信じていると目に見えないものばかり | 文章をあれするための、あれ。

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フランスへ留学に来て、大きく変わったことが一つある。
入浴観である。

以前の私は湯船を愛し、風呂を信じ、入浴を義務としていた。
2014年4月19日のブログを見てみる。

「よく噛み、よく眠り、ゆっくり湯船につかり、ほどよく運動し、ほどよく笑う

これがわたしのドリームライフである。」

人生の3大要素に入浴がはいっていたほど湯船を信じる湯船教であった。
そんな私にとってフランス留学は恐怖でもあった。

2日と湯船に浸からないだけで体がウギャーとなってしまう私がシャワーしかない寮で生きていけるのか?

そんなものは無駄であった、
こっちへ来て3か月、いまだに湯船には浸かっていないが全然平気だ。


ドリームライフに本当に必要なものを勘違いしていた、
それは分厚いマットだったのである!
そう、布団である。布団が素晴らしければ湯船に浸からなくとも体はウギャーとならない。

幸いにも寮のベッドはフカフカである。体がすごく休まっている。

考えてみれば湯船に浸からずとも元気でやっていたときがあった、日本でも。
友達の家やホテルに泊まるときである。

つまりどういうことかというと私の家の私の布団が諸悪の原因だったのだ。
あの古びた厚さ3cmほどの堅くて薄い布団。
毎日あの布団を畳の上にひいて寝てたらそりゃ、ウギャーなるよ。

日本人は固くて薄い布団を創り、それでも癒されない体のために風呂を創った。
対して欧米人はフカフカなベッドを創ったのだ。

どちらが良い悪いではない、文化だ。

問題は私の意識だ、湯船が全ての悪を流すものだと信じ、悪の根源に目を向けていなかった。

そして湯船に浸からないという友達を激しく非難した。
今ならわかる、きっとあの人たちは皆フカフカのベッドを持っているのだ。

ふとしたときに家のレベルの違いは出てしまう。


小学生の頃を思い出す。

砂糖と牛乳をかけた苺の美味しさを熱弁する私に対して
流行りのブランド服を着た友達が
「ちゃうで!苺はそのまま食べるのが1番やで」と一言。
私は「それは高い苺やからや!うちんちで出るのは安くて酸っぱい苺やねん!」と力強く返した。切なさと共に。

この苦くて消え去らない思い出を浄化するためにも、
日本に帰ったらフカフカのマットを買おう。家のレベルを上げるのだ。