わかったーーー?!?!
日が変わるチョット前、演奏を終えて帰ってきた龍士。
おつかれーーー。
眠そうでもあり、ぼーっとした感じ。
「明日の準備だけしてよーー、忘れないでね--」と声をかけたら、
...返事なし。
「わかったーーー?!」
言わないようにしていたはずなのに、言ってしまった、この一言。
「わかったーーー?!」
なんでかというと、まるで、お決まりの反応のように、わかっていなくても「わかった」と返事するから。
龍士が悪いわけじゃない。
小さいころから龍士に「わかった???」と問いかけ続けた私をはじめとする周りの人間がいけないのだ。ごめん。
しかし、今晩の龍士は、よほど眠いらしい。
反応のような「わかった」もなく、眠り込んでる(笑)
明日起きたら、支度しな。おやすみ。
おつかれーーー。
眠そうでもあり、ぼーっとした感じ。
「明日の準備だけしてよーー、忘れないでね--」と声をかけたら、
...返事なし。
「わかったーーー?!」
言わないようにしていたはずなのに、言ってしまった、この一言。
「わかったーーー?!」
なんでかというと、まるで、お決まりの反応のように、わかっていなくても「わかった」と返事するから。
龍士が悪いわけじゃない。
小さいころから龍士に「わかった???」と問いかけ続けた私をはじめとする周りの人間がいけないのだ。ごめん。
しかし、今晩の龍士は、よほど眠いらしい。
反応のような「わかった」もなく、眠り込んでる(笑)
明日起きたら、支度しな。おやすみ。
輝く銅
オリンピックでは大勢の選手がこの日のために精進してきた力を振り絞って頑張っている。
何気なくつけていたテレビ放送から流れてきた言葉に、目から鱗が落ちる思いをした。
『銅は、金と同じと書く』
何十年もこの文字を知っていたのに、何だか新しい文字を知ったような、清々しい気持ちになった。
何気なくつけていたテレビ放送から流れてきた言葉に、目から鱗が落ちる思いをした。
『銅は、金と同じと書く』
何十年もこの文字を知っていたのに、何だか新しい文字を知ったような、清々しい気持ちになった。
龍士の動作から発見!
人に手を向けて指し示す時の動作。
指を差す。のは、
あまり良いことではありませんが、会話の中で身振り手振りが加わり、話す時に結構カラダを動かす。
ちょうど龍士があらげほんじのリーダーらと食事をしながら雑談しているそばで、その会話に加わりながらいた時、さりげなくしている龍士の身振り手振りに、気がついた。
、、、、あの方に、、、と、年上の目上の方の話題の時、龍士の手は宙を舞い、手のひらを上側に向け、指は揃って広がって、伸ばした腕のさき、つまり広げられた手先を上に上げながら少しだけ仰ぐような動き。
逆に、親しい仲間とのふざけた動作の中で、大笑いしながら片手は笑った口をふさぎ、片手は人差し指を伸ばして他の指は握り、差しながら、あははは~と一同笑いに湧き上がる。
仲間との会話の中で、色々な会話が展開されるなか、終始大笑いの賑やかなやり取りで、どの人もカラダをたくさん動かす。
手を返してヒラを見せて少しあげる動作は、どうぞお先に。とか、あちらでございます。とか丁寧な気持ちを込めてする動作。
逆に人差し指を伸ばして指すのは、あまり丁寧でないけれど気楽な関係の中で許され、はき違えると、失礼な動作になりかねない。
あの、終始大笑いで、色々な話題が展開されるなか、龍士が、この動作を結構的確に使い分けていることに気がつき、感心した。
そんなこと?と驚かれてしまうかも知れませんが、龍士が社会に出て、いろいろな方との関わりの中で、身につけた動作なのだろうと思うのです。
失礼な動作をすれば、気を悪くされることもあるでしょうし、叱られたりもするでしょう。
それから、そんな動作を笑の中で許される空気をよむ。
こんな高度なことを、
龍士がしてる。すごい。
こんな一つ一つのことは、たいしたことでないようなと考えればそれまで。
私は、こんなに貴重なすごい事を龍士が自然に振る舞いの中に取り込んでいることに、すごく驚いた。
全ての方々に感謝。
でもね、一つだけ、私が引っかかってる龍士の動作があるの。
私のことを呼ぶ時、揃えた指で手のひらを下にして、手首から小さく仰ぐ。
龍士の方がはるかに背が高く、かーちゃん、来て来てと手を動かしながら呼ばれると、何だか?と思ってしまう。
難し~、
これは、私の方が親なんだから龍士より偉いだろうと、私自身が心の奥底に思っているから引っかかるのだろうか?(笑)
指を差す。のは、
