78になるけど、おふくろに思いっきり抱きしめて貰いたい。
今やっている行動、言葉、もろもろの事を見てくれていると思う。絶対。
だから、いつか(自分が)逝った時に、おふくろに思いっきり、背中の骨が折れるくらい、胸のあばら骨が折れるくらい、抱きしめて貰いたいね。」
(情熱大陸 尾畠春夫さんの言葉)
そう語ったのは、78歳になる老人。
小学生中学年でお母さんが亡くなられ、それからすぐ、お父さんに丁稚奉公に出された。
貧しかった時代に、小さい子どもでも親元を離れ、住むところと食事を与えられる代わりに、無給で労働を提供するという世の流れがあった。
まだまだ甘えたい子どもなのに、食べるため、生きるためによその家に行って、必死で働かなければならなかった時代。
そういう時代を生きてきたこの老人は、亡くなったお母さんが、いつも自分を見ているという思いを胸に、真っ直ぐに生きてきたようだ。
でも、いまだに、満たされなかった思いを引きずり続けている。
来世までも。
この老人より、約20年遅く生まれた自分には、丁稚奉公の辛さを、実感をもって知ることは出来ない。
小学生でも、自分で働かなければ生きていけない時代は、あった。
そして、平成も終わろうとしている今。
最近になって、ニュース・番組でよく聞くようになった事。
親の年金で生活している、働かない中年の子ども。
へー と思う。
親が亡くなったら、どうするんだろう。そう思っていたら、
親が遺産を遺して亡くなったにもかかわらず、社会と長いこと関わっていない中年の子どもは、お金を手にする方法が分からない。
そして、亡くなった。
その事を問題として取り上げ、親が亡くなった後、遺した遺産を受けとる為の手続きの仕方、その他、孤独死しない為のマニュアルを作っているのを、ニュースで見た。
また、へーと思った。
昨日見た番組で。
84歳の老婦人が、働かないでずっと引きこもっている50代の息子さんと二人暮らしをしていた。これを8050問題というそうだ。
老婦人は、自分が忙しくて愛情を沢山かけてあげなかったのが悪かったと、何度も自分を責めていた。
旦那様が医師をしていたので、裕福な家庭だったが、今は、自分が亡くなったら「この子」は、どうして生きていくのかとずっと心配していた。
84歳の母親が、54歳の息子を。
はーとため息が出た。
「この子」のような事は、もはや個人の事ではなく、社会現象になってる問題だから、こんなマニュアルを作る団体が出来たんだろうな。
なんか不思議。
生きていくために働かざるをえなかった小学生と、
親が死ぬまで働かない大人。
そして、その親が亡くなった後も、保護しようと動き出した社会。
なんか変だなー。
100歳以上の人が、67,824人だという今、80歳どころか90歳になっても、老人になった子どもを養わなければならない人が、増えるかもしれない。
親としては、きついな。
生きるって、なんだろうと、ちょっとだけ思った。
なんてね。