って、初めて人の痛みがわかるようになる。
足が痛くならなくて、ひょいと完走できていたら
こんなこと考えもしなかっただろう。
これからは、もう少し人の痛みがわかる人間になろう。
奥深し、フルマラソン。
よく頑張りました、
そしてありがとう、あったかすぎる仲間たち。
ほっこり。