あまり良いことではありませんが、会話の中で身振り手振りが加わり、話す時に結構カラダを動かす。
ちょうど龍士があらげほんじのリーダーらと食事をしながら雑談しているそばで、その会話に加わりながらいた時、さりげなくしている龍士の身振り手振りに、気がついた。
、、、、あの方に、、、と、年上の目上の方の話題の時、龍士の手は宙を舞い、手のひらを上側に向け、指は揃って広がって、伸ばした腕のさき、つまり広げられた手先を上に上げながら少しだけ仰ぐような動き。
逆に、親しい仲間とのふざけた動作の中で、大笑いしながら片手は笑った口をふさぎ、片手は人差し指を伸ばして他の指は握り、差しながら、あははは~と一同笑いに湧き上がる。
仲間との会話の中で、色々な会話が展開されるなか、終始大笑いの賑やかなやり取りで、どの人もカラダをたくさん動かす。
手を返してヒラを見せて少しあげる動作は、どうぞお先に。とか、あちらでございます。とか丁寧な気持ちを込めてする動作。
逆に人差し指を伸ばして指すのは、あまり丁寧でないけれど気楽な関係の中で許され、はき違えると、失礼な動作になりかねない。
あの、終始大笑いで、色々な話題が展開されるなか、龍士が、この動作を結構的確に使い分けていることに気がつき、感心した。
そんなこと?と驚かれてしまうかも知れませんが、龍士が社会に出て、いろいろな方との関わりの中で、身につけた動作なのだろうと思うのです。
失礼な動作をすれば、気を悪くされることもあるでしょうし、叱られたりもするでしょう。
それから、そんな動作を笑の中で許される空気をよむ。
こんな高度なことを、
龍士がしてる。すごい。
こんな一つ一つのことは、たいしたことでないようなと考えればそれまで。
私は、こんなに貴重なすごい事を龍士が自然に振る舞いの中に取り込んでいることに、すごく驚いた。
全ての方々に感謝。
でもね、一つだけ、私が引っかかってる龍士の動作があるの。
私のことを呼ぶ時、揃えた指で手のひらを下にして、手首から小さく仰ぐ。
龍士の方がはるかに背が高く、かーちゃん、来て来てと手を動かしながら呼ばれると、何だか?と思ってしまう。
難し~、
これは、私の方が親なんだから龍士より偉いだろうと、私自身が心の奥底に思っているから引っかかるのだろうか?(笑)
自作の曲がワークショップに!
龍士があまりにも嬉しそうだったので、書き留めます。
何故って、自分の作った曲がワークショップの題材になったから。
龍士が自分の曲を作ることを覚えて、まだ、それほど時間は経っていない。
しかも、口伝で作るので、それを見て龍士とのコミュニケーションで理解して覚える人と、楽譜に変えて覚える人とあり、その楽譜へ変えるとき、心強い理解者というか助っ人、新之助さんの手を借りる。
子供のころから、どれだけでもアドリブで好きなだけ太鼓を打ち、止まらない。
打ち終わると、それを聴いていた人に「今のなんていう曲?」と聞かれ、龍士「なんでもない!」ってな感じ。
曲を作ってみたら?とのアプローチに、「ぼく、作曲なんてできないよ」って、あんなにいくらでも出てくるリズムのポケットを本人は何のことでもなく、自分が持っているものだと思っていなかったようだ。
今でも、持っていることを自覚してないかもしれない。
そんな龍士の曲を、自分で作るということをし始めて、仲間が覚えてくださって、昨年と今年のコンサートやライブで曲を発表することができた。
ワークショップの題材になるのは、特別な気持ちなのだろう。
自分の曲を、自分ではない人が演奏するのだから。
今回のインストラクターは、龍士の曲を全部覚えて演奏を一緒にしてくれる葵ちゃん。
龍士はアシスタントだそうだ。
こんな機会が増えたら、葵ちゃんが皆さんにワークショップで曲を伝授していく様子を何度も体験し、いつか龍士も、自分自身で、自分の曲をワークショップができるようになるかもしれない。
日々進化。
そんな夢のようなことを、楽しみにして、まだまだじっと、見守っていることにしよう。
本当に幸せ者だ。
最後に、龍士自身がブログにアップした文をそのまま添えます。
今夜は青山で宮迫葵ワークショップが有り、僕もアシスタントをするのですが、 なんと葵ワークショップで使う曲が!
僕の作った曲で一打入魂をします。なんて嬉しい(≧▽≦)
しかも初18人一打入魂ですよ、太鼓2点セットが×18ですよ、すごい太鼓が盛り だくさん!ビックリ(^O^)
今からワクワクニコニコ楽しみにして、一打入魂を楽しんでこよう!


