文章をあれするための、あれ。 -15ページ目

文章をあれするための、あれ。

日々気づいたこと、考えること、知りたいこと、など。

ここ一週間の疑惑が今朝確信に変わった。

「尿意は立つと増す」

詳しくいうと、
「朝の尿意は起きてベッドから出ると急激に湧く」

というのも、私は今まで朝の尿意は
寝ているときのものが溜まって湧いてくるもので、
眠りから覚めると尿意に気づくものだと思っていた。

しかし、最近の観察によると、
眠りから覚めていてもねっころがっている状態では
大した尿意はない。

起きて、ベッドでだらだらしながら
「あれっ今日は朝の尿意はないなぁ」なんて思っても、
起き上がると急激に尿意が湧いてくるのだ。

なぜだろう。

起きることによって尿が下に溜まり
それが尿気ボタンを押しているのだろうか?

あるいは、
おねしょ期を卒業した大人は
ベッドに寝そべった状態では
絶対に尿気ボタンを押されないように鍛えられているのだろうか。

来週は、朝眠りから覚めたあと、
ベッドから立たずに座るとどうなるかを調べよう。

私の父は変わっている。

シャワー中は浴室から「パオ~ん」という叫び声が聞こえていたし、
私が高校留学する際には
自分も新しいことに挑戦するといって、
腹話術を始めだした。

わさびのチューブが終わりかけのときは
そこに醤油をいれ、
歯磨き粉が終わりかけの時は
チューブを切って、最後まで使い尽くしていた。

そして独特の略語を使う。
「どういたしまして」は「どいたま」
「おまたせ」は「おまた」
あと1文字くらい言えばいいじゃないか!
と思うのだが、
そんな人なんだからしょうがない。

あまり周りがどうだから、、とかではなく
個人の基準で生きている人なのだ。たぶん。

彼が私の父なのだ。
彼の血が私にも流れているのだ。
時々、その遺伝子の存在をどうしようもなく感じてしまうときがある。

私も、「変な人」と思われることが多い。

特に、知り合って間もない人に。

「カワイイ」と同じで「変」という言葉も
幸か不幸か幅が広くなってしまった。

笑いながら言われる、
「ワタコって変やんな~」は単に
「ちょっとキャッチーだねぇ」くらいの意見だ。
そんな場合は私の中の父の遺伝子はばれていないはずである。

父の「変」、そして私の中にある父の遺伝子の「変」は
キャッチーとはまた違う。
「うわぁちょっとこの人、変わってるわぁ~」と、
素の心にあらわれる「変」なんだ。

親しい人には、ふとした瞬間に真顔で
「ワタコって、ほんま変わってるよな」と、
みつめられながら何かを確認されるように言われることがある。
これは私の中の「父」がばれてしまったのだろう。
そして「この人変!」という心の叫びが
ある程度溜まり、本人に確認という段階まできたのだ。

最近、私の中の「父」を発見したのは
私の入浴方法である。

毎朝、両手をまぶたの下にあて腕で頬を隠し、
そこからシャワーの水をつたわせ
まぶたに当てている と知人らに話したら驚かれた。

理由はシャワーをまぶたにあてると
むくみがとれるからである。
そしてシャワーの水を直接あてるのは
肌に悪い。
手を使って水力を弱め、
腕で頬を隠すのは当たり前のことだ。
これが私の編み出した現時点最高の
まぶたむくみ解消法だ。
と誇らしく思っていたのだが、
知人らはそんなことしないらしい。
ただ目を覚ますために顔にバシャッと水を浴びているのだそうだ。

そんな話をきくと、この効率を考えた行為、
少し父っぽいな、、と思った。

私は、父が変だと知っているから、
自分の中に父を見つけるとき、
「あぁ私って少し変なんだ」と自覚することができる。

それ以外にも、父がしていた謎な行動を、数年たって
している自分に気づくことがある。

そんな時は、遺伝子に嫌気がさしつつも、
あの理解不能な父のことが
少しわかった気になる。

だって「おまた」の方が人生が楽しくなるじゃない!
今日 新しい保湿クリーム買った。
手に1.5cm程出して塗ったがちょっと多かった。首まで塗った。
始めてのクリームを使う時は伸び加減がわからないから
ちょっと出して、足りなかったら足すかたちで伸び加減をチェックしようと決めた。

人生毎日学習である。
「フランスにはおらんやろ」と言われて驚いた。
座敷わらし、フランスにはいないのか。

先日、日本人の先輩の家へおじゃますると
「さっきまでここにあったマスカラがどっかいった」という。
机の下、ソファの裏、あらゆるところを探すもでてこない。
しょうがない、
「まぁ座敷わらしが見つけ出してくれますよ」と言うと
言われたのが先の一言である。

