手術室に入って二時間が過ぎ様とした時急に手術室のドアが開き

中から白衣に血が飛び散ったままのドクターが出て参りました

『ご両親はいらっしゃいますか』

『はい ここにおります』

『では中へお入りください』と背中を残し先に中へ入って行かれました

『兄上様私も同行させてくださいませ』

『うん 良いだろう』

三人は急いでドクターの背中を追って行きました

手術室に横たわっているのは確かにフランソワでございます

フランソワのあまりにむごい姿を眼にした母親はそこで

気を失って倒れてしまいました

慌てた看護婦達が傍のベッドに寝かせ安定剤の点滴を始めました

部屋の中央に寝かされたフランソワの哀れな姿を見るのは酷でございました

変わり果てた幼い少年は必死に命と闘っているようでございました

ドクターから宣告された言葉にレオノールとマリブルは言葉を失いました

ふたりの眼から止めどなくながれる涙はフランソワの重篤な状態を

物語っておりました

『宜しいでしょうか 命を助けるなら右足を膝から切断しなければ

お子様の命は大量出血のために消えてしまいます ただし良かった事は

止血が完璧で素晴しい処置でございました その為に足の切断だけでどうにか

命は永らえる事が出来るでしょう 左足は大たい骨と膝を骨折をしております

今する事は右ひざ下を切断する事です 宜しいでしょうか』

『はい それで息子が助かるのなら仕方ございません お願い致します』

レオノールとマリブルは眼を見つめあいうなだれながら承諾致しました

マリーエを残し手術室から出て来た二人を迎えてくれた執事達も

涙でむせんでおりました

余りの咄嗟の出来事でフランソワを止める事が出来なかった後悔と責任で

マリブルは今にも押し潰されそうでございました

皆無言で無機質な廊下の長椅子に座りながらほの暗い電気が

長椅子の上で虚しく光っております
$お姫様のお散歩日記
そこへ走り来る足音が聞こえました

表れた親子は三歳か四歳ぐらいの幼い女の子と

両親のようでございました

執事が小声で説明をしているようでございますが

マリブル達には聞こえませんでした

その時突然知らない両親から

『この度は娘がお坊ちゃまに助けて頂き誠にありがとうございました 

お坊ちゃまの機転で娘は助かりましたが

お坊ちゃまが大けがをされたと警察官から伺い飛んで参りました

どうかお許しくださいませ 原因はこの子がボールを追いかけ車道に

飛び出して行ったのです それを見つけられたお坊ちゃまが大けがをされ

どうしたら良いか私共も苦慮しているところでございます

どうかお坊ちゃまのお怪我が治りますように祈る事しか出来ない私を

お許しくださいませ』

父レオノールは低身低頭の勢いで許しを請う若き両親の言葉にやっと

我に返り子供を持つ親の心がどれだけ痛いのか解る気が致しました

『わざわざお見舞い頂きありがとうございます 息子が無意識の中で身体が

勝手に反応したのでしょう 御嬢様を助ける為に自然に出た力だと私は

思っております 11歳の息子ですが無事生還出来ましたら

たくさん褒めてやろうと思います 御嬢様が助かって宜しかったですね

息子も多分喜んで居ると思います 今日はありがとうございました

息子もそんなに弱い男ではございません きっと笑顔で

戻ってくれると信じておりますから』

『何とお優しい方達でしょうか 私は殴られても蹴られても

覚悟を持って参りましたのでそんなお優しいお人柄のお子様

だからこそ娘の危機を救って下さった素晴しいお坊ちゃまだと思います

私はグルノーブル小学校の裏手に住んでおりますトーマス クリノット シャフルと

申します 執事の方には住所と名前をお伝え致しました

これから毎日病院へ参りますのでどうかお許しくださいませ』と言って

幼い娘の頭を無理に抑えながら謝らせておりました

『お兄ちゃま ジュリネットを助けてくれてありがとう』
$お姫様のお散歩日記
幼い子供は消え入りそうな声で精一杯の言葉を語りました

その言葉を聴いたレオノールは何故かどっと涙が

溢れてしまいました

お互い涙で濡れながら握手を交わしたレオノールは

いつまでも手を離す事が出来ませんでした

一方マリブルは少し冷静に今日起こったアクシデントについて

深く考えておりました

フランソワの咄嗟の判断は正義感に満ちた素晴しい行動だと思いました

果たして自分が遭遇していたら直ぐに身体が動くだろうかと思案しつつ

フランソワの実践力には叶わないとマリブルは感じておりました

馬車の中から抱き上げた時のフランソワの身体は血まみれで

足の損傷が一番深いと感じ取った時の自分自身を思い出して

おりました

スピードあげて走ってくる馬車に突っ込んで行く

フランソワの勇気には一体何がそうさせたのだろうかと

おもんばかるマリブルでございました




                                ・・・つづく