サトリってどんな人?
2分で読めるサトリの簡易プロフィール
僕自身、最近ほとんど観ないのですが、
TVをつければ日々、いろいろな
ニュースが流れています。
TV番組や新聞のニュースは、
あなたの日常の中に
いろいろなものを投げ込んできます。
世の中には、そういったものに
反応的に振舞う人が溢れています。
もう一つホットな話題でいえば、
先日のアメブロの不具合。
ペタ機能が使用不能になっていて、
その告知ページには、これでもかという
くらいに『被害者意識』にとらわれた
コメントが溢れかえってました。
ところどころ、メンテナンスしている方に
対する感謝や心遣いのコメントもありましたが。
こういった『被害者意識』、
ものごとの責任を自分以外の
もののせいにする、他責的な傾向
というのは珍しい光景でもありません。
世の中の多くの人には、一つの
『真理』が見えなくなっているのです。
TVで見る政治家や芸能人、
企業人たちが、
あなたの現実を
創っているのではありません。
会社で顔を合わせる上司や
同僚、部下といった人たちが
創るのでもありません。
プライベートで接する友人や恋人、
パートナーといった身近な人たちが
創るわけでもないのです。
そして、あなたの家族、
あなたの両親といった、
最も近しい人たちでさえ、
あなたの現実、あなたの世界を
創ることはできないのです。
あなたの現実は、他の誰でもない、
あなた自身が創っているのです。
そもそも、『あなたの現実・世界』
とは何なのでしょう??
あなたが五感で受け取り、
意識や心で認識するものすべて、
あなたを取り囲むすべてのもの、
あなたという『縁』があって、
あなたの前に現れてくるもののすべて、
あなたの目に映るもの、
耳に聞こえるもの、
頭脳で認識するもの、
心が感じ取るもの、
あなたが存在を
認識するすべてのものごと、
人々、状況、環境。
それが『あなたの世界(現実)』です。
その中心には誰がいますか??
それはもちろん、『あなた』です。
あなたの世界の中心にいるのはあなたで、
そして、、、
それは、
あなたが『世界』だと
思っているもの、
あなたが『現実』だと
思っているものが、
『あなたそのもの』だということ
を意味します。
物心ついてから、あなたの自我と
いうものができあがって以来、
こびりついた常識・観念というものを、
一度壊してみてください。
たとえば、あなたにとって
プライベートな空間、
自宅や自分の部屋を考えてみましょう。
想像しにくければ、
いま、身を置いている
場所で考えてみてもOKです。
そこに配置されているもの、
部屋の中の家具やちょっとした小物、
日常的に目にする光景、
あなたが『いま』身を置いている
その部屋という空間の在り方、
それは、あなたの心の中身と
相似形になっています。
部屋というものがあって、そこに
世界から切り離されたあなたが
いるのではありません。
そうやって、
世界から自分を切り離して、
自分のことを客観的に観察できるのが、
人間の自我に与えられた
偉大な能力なのですが、
それゆえに、人は、自我の創り出す
幻想の夢の中に生きているのです。
部屋とあなたは
切り離されるものではなく、
あなたがいる空間
そのものがあなたなのです。
『いまここ』とは、
あなたそのものを指しているのです。
これは、夢を見ている人に向かって、
『いまあなたが見ているのは夢ですよ』
と言っているようなものなので、
腑に落ちる人と落ちない人に分かれると
思いますが、もう少し話を続けます。
そしてこれが、
『自然の摂理』『宇宙の真理』
というものの、
驚愕すべきしくみなのですが、
あなただけにとって、
僕だけにとってではなく、
『誰にとっても』そうだと言えるのです。
あなたの世界の中に
現れた僕という存在は、
あなたがあなたのために
自分自身で創り出した
(自分の世界の中に生み出した)
ものであると同時に、
僕自身も、自分の現実の中に
あなたという存在を
生み出したということです。
これが驚くべきこの
宇宙、自然のしくみです。
人間の頭ではとうてい理解しきれない、
天体の運行などの目に見える
物理現象とは比較にならないくらい、
複雑で緻密なバランスをもって、
この世界は存在しているのです。
その片鱗だけでも伝われば、と思います。
だから、冒頭の話に戻ると、
あなたが体験するすべての出来事、
出会う人々、手にするもの、
受け取る感情、
それらを創り出しているのは
あなた自身だということです。
『責任』という言葉の、
本質的な意味がここにあります。
にわかには受け容れがたい、
人によっては残酷にも
思えるようなこの事実、
それが自分の『実体験』レベルで
腑に落ちるということが、
『覚醒』『目覚め』ということです。
目覚めればわかるのです。
この世界には
被害者なんてどこにもいない。
誰かのせいで自分の現実が変わる
ことなど起こり得ない。
すべての人は、
自分で自分の現実を創り出している。
【LINE友だち限定の豪華7大特典】
この画像を↓クリック↓して
「アプリで開く」を押してください。
ブログランキング参加中!
