凌雲寺跡にて | 萩往還を歩く

萩往還を歩く

幕末維新の志士たちが駆け抜けた歴史の道「萩往還」は城下町萩と瀬戸内の港三田尻とを結ぶ街道であります。さあ、今から、萩往還とその周辺を歩いてみましょう。きっと新たな発見があるはずですよ。

 

にほんブログ村

不肖山笑、昨日の夜の昨夜は、
遅く深夜まで酒を飲酒し、飲み過ぎて、
大変酔い、大酔に至り、今日の今朝の朝、起床して起きたら
頭が頭痛で大変ものすごくとても激しく激痛で痛く、
実に体の体調の調子が悪く、最悪のコンディションの状態でした。

嗚呼、こりゃあ冒頭の最初の部分の箇所から実に大変、
重なる重複した表現で表した悪文の文章になってしまいましたね。

はあ、ええかげんにやめんさい。

ということで、本日は僕の従兄弟のY君と一緒に、
美祢市の「大田・絵堂」、「厚保」、そして下関市の「吉田」に行ってきました。

 

吉田の東行庵には梅が咲きほこり、多くの皆さんがお越しになられておりました。

それでその帰り道、「凌雲寺跡」に行ってきたのであります。

  

ここは大内氏30代、義興が開基、了庵桂悟が開山として、
永正4年(1507)頃に創建されたといわれる寺であります。

 

実は不肖山笑、山口に住んで今年で16年目を迎えますが、
恥ずかしながらここを訪れたのは初めてでした。

 

「おー!こりゃあ何とええ所じゃのう。」

僕らはしばらく感慨に打たれました。

幾百年の歴史を刻む惣門跡。

「のう、Y君よう。こかあ寺ちゅうより、城っちゅう感じじゃねえ。」

「まこと、そうじゃのう。」

時の経つのも忘れ、僕たちは、その周辺に多く見られます
重厚な石垣に見惚れるのでありました。

 

「嗚呼、夢多きは大内氏よ・・・。」

 

南面に広がる町の向こうには、
秀麗な山々が、黄砂に霞み

 

暖かい春の風が、しずかに吹いて行くのでありました。