山友会が運営する日常生活支援住居施設※「山友荘」には、介護が必要になったり障害や病気を抱えたりしていることで一人暮らしが難しくなった元ホームレスの方などが暮らしています。
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ある日の訪問診療での入居者の方とお医者さんとのやりとり。

(医師)体調はどうですか?

(入居者の方)「もう死ぬんだよなぁ…」(あっけらかんとしながら)

(医師)よほど具合が悪くなったら病院に行きますか?

(入居者の方)「病院は好きじゃないなぁ…」

一見すると、何でもないやりとりです。
医療やケアの専門職の方達からすれば、「延命措置は希望するかしないか」とか、「人生の最期を迎えるのは病院と自宅どちらがいいか」なんて、もっと突っ込んで確認したくなってしまいそうなやりとりなのでしょうか。


※ごめんなさい、上記やりとりの光景の写真がなかったので、記事とは関係ないのですが、昨年末にクリスマスプレゼントをお渡しした時の写真です。何でもない日常のできごとを共有することで関係が深まっていくことを表すいい写真だなぁと思って使わせてもらいました。

「もう死ぬんだよなぁ」なんて言われれば、「そんなこと言わないで!」なんて止めたくもなったり、「何があったの?悩みがあるなら話して!」なんてあわてて本人の悩み事を解決してあげたくなったりもするのが、人の情けのようなものなのですよね。

この入居者の方はご高齢ではありますが、がんや老衰のような病気ではありませんし、普段から思い詰めるような性格の方でもありません。
もちろん、医師から体調を尋ねられ、衰える身体を意識して人生の最期のことがふと頭をよぎった、ということも考えられます。

結局、その後そういった話がご本人から出てくることはなく、こちらから何となくそのことを尋ねてみても「もう年だからよ、アハハ」と笑い飛ばす始末。
ご本人にとっては、何でもない自虐的な軽口をたたくようなことだったのかもしれません。

つまるところ、こういうときに相手の言葉をどう受け止めるのかは、その言葉の発せられた文脈(相手の健康状態、相手の置かれている状況、いきさつ、相手と自分との関係性)によるのでしょう。
また、人間誰しも自分の考えや気持ちを、受け取り手にとって常にわかりやすく伝えられるわけではありません。

「文脈を読む」というのは、相手を理解する上ではとても大切なことですね。

ところで、山友荘で行われている「生活支援」においては、入居者の日々の暮らしを支えることをとおして、時間と気持ちを共有するということが大切なことだと思っています。


命に関わるような緊急性のないことや、ご本人が急いでいないのであれば、やりとりを重ねたり、さまざまな出来事を共有したりすることで、ご本人のちょっとした変化や気持ちの動きを捉えながら、ゆっくりと時間をかけて入居者の方一人ひとりを丁寧に理解することができます。

そうして理解できたことを、一人ひとりの入居者の方に関わる医療や介護などの専門職の方たちに共有することで、専門職の方たちは関わる入居者の方の考えや気持ちに合った対応ができるようになります。

何よりも、入居者の方にとっては、そうした姿勢で自分のことをわかってくれようとする存在が身近にいる安心感につながるのだと思います。

誰かの抱える悩みや問題を代わりに解決してあげたり、思いやりや親切心をアピールすることの方が、「支援」のイメージとしてはわかりやすいことなのでしょうけれど、時間をかけて丁寧に理解することが私たちの専門性なのだと改めて考えるきっかけになった、日常の何でもないやりとりでした。
 

(副代表・山友荘 施設長 油井)

 

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