昔 しりあいの障害児くんが
交流学級の子に 迷惑をかけ
 
だけど 障害児くんのママさんは
「主人がいうの
わしだって 子どものころは その程度の悪さをしていた
お互い様だ」って・・・
 
相手にあやまることも しませんでした
 
 
なんだか それは違う
って 個人的には 思いました
 
 
障害ゆえに 卑屈になることもないけど
甘えすぎるのもおかしい
 
でもね
小学生の我が子が 人に迷惑をかけたときは
我が子に障害あろうが なかろうが
親も謝るのが 私のなかでは常識です
 
 
その行為の根底に
理由があるとしたら
それを相手にいうのは
親の仕事ではなく
そのときの責任者がするべきです
 
たとえば・・・
 
三男 小学生のとき
お絵描き途中 急にトランポリンをとびはじめたらしく
キャップがあいたマジックをもっていて
別の障害っ子が 三男にだきつきに行って
頬にマジックがついたのです
 
「目だったら 失明だったかもしれない」
と 相手は言っていて
 
私たちは夫婦で平謝りでした
 
そのとき
「三男くんは 丸いものが好きだから
丸い目に興味あって ペンでつつきたかったのかしら」
と 言われ
 
いや とめてもとめても
その子が三男にだきつきに 行くって 先生は言っていたぞ
と 思っても それは言えないし
 
その事情を相手に話すべきは 先生だと思うし
今後 トランポリンのときは ペンをとりあげてくれるべきだと
思いました
 
だけど そんなときでも
 
謝るときに それは 関係ないと思うのです
 
三男が 頬にマジックをつけたのは たしかだからです
 
 
 
(ちょっと話がそれます
支援級のなかの同じクラスで 加害者と被害者がでたとき
そのときは 私の意見はちょっと かわってきます
三男の場合は小中では マンツーだったけど
もし クラスにもう数人いて
そこで三男が加害者となったとき
それで毎回 平謝りするのは ちょっと違うと感じます
担任は 根本的解決をはかるべきで
それをせずに 加害者の親につらい思いをさせた例を
知っています)
 
 
 
 
交流学級の子に 迷惑かけたとき
口頭で 謝るのはもちろん
おわび状を書くときもありました
 
そのときも
言い訳も
事情説明もいらないし
ましてや 自分の気持ちをもし書くとしたら
我が子への気持ちをそこに書いたらいけないと思うのです
自分が 残念に思っていることや
かなしんでいることも 書いたらいけないと
思うのです
書いていいのは 謝罪の気持ちと 相手の心配です
 
自分自身の気持ちをいっぱい書いていいのは
お礼状のときです
 
それは 基本中の基本のこと
 
 
三男が小学生のとき
連合音楽会のとき
とても 力になってくれた子どもたちと そのママさんに
お礼状を書き
担任にあずけたら
 
「もしかして佐々木さん
手紙に 『お母さまへ』って 書いた?
お母さんに育てられてないお子さんもいらっしゃるんだけど」
と 言われ
慌てて 書き直すことに・・・・
 
そんな事情がある子がいることも想像できなかった自分が
はずかしかったし
 
そして ママさんだけにお礼を言うのはおかしい
って そのとき やっと きづけました
 
「〇〇さんのご家族さまへ」
って 書き直しました
 
 
10数年前の思い出です
 
 
 
 
おまけコーナー
 
(雑談)ブログに貼りきれなかった写真
 
 
友人 神戸旅行中 これをみつけ
私には わからないけど このパンジーのお値段
そして 他のパーツや植物のお値段がわかる人なので
「原価だ・・・ 安すぎる・・・」
と 買ってかえった模様
 
ちょっと持ち上げようとしたら
持ちあがらない・・・
重いっ
 
これを 旅行中 持って 帰った?
 

 
 
さあ 本物はものすごくかわいかったのに
それが伝わらない写真シリーズ
 
 
 
 
 
 
 
これは 安いビオラだったそうですが
色がすごくきれい
お高いのも アップでとったのに
とれてなかったー
 
この鳥の目つきが好きー--
 
 
 
 
 
 

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