今、俺が持つ、この罪悪感は、いつ頃に芽生えたものなのか?
どんな状況で、何がきっかけで、どうして育まれたのか?
すっぽんぽん姿で、のぼせた頭で自問する。
相変わらずの風呂部では、
隣でたかし君が、
自分の一物が元風俗嬢に「凄い」と言わしめた事を自慢げに話している。
なにやら刀剣の業物に、自らの一物を例える事に夢中らしい。
ようは感受性の問題なんだと思う。
罪悪感を測る単位も無く、他者に懺悔しても精確に伝える事も出来ない。
俺がどれだけ深く考えていたとしても、
それが他人に理解させられないように、目に見える形の物ではないのだ。
自身がどれだけの罪悪感を抱えているかが見えてしまっては、
通りで子供に石を投げられても文句は言えない。
罪悪はその人間の心の受け止め方次第だ。
俺が犯した最初の罪とは何か?
逆巻く後悔の念を押し戻して、記憶を探ってみると見えてくる。
小学生の時、転校してきた女子をいじめから守れなかった事。
幼稚園児だった時、母親が庭で育てていた花を全部むしり取ってしまった事。
そして、
皮を被ったち○この先に指を突っ込んでみた事。
その不思議な感覚を、同じ幼稚園児に教えてしまった事かもしれないヽ(゜▽、゜)ノ
さっきから、炭酸泉に浸かる俺の事を目の前でじっと見ている男の子がいる。
余りの熱い視線に、思わず「俺を見ているのか?」と話しかけてしまう。
少年は物怖じせずに「うん」と頷くまま視線を逸らさない。
「サンシャイン池崎かと思った」
と、少年は言って笑顔で手を振って去って行った。
それを聞いたたかし君が隣で爆笑している。
俺はその烙印を甘んじて受け入れよう。
汝、己の罪悪感を愛せよ、だ。
善悪を判別して感じ取る感性である、
罪を背負って生きてこそ、
人は過去に犯した過ちを省みて、つぐなえる機会を得るのだ。
子供に「このサイコ野郎」と言われなくてホッとした☆
「てっきりあいつ、俺のち○こが凄過ぎて見てるのかと思ったよ♪」
と、本物のサイコ野郎と疑われる奴が陽気に言った。
「俺が総理大臣になったらデブは乗車賃を二倍にする。女はノーブラだ。
お前は真っ先に処刑する」
と、朗らかに宣言する。
いつか、社会がそんな危機に瀕したら、
俺がこいつを暗殺しても罪悪感を感じるか、
それは甚だ愚問だ☆