この記事を読んで、役に立った、
気に入ったという方は、
ぜひ、クリックをお願いします^ー^
2分で読めるサトリの簡易プロフィール
僕自身、最近ほとんど観ないのですが、
TVをつければ日々、いろいろな
ニュースが流れています。
TV番組や新聞のニュースは、
あなたの日常の中に
いろいろなものを投げ込んできます。
世の中には、そういったものに
反応的に振舞う人が溢れています。
もう一つホットな話題でいえば、
先日のアメブロの不具合。
ペタ機能が使用不能になっていて、
その告知ページには、これでもかという
くらいに『被害者意識』にとらわれた
コメントが溢れかえってました。
ところどころ、メンテナンスしている方に
対する感謝や心遣いのコメントもありましたが。
こういった『被害者意識』、
ものごとの責任を自分以外の
もののせいにする、他責的な傾向
というのは珍しい光景でもありません。
世の中の多くの人には、一つの
『真理』が見えなくなっているのです。
TVで見る政治家や芸能人、
企業人たちが、
あなたの現実を
創っているのではありません。
会社で顔を合わせる上司や
同僚、部下といった人たちが
創るのでもありません。
プライベートで接する友人や恋人、
パートナーといった身近な人たちが
創るわけでもないのです。
そして、あなたの家族、
あなたの両親といった、
最も近しい人たちでさえ、
あなたの現実、あなたの世界を
創ることはできないのです。
あなたの現実は、他の誰でもない、
あなた自身が創っているのです。
そもそも、『あなたの現実・世界』
とは何なのでしょう??
あなたが五感で受け取り、
意識や心で認識するものすべて、
あなたを取り囲むすべてのもの、
あなたという『縁』があって、
あなたの前に現れてくるもののすべて、
あなたの目に映るもの、
耳に聞こえるもの、
頭脳で認識するもの、
心が感じ取るもの、
あなたが存在を
認識するすべてのものごと、
人々、状況、環境。
それが『あなたの世界(現実)』です。
その中心には誰がいますか??
それはもちろん、『あなた』です。
あなたの世界の中心にいるのはあなたで、
そして、、、
それは、
あなたが『世界』だと
思っているもの、
あなたが『現実』だと
思っているものが、
『あなたそのもの』だということ
を意味します。
物心ついてから、あなたの自我と
いうものができあがって以来、
こびりついた常識・観念というものを、
一度壊してみてください。
たとえば、あなたにとって
プライベートな空間、
自宅や自分の部屋を考えてみましょう。
想像しにくければ、
いま、身を置いている
場所で考えてみてもOKです。
そこに配置されているもの、
部屋の中の家具やちょっとした小物、
日常的に目にする光景、
あなたが『いま』身を置いている
その部屋という空間の在り方、
それは、あなたの心の中身と
相似形になっています。
部屋というものがあって、そこに
世界から切り離されたあなたが
いるのではありません。
そうやって、
世界から自分を切り離して、
自分のことを客観的に観察できるのが、
人間の自我に与えられた
偉大な能力なのですが、
それゆえに、人は、自我の創り出す
幻想の夢の中に生きているのです。
部屋とあなたは
切り離されるものではなく、
あなたがいる空間
そのものがあなたなのです。
『いまここ』とは、
あなたそのものを指しているのです。
これは、夢を見ている人に向かって、
『いまあなたが見ているのは夢ですよ』
と言っているようなものなので、
腑に落ちる人と落ちない人に分かれると
思いますが、もう少し話を続けます。
そしてこれが、
『自然の摂理』『宇宙の真理』
というものの、
驚愕すべきしくみなのですが、
あなただけにとって、
僕だけにとってではなく、
『誰にとっても』そうだと言えるのです。
あなたの世界の中に
現れた僕という存在は、
あなたがあなたのために
自分自身で創り出した
(自分の世界の中に生み出した)
ものであると同時に、
僕自身も、自分の現実の中に
あなたという存在を
生み出したということです。
これが驚くべきこの
宇宙、自然のしくみです。
人間の頭ではとうてい理解しきれない、
天体の運行などの目に見える
物理現象とは比較にならないくらい、
複雑で緻密なバランスをもって、
この世界は存在しているのです。
その片鱗だけでも伝われば、と思います。
だから、冒頭の話に戻ると、
あなたが体験するすべての出来事、
出会う人々、手にするもの、
受け取る感情、
それらを創り出しているのは
あなた自身だということです。
『責任』という言葉の、
本質的な意味がここにあります。
にわかには受け容れがたい、
人によっては残酷にも
思えるようなこの事実、
それが自分の『実体験』レベルで
腑に落ちるということが、
『覚醒』『目覚め』ということです。
目覚めればわかるのです。
この世界には
被害者なんてどこにもいない。
誰かのせいで自分の現実が変わる
ことなど起こり得ない。
すべての人は、
自分で自分の現実を創り出している。
この画像を↓クリック↓して
「アプリで開く」を押してください。
ブログランキング参加中!
この記事を読んで、役に立った、
気に入ったという方は、
ぜひ、クリックをお願いします^ー^