何故って、自分の作った曲がワークショップの題材になったから。
龍士が自分の曲を作ることを覚えて、まだ、それほど時間は経っていない。
しかも、口伝で作るので、それを見て龍士とのコミュニケーションで理解して覚える人と、楽譜に変えて覚える人とあり、その楽譜へ変えるとき、心強い理解者というか助っ人、新之助さんの手を借りる。
子供のころから、どれだけでもアドリブで好きなだけ太鼓を打ち、止まらない。
打ち終わると、それを聴いていた人に「今のなんていう曲?」と聞かれ、龍士「なんでもない!」ってな感じ。
曲を作ってみたら?とのアプローチに、「ぼく、作曲なんてできないよ」って、あんなにいくらでも出てくるリズムのポケットを本人は何のことでもなく、自分が持っているものだと思っていなかったようだ。
今でも、持っていることを自覚してないかもしれない。
そんな龍士の曲を、自分で作るということをし始めて、仲間が覚えてくださって、昨年と今年のコンサートやライブで曲を発表することができた。
ワークショップの題材になるのは、特別な気持ちなのだろう。
自分の曲を、自分ではない人が演奏するのだから。
今回のインストラクターは、龍士の曲を全部覚えて演奏を一緒にしてくれる葵ちゃん。
龍士はアシスタントだそうだ。
こんな機会が増えたら、葵ちゃんが皆さんにワークショップで曲を伝授していく様子を何度も体験し、いつか龍士も、自分自身で、自分の曲をワークショップができるようになるかもしれない。
日々進化。
そんな夢のようなことを、楽しみにして、まだまだじっと、見守っていることにしよう。
本当に幸せ者だ。
最後に、龍士自身がブログにアップした文をそのまま添えます。
今夜は青山で宮迫葵ワークショップが有り、僕もアシスタントをするのですが、 なんと葵ワークショップで使う曲が!
僕の作った曲で一打入魂をします。なんて嬉しい(≧▽≦)
しかも初18人一打入魂ですよ、太鼓2点セットが×18ですよ、すごい太鼓が盛り だくさん!ビックリ(^O^)
今からワクワクニコニコ楽しみにして、一打入魂を楽しんでこよう!


出逢い
龍士が社会人になり、仕事について丸五年と三ヶ月。
自分の身の周りで起こっているいろいろな事が、龍士にはどのように映っていて、どのように理解しているのだろうか。
今の龍士は、あまりにも口数が多くて、一見、物事の理解力や、解釈の幼さを忘れてしまいそうな危険をはらんでいて、龍士がふっと漏らすため息や、目を点にして固まっている姿に、この龍士の戸惑いに気付いてくださる方が近くにいますようにと、手を合わせたくなる。
分かっているはずだ。
分からないわけがない。
分かっているんじゃないの~。
そんな言葉に、毎日一緒にいる私でさえ、そうかも、なんて思い込んでしまうこともある。
そんな中、龍士は、それでも超元気印で、太鼓のバチを持って走り回っています。
周囲のみなさま、ありがとうございます。
さて、こんな事を考えてしまったのは、一人の青年に出逢ったから。
鉄道とAKB48が大好きで、暇さえあればその雑誌を小脇に抱えて、周りからの視線も気にせず雑誌を広げて熱中する。
素直で純粋ではあるけれど、周りの人にチョッと皮肉られてしまうのは、プライドの高さが言葉の端々に現れて、相手をムッとさせてしまうような会話に陥ってしまうから。
会話と書いたけど、彼の話す事はかなり一方的で、聞くものが聞く気で聞き取らないと成り立たない。
相手から発せられた言葉は、聞いてくれているように見えるけど、実は聞いていなかったり、届いた言葉の解釈は自己中心的で思い込みに近い解釈が行われている。
この独特の解釈で、新たな波乱が発生してしまう。
この青年とのやり取りは、多くの場合、ストレスを生んでみんな困っていたけれど、
あなたならそう行動するよね、あなたならそう言うよね、あなたならそう考えるよね、と思った通りの反応で、なんだか可愛らしくて、その調子でがんばれーなんて、マイペースで振舞う彼の後ろから後押ししたくなるような気持ちにもなりまた。
彼はじぶんの性質をどのように考えているのか?それが分かるほどコミュニケーションの機会は無かったけど、
彼もまた、世間の
分かっているはずだ。
分からないわけがない。
分かっているんじゃない~。
の世界で暮らしていくことをめげずに行けますように。
また、いつ会えるのかわかりませんが、きっといつも鉄道とAKB48の雑誌を小脇に抱えて、ヒョウヒョウとした表情でいてくれますように。
写真は、楽しそうに話しかける龍士のお相手は~
第六回友野龍士わくわく和太鼓コンサートありがとうございました。
おかげさまで、無事に龍コンサートが終りました。
感謝申し上げます。
昨日の終演の時、龍士は涙が込み上げ泣けてきました。
これまで龍士は泣く事=悲しいから悔しいからの、負の感情で起こる事と理解してました。
龍士が成人した頃、『育ててくれてありがとうございました』と龍士の言葉に、私が嬉しくて出した涙を、嬉し涙に気づき、何故泣くのか?!と言った時、説明した。
あれから三年。
とうとう、自分が 嬉しくて泣けてくる体験をしました。
『夢』を夜見るあの夢でない夢を知った時のように、また新しい涙を知った今年のコンサート。
皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。m(_ _)m
実行委員会の皆さんと出演者の打ち上げ
アジアンカンフーゼネレーションの伊地知潔さんとコラボ
龍士のオリジナル曲を演奏












