午前8時の同士感 | 文章をあれするための、あれ。

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日々気づいたこと、考えること、知りたいこと、など。

前から気になっていたことのひとつに

「人はどのような基準で仲間意識を持つのか」ということがある。

 

私は大阪生まれ大阪育ちで関東には住んだこともなく、

心がとがっていた学生の頃までは「東京の人」に対しては

それだけでどこか「けっ」と思ってしまう性質であった。

 

だけどフランス留学中は東京出身だろうが「同じ日本人」ということで

仲間意識があったし、同様に台湾から来た子たちに対しても同じ気持ちがあった。

 

逆に、例えば京都から大阪に向かう電車の中で、

隣の席の人が大阪出身だったとしても、私は特に親近感を感じないと思う。

だってそんな人、車内にうじゃうじゃいそうじゃないか。

 

どうも自分がマイノリティである分野において、

同じ立場の人に仲間意識を持つのじゃないかという気がする。

 

それがどのくらいマイノリティで、とかはまだわからないが、

この間は「こんなに一瞬の、小さな範囲でのことでも仲間意識を感じてしまうのか!」と驚いたことがあった。

 

平日の朝。通勤電車は満員で、終点駅で一気に人が降りる。

ぎゅうぎゅうだから皆チビチビとしか進めない。

ポムポムプリンみたいな歩き方になる。

やっとドアのところまで来たと思うと、ちょうど扉のところで

男性二人の間と横並びになり、詰まってしまった。

 

こんな感じだ。

 

ちょうどドアの幅にはまってしまい動けない。

「これ、出れるのか!?」の一瞬焦ったが、

3人の「降りたい」という気持ちにより一斉に押し出され

プリ~ンッと電車外に降りたった。

 

 

歩き出してすぐ私はどうしようもなくこの2人の男性に「同士感」を持った。

 

突き止めるとそれは多分満員電車で多くの人がいるなか、

ドアに詰まるという苦境にあったマイノリティの同士で、

それを一緒に乗り越えたことによって仲間意識なのだと思う。

 

朝のほんの15秒にも満たない、半径1メートル内で起こる出来事がきっかけでも

他人に仲間意識は持てるものなのだ。

 

ネットで色んな人とつながれる時代。

物理的距離が遠くても、「仲間意識」のツボを押さえれば集団はできていくんだろうなぁと考えた。