気付けばフランソワが手術室に入ってからもう既に六時間が過ぎてしまいました

その時です

手術室のドアが静かに開き中から看護婦に支えられながら妻マリーエが

出て参りました

それを見たレオノールは急いで走りより妻を抱き締めました

そのまま長椅子に座らせながら赤くはれた妻の顔をハンカチで

優しく吹いてやる事しか出来ないジレンマに陥りながらも

無理に笑顔を作るしかレオノールには思い付きませんでした

フランソワの足を切断している事など妻に到底言える気持ちには

なれませんでした

病院の待合室にはただでさえ消毒の入り混じった匂いが充満し

なお更重い空気が漂っておりました

薄暗い電灯の下で全員が暗い影を落としておりました

外はすっかり漆黒の闇の世界へと変わっておりました

病院の窓からはかすかなガス灯と闇の中で光る小さな星たちが

フランソワの手術の成功を祈ってくれているように観えました

成層圏の果てに陣取る美しい煌びやかなお月様も

雲に見え隠れしながらもフランソワの為に満月の姿を

見せてくれております
$お姫様のお散歩日記
少し離れた所にまだあの親子がいる事に気付いたマリブルは

傍に参りますと幼子は既に熟睡をしておりましたが若い両親は

まだ黙ってただ前方の白い壁をじっと見つめておりました

マリブルは静かな口調で若い夫婦に声を掛けました

『もう大分遅くなりましたので 今日はお帰りください

フランソワもそう思う子供でございますので伝えて置きます

どうかご遠慮なさらずお帰りになってください 御嬢様が

かわいそうですよ』

『ありがとうございます お気遣い頂いて では申し訳ございませんが

今夜は帰らせて頂きます 本当に申し訳ございませんでした』

二人はマリブル達に深々と頭を下げて病院を後に致しました

マリブルは手術室で頑張っているフランソワに『神のご加護を』と

心で幾度も祈っておりました

自分の責任の無さでフランソワをこのようにしてしまった現実を

思い返しながらあの時無理にフランソワを連れて見送りに来させなければ

こんな事故に遭遇する事は無かったと自責の念に惑わされておりました

どうか命だけでもお助けくださいと心で叫ぶ事しか出来ない

マリブルでございました

その時でした

手術室の重たいドアが静かに開放されました

しばらくしてから着替えをしたドクター達三人が出て参りました

『皆様 一応無事手術は成功致しました 体中に擦り傷もたくさんございますが

やはり両足に深い傷を負っていらっしゃるので完治の保障は判りません

しかし患者様の生命力の強さがあれば時間は掛かっても治るかも知れません
 
今から患者様に逢って頂きますが意識はまだ戻ってはいらっしゃいません

お体に触らないようにしてくだされば面会は可能でございます』

『長い時間をかけて助けて頂きありがとうございました 

息子もきっと意思の強い子供でございます 

絶対に治ってくれると信じております 先生ありがとうございました』

『では 先ず中へ入って頂き手を消毒して頂き白衣とマスクをつけて

ご子息にお会いになって下さい』

看護婦に誘導され着替えを済ませたレオノール達は病室へ入りました

フランソワの姿を見た瞬間全員が驚きました
$お姫様のお散歩日記
小さなフランソワの身体にはたくさんの機械や

チュウブが手足に繋がっておりました

頭も包帯で巻かれ眼は腫れて紫色に変色し

唇にも縫われた傷跡がございました

手先しか出ておりませんので首から下は何も見る事は

出来ませんでした

面会時間の10分はあっと言う間に過ぎてしまいました

また白衣を脱ぎ手袋マスクを取り外し廊下へ戻りました

マリブルの交渉で特別室を借りる手配がされておりました

フランソワの傍には誰も行けないとのことなので広い特別室で

レオノール達やマリブル達の広めのベッドを二台入れて頂き

今日はそこで休む事に致しました

彼らが特別室に入ると食事の用意が揃っておりました

マリブルが執事達を使って運ばせた物でございました

『マリブル ありがとう 気遣ってくれて お腹も空いていたし

喜んで頂きましょう マリーエいいだろう』

『勿論でございます マリブルさまありがとうございます』

四人は静かにお食事を始めました

どれもおいしいお料理でございました

少し冷めた紅茶を頂きながらマリブルの心遣いに二人は

感謝をしておりました



                                  
                                  ・・・つづく