今、授業での発表に向けて、フランス文学作品にでてくる詩の精読にチャレンジしているのですが、少し壁にぶち当たってしました。
問題は "complaisance" という単語。
私は詩の中でこの単語がどのような意味を持っているのかがいまいちわかりません。
辞書によると、意味は
①好意、親切
②愛想、こび
③うぬぼれ、自己満足
とあります。
初めて耳にする単語がこのようにいくつかの意味を持つ場合、 理解するのがとても難しいです。
日本人の私にとっては「親切」と「媚び」は別のものなのですが、フランス語ではひとつの単語が両方の意味を持っているのですね。
フランス人はじゃあ状況にわけて意味を考えながら使い分けているのでしょうか?
日本語でも複数の意味をもつ単語はたくさんあります。
わかりやすいたとえでいうと、「やばい」。
良い意味でも悪い意味でもありますね。
例1「勉強してなさすぎてテストやばい」
例2「矢沢永吉のライブ当選したやばい」
例1では悪い意味、2では良い意味で使われています。
では私たちは状況にわけて意味を考え使い分けていますか?
たぶんそうじゃないんだと思います。
その状態がもう「やばい」状態なのであって、言うときにいちいちこれは悪い意味のほう、とか、良い意味のほう、とかそんなこと考えてないのだと思います。「やばい」は「やばい」なのです。
ただ「やばい」は「良い意味でやばい」とか「悪い意味でやばい」という言い方をする場合もあるので、多くの人が「やばい」にはいろんな意味があるということを認識しているような気もします。
では「前」はどうでしょうか。
「前」といわれるとまず、「目の前」や「前にあるビル」とか存在(状況)としての「前」が私はまず浮かびます。
しかし「前」には「前に買ったハンカチ」などという過去のことを表す意味もある。
私がこれに気づいたのはフランスに行っているときでした。
フランス語では「存在(状況)の前」は「devant」で「過去の前」は「avant」。似てますが違います。
フランス人にとっては「devant」と「avant」は別のもので、言い換えることはできないものです。
それまでは「前」ということばがいろんな意味を持つことにさえ気づいていませんでした。
「前」は「前」だったのです。もちろん今もですが。
「前」は「前」であって、言うとき書くときにいちいち考えませんよね、自然に出てくるというか、、頭に「前」というものが存在するというか、、。
だから、日本語では様々な意味をもつ外国語の単語は辞書でみるだけでなく、実際にその言葉が使われている状況を何度も経験することで、その言葉の意味が自分の中で育っていくのかなぁと思いました。
若者言葉の「詰んだ」も最初は意味がよくわかりませんでした。友達には「追い込まれる、とか終わったとかそんな感じ」と説明されたのですが、それでもよくわからなかった。
その後、みんなが使っているのを見聞きするなかで頭のなかにもわ~っと「詰む」というものがあらわれてきたような気がします。
余談ですが、今フランスでは、より多くの留学生を呼び込むために、大学の一部の授業を英語でやるという法案が議論を呼んでいます。
反対派の意見でこのようなものがあるそうです。
「その英語は貧しい英語だ」
つまり、ただの情報伝達の英語であり、ただの手段としての英語、人工的な英語だというのです。
フランス人の先生がフランス語で話すと、そのフランス語には彼(彼女)の歴史があって、豊かなフランス語ですが、その先生が英語で話すとその英語はやはりフランス語よりは薄い、貧しいものになってしまう。それで教育をするのはいかがなものか、ということだそうです。
こんな話を今日フランス人の先生から聞いて、悔しくなってしまいました。
私のフランス語はまだまだ薄っぺらく、小さな世界しかあらわすことができない。日本語と同じくらい豊かにするのは日本語を忘れるくらいにまでならないと難しいでしょう。
でも激しく納得もしました。そうなんですよね~~、そういうもんなんですよね。うむ。。
ただ私が思ったのは、フランス語をたくさん学ぶことで、
フランスという日本と大きく違った国の人々が、何をどのように考えているのかを少しでも深く理解できるようになればいいなぁと、そんなことです。
そんなことをいうと近くの日本人のことだって理解していないのに!という感じですがね。
まぁなにせフランスには心惹きつけられるので、これからも経験をつけながらいっぱい学んで、そこにさらに経験をつけてつけてつけて、自分のフランス語に歴史をもたせていきたいなぁとそんな次第です。
なんだか説明するのがとても難しかった。もっとうまく説明できるようになったらまた書こう。とりあえず記憶づけに。