柿色に蝶鳥を染めたる大形の裕衣きて、黒繻子と染分絞りの昼夜帯胸だかに、
足にはぬり木履ここらあたりにも多くは見かけぬ高きをはきて、朝湯の帰りに
首筋白々と手拭さげたる立姿を、今三年の後に見たしと廓がへりの若者は申き、
大黒屋の美登利とて生国は紀州、言葉のいささか訛れるも…
樋口一葉 「たけくらべ」
立て板に水。一葉女史特有の歯切れよい言葉流れであります。
まだ、小説というものの定義もろくになかった時代に、無人の荒野を行くが如き、
手探りというか、無鉄砲というか、すこぶる刺激を与える多くの文章を残して
くれました。
日本の文学史上、女性の心理の機微を記述した、最初の人といってもよいと
考えています。
同時代、坂の上と下という、ほんの目と鼻の先に漱石が住んでいたようで、この
二人の邂逅がもしあったなら、というような記述が司馬遼太郎の著書にあったと
記憶しています。
明治中期の女流文士が女を描く。その表現の遷移を、もっと長い時間に渡って
残してほしかった。
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