はっとした。

確かに座敷わらしの定義というのは、
家に住み着くもの、それも日本の家だろう。
しかも調べているとどうやら岩手県など
東北地方にいるらしい。
フランスどころか大阪にもいないやないか。

私は座敷わらしを信じている。
私の座敷わらしは移動型だ。

もちろんフランスの我が寮にもいるし、
こないだは図書館にてあらわれた。

MYわらしが見つけてくれたのはコチラ
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バカンス中に会ったホストブラザーのオススメ映画。
そのDVDが運命的にみつかったのである。

「ナイトミュージアム」主演のベンスティラー監督・主演の
ウルトラおバカ映画「ズーランダー」
きっと日本でもフランスでもそんなに有名ではないはずなのに、
バカンス後初めて来た図書館で
偶然これが目に入る!
しかもチョーおもしろくて一週間で3回みた!
完全に座敷わらしのおかげだ!

座敷わらしについて調べていて
気づいたこと。
私は座敷わらしを「幸せ運んでくれる妖精」のように
思っているが実際は「いたずら妖怪」である。

いや、確かに「いたずら妖怪」だ。
現在イヤフォンが行方不明である。

でも私は私の座敷わらしを信じている。
必ず出してきてくれると。

なんでも信じ始めることが大切。
馬も座敷わらしも同じである。
人生を共にするバディーなのだから。
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白菜である。

フランスではChou chinoisといって、
中国キャベツという名のもと、
特定のスーパーや、アジア系商店で売られている。

今、この白菜が、アツい。(私の中で)

フライパンに水と切った白菜、しょうがと
塩コショウを入れて調理するだけで
超うまい。あの柔らかさが至福。

この料理とも言えない食物を
最近はほぼ毎日、一食として食べている。

考えてみると私は食事には手間をかけないタイプである。
美味しいか、より「どれだけ早くつくれるか」の方が大事である。

例えば昼食に友達がくれた「白いご飯にすごく合う、焼肉のたれ炒め」があるとしよう。
私はこの焼肉のたれがしみた牛肉を、それだけか、パンと一緒に食べるだろう。
日本米(イタリア産)は買ってあるのだが洗ったり炊いたりと時間がかかる。
パンを買って一緒に食べた方が楽ちんだ。

例え米と食べるのが一番おいしかろうと、今すぐ食べたいのだ。
食事にはあまりこだわらず、まぁ簡単で安上がりなものが食べれればよいという考えである。
美味しければいいが、最高においしくなるための手間はかけない。

不思議なのは、つい1週間前のある夕方には
携帯片手に「街で一番おいしいレストラン」を
30分以上かけて検索していた私がいることだ。

旅行にきた母とその友達と共に
初の南仏・アヴィニョンを訪れた際のことである。

隣町のアルルを訪れた後、
ホテルに一泊し、
朝食は「アヴィニョンで一番おいしいクロワッサン」があるパン屋さん、
昼食は街のレストランで口コミ1位のお店でご飯を食べた。

全部前日の夜にせっせとアイフォンで検索しては地図に印をつけて挑んだ。
母と友はフランス語がわからないのもあるが、私に言われるがままついてきた。

夜ごはんも、徹底的に調べて、
観光客だけでなくフランス人に人気のあるレストランへ。
ほんと~~に美味しくて、一同大満足で帰った。

これは思い出としても、気分のよく自慢に思うもので、
頭の中の履歴書に一筆したい出来事になった。

私からすれば、「ネットで検索して美味しいものを食べに行く」ことは
ほとんど当たり前のようなことだった。
知らない地、それも観光地に来たのだから
ぼったくられるわけには行かない!!
そのためには情報を比べて
その時のニーズにあったベストレストランを決める必要がある。

しかし私の母は何も調べようとせずに仕事をしているし、
その友達はというと口コミサイトを検索するものの
何故か隣町のランキングを見てしまう。

母にとって食べ物はどうでもよく、
友達はというと「たまたま美味しい所に巡り合いたい」タイプらしい。

私も1人で食べる分には前述した通りどうでもいいのだ。
外食する場合でも「美味しい所(か、おもしろい所)に巡り合えたらラッキー」タイプである。

なんで毎日茹でただけの白菜を食べている人間が
アヴィニョンでは時間・手間をかけて絶品店を調べたのか。

いくつかの理由を考えた。

・観光地のぼったくりレストランで損したくなかった。
・わざわざフランスまで来た二人に「それ相応の」美味しい物を食べてほしかった。
・優しいのではなく、最終的に褒められたいから。
・そして私は検索が好きで、得意である。

つまり、損得勘定・承認欲求・特技検索のコンボで、
この「学生時代に夢中になったこと」として面接で力説したい
出来事は完成したのである。

自己分析の結果、私に向いている職業は
HISでチケット手配する人だなとわかりました。
損得勘定を使って旅を検索しまくる自分を妄想する日々です。