しばらくしてから母の店(リヨンの香り)の前で馬車は止まりました

店の中から香ばしいパンやケーキが詰め込まれた大きな箱を持って

母親が出て参りました

『マリブル様 シュレーナ様お気をつけてお帰り下さいませ

これは出来立てのお菓子です お荷物になるでしょうが是非お持ちくださいませ

フランソワ 皆様をお見送りするのですよ』

マリブル達は感謝をしながらまた出発致しました

マリブルの肩にはカナリヤがきちんと止まっておりました

馬車の中では楽しい話題で花が咲いているようでございました

山の観光もいよいよ今年の八月から開園予定である事を聞かされたフランソワは

あまりに嬉しくて大きな声を出し喜びに浸っておりました

『フランソワは内緒で開園前の最初に招待をするよ』

『本当ですか伯父様 嬉しいなぁ 早くその日を待っています ねぇカナリヤさん』

『承知致しました その時は急いでお知らせ致しますわ』

馬車の中はたくさんの笑い声に包まれておりました

馬車はいつの間にかグルノーブルに入って来たようで街路樹のポプラ並木や

石で敷き詰められた駅通りには行き交う馬車や人々で賑わっておりました

ガス灯にはほのかに明るい光りが点火され街の風情をかもし出し

多くの人々の話し声があちらこちらから聞こえて参りました
$お姫様のお散歩日記
フランソワ達の馬車が東口前で停車致しました

その時どこからともなく出てこられた伯父様達の

執事達四人が急いで傍に走って来られました

その姿を眼にされるとすかさず『ご苦労様 』と言って

軽く手を挙げられました

ドアが開けられフランソワが始めに降りて参りました

マリブル達も降車し三人で名残惜しそうに立ち話をしておりました

その時です

車道側に立っていたフランソワが突然道路に向かって走り出したではございませんか

それはあっと言う間の出来事でございました

道路の真ん中にボールを追って車道に出て来た女の子目掛けてフランソワは

必死で女の子を突き飛ばしました

女の子は大きな声で道路に転んで泣いておりました

フランソワの姿が見えません

瞬間の出来事に唖然とするばかりでございました

咄嗟に気付いた執事達やマリブルは道路の真ん中で停車している馬車へと

走って行きました

何と言うことでしょうか

フランソワの小さな身体が馬車の下に入り込んでいるではございませんか

周囲の人々も集まり馬車を取り囲み皆で力をあわせて馬車を持上げて

下さいました

その隙間からマリブルがフランソワを抱き上げて立ち上がりました

フランソワの足からは血が滴り落ちております

それも余りの無残な姿に変わってしまったフランソワを抱きしめ

歩道に戻ると毛布を敷きマリブルはフランソワの止血に懸命でした

マリブルは泣きながらフランソワの名前を叫びながら必死でございました

止血をするためにタオルで縛ろうとしましたが右足は

今にもちぎれそうな重篤な状況でございます
$お姫様のお散歩日記
フランソワの膝の上にタオルでしっかりと止血をしてから

馬車の中に置いているブランディーを持ちフランソワの傷に

何度も何度も吹き付けました

フランソワの意識は全くございません

応急の治療を施し駅前から少し離れた所にある大きな病院へ

急いで搬送致しました

前もって執事が走って病院に知らせておりましたのでフランソワを

連れて行ったときには医師達が待ち構えておりました

直ぐに手術室に運ばれた小さなフランソワを医師達に託したマリブルは

余りのショックで手術室の前で震えながらシュレーナと抱き合い

泣き崩れておりました

緊急事態の発生を知らせるために執事はフランソワの母親の元へと

馬車を走らせておりました

病院内には五人の執事とマリブル達が待機しております

思えばあっと言う間の出来事でございました

馬車はフランソワの母の元に行き母親を乗せるとまた来た道を

スピードを上げて走り続けました

馬車の中に居る母親はまだ重大な事故だとは思っておりませんでした

執事はマリブルから事実を詳細に言わないで先ずはケガをしたとだけ

伝え病院へ連れて来る様に言っておりました

その間にも執事が父親の学校へ行きフランソワの事故を告げ

父親を病院へ連れて行きました

一足早く着いた兄レオノールは院内の手術室に急いで向かいました

そこには泣き崩れたマリブル達や執事達が長いすに座っておりました

『マリブル どうしたんだね フランソワは一体どうなっているんだよ』

『兄上様 申し訳ございません 私がついていながらこんな事に

なってしまってどうしたら良いかただただ困惑しております』

執事から詳細な説明を受けた兄レオノールは敢えて冷静になろうと

心の中でつぶやきました

そこへ心配しながら手術室の前に走り込んで来た妻マリーエを見つけ

黙って妻を抱き締めました

母親はこの現状を察知したのかただならぬ雰囲気に飲み込まれて行きました

マリーエの眼からは大粒の涙が流れだし声を必死にこらえながら

フランソワのかわいい笑顔を想い出しておりました




                                 ・・・つづく