長男一家がインドから帰ってきた。

 

正月休みをかねての一時帰国。

 

コロナ禍の中、インドと日本をもう何度になるだろうか、行ったり来たり。

 

海外で仕事をするのは、親もそうだが子供にとっても大ごとだ。

 

出迎えに行った羽田では、みんな元気そうだった。

 

一か月の滞在中、クリスマスに正月と、日本での生活を楽しみ、たまったストレスを開放していってほしい。

 

正月、会えるのを楽しみにしているよ。

 

 

<親ガチャ>という言葉をよく聞くようになった。

 

子どもは、親を選べない。

 

親次第で、おのれの生涯が決まってしまう。

 

貧しい家に生まれ、満足な教育も受けられず、ろくな仕事に就くことができない。

 

親と同じ境遇から抜け出すことができない。

 

そんな若者たちの自嘲気味な恨み節。

 

そんなニュアンスで使われているのだろうか。

 

誰が、どのように使うのか、いまいちよくわからない言葉ではある。

 

例えば、小室真子さん。

 

皇族の娘に生まれてしまったため、かた苦しい制約に縛られる生活を強いられる。

 

好きな人との結婚もままならない。

 

親が皇族ゆえに、そんな生活を送らざるを得なかった。

 

これも<親ガチャ>といえるのか。

 

よくわからぬが、後味が悪く、いやな気分にさせられる言葉ではある。

 

 

テレビを見なくなった。

 

定時のニュースは欠かさず見ていたが、いつのまにやらそれもやめてしまっている。

 

いま見ているのは、<ブラタモリ><球辞苑>に<日曜囲碁トーナメント>のみ。

 

テレビを見る人間が激減しているらしい。

 

ニュースはスマホで十分。

 

あとは、ただ騒々しいだけ。

 

NHK・EテレとBSさえあればそれでOK。

 

と、年寄りは思っておりますが。

 

 

 

睡魔には勝てず、なんともみっともない姿で惰眠をむさぼる飼い猫<みり>。

 

あまり人のことは言えないが。

 

今朝の体温  35・9度

 

視力。

 

左 0・9

右 1・2

 

左がやや改良と医者がほめてくれた。

 

来週予定している免許証更新も大丈夫だろう。

 

あと半月で84歳。

 

干支の寅年。

 

長生きしてきたものである。