多賀城に 詳しくは昨日のブログで→http://ameblo.jp/sanpurena/entry-10840006829.html この光景が昨日から頭に離れない。東京歌舞団団長、デリュン、私はその後バスの中で言葉が出なかった。仙台に住んでいて東京に一緒に向かった同級生のフィユンのお兄さんは沿岸沿いはもっとすごいと(テレビに放送できないような所もあると)別世界のようだった。しかし「がんばれ、多賀城」といたるところにメッセージも家の前、マンションの前に書かれておりました。東北の復興を心より願いたいと同時に私も微力ながら東京で出来る事を精一杯やりたいと思う。
東北ハッキョでもこれだけの被害を受けながらも教員、学生の怪我がゼロだったと。校長先生をはじめ、ソンセンニン達の行動、判断が早くみな外に逃げられたと、幸い教員室にもこの時間誰もいなかったと(本当によかった)
近くのコンビニには物がまったくなく、住民たちが買い物の時、殺気だっている方もいると
まだ近隣住民達は物不足で困っていると、比較的被害が少ない仙台の人でも断水、ガスのストップ、物不足、ガソリンがないので困っていると。東京都違いどこ行くにも距離が遠いので車がないと何も出来ないと(フィユン兄より)ガソリンも長蛇の列(売り切れのマーク)私たちも高速で燃料を2回入れましたが3ヵ所で売り切れ(幸い緊急車両なので優先的に燃料入れられましたが)ガソリンタンクがあったら買って分けてあげたかった。在日同胞への支援物資が一時停止と(昨日の夜)なりましたがあくまでも私個人の意見ですが、燃料(ガソリン、軽油、灯油)だけでも限定して送ってはどうかと思います。燃料がないと物資もまったく運べません。福島、茨城も遠方のハルモ二、ハラボジ達に物資を送れてないと。
栃木のインターお水がいっぱい、現在東京にはお水が品薄状態。買いだめを控え乳児がいる保育園、乳児がいる家庭に優先的にお水が買えるようにしてほしい。
栃木インターでの牛乳ラーメン、団長と食べるか悩みましたがやめました。
私たちは今後どう支援していけばいいのでしょうか。東北の復興には時間がかかります。私たちは長期的に考え、継続的な支援していかなければいけません。現場直接行きまた強く思い、感じました。決して忘れてはならないことです。ウリハムケがんばりましょう。