近所の庭 | さんすけのつぶやき

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最近、若い時から知っている近所の高齢者が、立て続けに亡くなっている。2週間前にも葬儀に行ってきた。


亡くなっていないけど、ディサービスに行くようになったりで、あまり見かけなくなった。


その中のひとり。

近所のおじいさんは、若い時から町内会に積極的に参加し、とても社交的。

時間があれば、地元の海に毎日の様にゴミ拾いに行ってた。


いつも家の前には椅子を広げて、通りかかった人が気軽に立ち寄れる様にしていた。いつ通りかかっても、誰かしらがいて笑い声が聞こえる。私もそこを車で通りかかる時は、窓を開け挨拶して行く。手を振って、

「行ってらっしゃーい!」

と声をかけてくれた。


おじいさんの庭は、土があるところが畳2畳位あり、そこには色々植えられていた。中でもザクロの木は目を引いた。実もなって、とても珍しい。貴重な木だと思った。実がなったら、少し欲しいとお願いもしていた。


ある日、木も花も全部刈り取られていた。そして数日経った昨日、業者さんが来ていて、抜根し砂利を敷いた後、アスファルトに均されていた。

おじいさんが植えて、長年手入れしてきた庭が、跡形も無くフラットになっていた。


……何とも、切なくなってしまった。


ディサービスに行ってたのが、もしかして施設に入ったのかな。もし家にいるなら、庭がフラットになった状況はがっかりすると思うから。


家庭菜園を始めるようになって、そこに土があるなら、何か植えたいと思うのだが、全く興味ない人もいる。草が生えてこないように更地にしたい人もいる。

そう理解しなければならないのは分かっているが。なんだか寂しいものである。



最近、近所の93歳のおばあさんに、 

「お金があったら、畑を買いたい。」

と、世間話をしたのだが、即刻、


「止めとけ。」


と言われた。若い頃から畑で作物を作ってきて、やがて高齢になって、あちこちの畑は荒れ放題。次世代には負の遺産でしかないのを、沢山見てるからと。

つまり、私も何れはそうなるから、借りられてる今の状況が一番いいんだと。


成る程、説得力ある。そしてこの先の老いを突きつけられたようである。


だから最近、今同世代の近所の奥さん達も何れはディサービスに通うようになり、やがてと想像したら、切なくなってくる。


歳をとるって、寂しいと思うこの頃。





なんてね。