TSMC熊本 半導体バブルの盲点。日本大復活にあと1つ足りぬピースとは?白亜の工場が本邦経済の墓標となる恐れも
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TSMC熊本工場は、日本経済の希望か墓標か
半導体の受託製造(OEM)メーカー台湾のTSMC(台湾積体電路製造)が2月24日、熊本県菊陽町に建設していた工場の開所式を行いました。TSMCは、この第1工場に続いて、第2工場の建設も決定。熊本は、その経済効果に湧いていると言われています。
ですが、私はこの白亜の工場が、日本経済の墓標に見えてなりません。
日本の半導体産業のかつての栄光とその凋落、凋落の過程で見せた様々な悪戦苦闘と判断ミスの数々、そして悲惨とも言える現状。そうした負の歴史と現状を思うとき、どう考えてもこのピカピカの新築の巨大工場は墓標です。
TSMC熊本第1工場は本来、日本勢が作るべきだったもの
では、どうして今回、世界一と言われるTSMCがこの旧世代の汎用品製造に乗り込んできたのかというと、そこには政治的な理由があります。
安全保障上の「万が一」という事態を考えて、サプライチェーンの再構築が叫ばれる中で、同社としてもあるいは西側世界全体としても、日本でTSMCがこの種のビジネスをすることへの理解が進んだからです。
またEVシフトが進む中で、自動車のコスト構造にも変化があり、かつての日本企業のように下請けとして「ヘトヘトな仕事」に甘んじるわけでもないような変化が生まれたこともあります。
にもかかわらず、どうして日本勢が改めて汎用品など旧世代の半導体を「しっかり利益が出るような強気」に出て、経営の自立を図ることができないのかというと、こちらは過去の経緯から難しいということがあり、また限られた人材や資本は「やはり最先端の分野にシフトして戦おう」という官民の理解があるからと考えられます。
つまり、この第1工場は「本来なら日本勢が頑張っても良い」分野なのに、「自動車産業の下請けにされて疲弊」した過去、そして「カネがない、人材がない中で、最先端にシフトしたい」という官民の思惑から日本企業が手を引きつつある結果なのです。
そして結局のところ、同じ分野をやるにしてもTSMCのような資本力と経営ノウハウがあったほうが、「全員が不幸にならない」ということになったと考えられます。
TSMC熊本第2工場に見え隠れする「もう1つの国辱」
もっと意味不明なのは、第2工場です。当初、TSMCは「最先端の微小テクノロジー」を使った半導体工場は日本では展開しないとしていました。それが途中で話が変わって、進出することになったのです。
例えばアップルのMacbookだとか、iPhoneなどに使われている、アップル独自の設計による専用チップなどです。ちなみに、この「最先端」については、日本の半導体産業は壊滅状態でした。
そもそも、半導体の基礎技術を作ったのは日本です。物理学者が理論を発見したというレベルになるとアメリカなのですが、それを応用してどんどん実用化していったのは日本でした。
1960年代までのような「真空管」では信頼性も消費電力も全くダメなので、トランジスターを実用化したのも日本ですし、そのトランジスターを高度に集積した集積回路(IC)や高密度集積回路(LSI)の最先端における製造技術を編み出したのも日本でした。
例えば、今はインテルとこのTSMCがほぼ独占しているCPU(演算回路)というものも、そのコンセプトを発明したのは日本のCASIOだったのでした。
ところで、半導体というのは巨額な投資が必要です。また先手先手を読んで、どんどん新規の製造技術、製造設備を用意するための果敢な判断、つまりリスクを取ったクイックな判断が必要でした。
日本勢は、少なくとも1990年前後まではそれなりに戦っていたし、技術的にも最先端を維持していました。世界の半導体産業の中でシェアの50%とか40%を支配するという時代が長く続いたのです。
ですが、日本の半導体産業は没落していきました。競争に負け、どんどんその地位を落としていったのです。
日本の半導体産業を没落させた5つの要因
理由としては、様々な要素が複合しています。
「バブル崩壊以降は、徐々に日本国内の個人金融資産が高齢者の老後資金が主体となって行き、リスクを取るようなマネーがなくなっていった」
「高度なオーダー品を製造するには、ユーザーとの緻密で息の長い共同作業が必要だが、英語でそうした分野をカバーする専門人材が不足していた」
「国際的に競争力のある人材も、日本国内では年功序列の横並びの賃金体系に束縛されるので、若手を中心に人材がどんどん流出した」
「大手の電機メーカーなどを中心に、経営陣と現場の距離が広がり、迅速な判断ができなくなっていった」
「当初は、半導体製造機器の分野で圧倒的な強さを誇っていたが、中国勢、欧州勢などに押されてこちらの分野でも地位が低下した」
とにかく、こうしたマイナスのトレンドが長く続いた結果として、現時点では高度なオーダーメードの最先端の半導体という分野では、日本は全くの不振に陥っています。
「TSMC第2工場」という方針転換は、日本の実力を値踏みした結果
では、どうしてTSMCは当初は日本進出にあたって、この「最先端」の工場は対象外としたのかというと、これは「衰えたとはいえ、往年の世界のトップランナー」である日本に「最先端」を持っていくのは怖いと考えていた可能性があります。
怖いというのは、要するに製造のリアルなノウハウを日本人の技術者や労働者に教えると、「真似され」て、やがて日本が往年の実力を復活させて牙をむいてくるということを恐れたのだと思います。
にもかかわらず、結局のところTSMCは「第2工場」の建設を決め、こうした「最先端半導体」の製造にも乗り出すと表明しました。このニュースは、日本で大きく報じられ歓迎がされました。
では、一度は渋ったのに、どうして「第2」で最先端をやると決断したのかというと、
「もう日本には真似をする力はない」
という判断があったのだと思います。
TSMCは、多くの基幹エンジニアは台湾、中国、アメリカなど全世界から異動もしくは採用して配置する、その一方で日本人も経験者や若手を大勢採用するのだと思います。
それでも、最終的にノウハウを真似されて改めて「自分たちに挑戦してくるだけのパワー」はもう残っていない、したがって安全だという判断をしたのだと考えられます。
ところで、今回、第1工場の開所式に合わせて、この「第2」にも政府から補助金が出ることが発表されました。その額は、7320億円、第1工場より更に多額となっています。
仮に、TSMCから「日本にはノウハウを真似するのは無理」という「ナメられた」本音が見えたとして、この7320億円は「間抜けな捨て金」になるのかというと、それは少し違うと思います。
「日本の屈辱」の象徴としてのTSMC熊本第1工場
では、なぜこのTSMCの白亜の工場が日本経済の屈辱の歴史の象徴なのか、2つの工場に分けて考えてみましょう。
まず今回、開所式が行われた「第1工場」ですが、これは最先端の半導体を製造する工場ではありません。チップの中にどれだけ多くのトランジスタなどを詰め込むかという「集積度」は大きくなく、つまりは半導体として旧世代に属します。
また、その多くは汎用品、つまり発注主が細かく設計仕様を指定してくるのではなく、あらかじめ多くのニーズに応じることができるように設計されたものです。
こうした旧世代の汎用品は、その多くが自動車に搭載されるマイコン用です。この分野では、数年前までは日本は世界をリードしてきました。リードするというと、格好良すぎるのですが、とにかく世界ではトップのシェアを維持していたのです。
そんな中で、東日本大震災による工場被災などで、日本での汎用半導体の生産に色々な問題が出るようになっていました。世界的な半導体不足とか、そのために起きた新車の供給不足といった問題はこのためでした。
実は、日本の汎用品メーカー(ルネサスなど)はシェアは獲得していたものの、決して経営状態は良くありませんでした。
これは、力関係として買い手、つまり発注をする自動車メーカーのほうが強く、半導体メーカーとしては価格交渉などで屈辱的な状態に置かれていたからでした。
シェアがトップで、ほぼ独占状態にありながら、どうして価格で強気に出ることができないのかというと、それは半導体メーカーの株を自動車メーカーや、自動車の部品メーカーが握っていたからでした。
それだけではなく、自動車産業は半導体メーカーに役員を送り込んでおり、経営陣の多くは自動車産業の出身だったのです。
株を握られ役員まで送り込まれていては、強気の価格交渉などできるわけがありません。テクノロジーは旧世代の汎用品ということもあり、自動車産業はこうした半導体メーカーを下請け、コストダウンの対象としか見ていませんでした。
そもそも頑張っても付加価値にならないのですから、これではイノベーションが進むはずはありません。
問題は勿論分かっており、現在では経産省も後押しする形で、こうした日の丸半導体メーカーは、もっと高度な仕事にシフトするように動いています。
外資企業TSMCへの巨額補助金はペイするのか?
政府は、とにかくTSMCの稼働と拡大により、建設需要、製造機器など設備投資の需要、そして従業員の衣食住、交通インフラなど幅広い経済効果を期待しているわけで、その意味では必死だと言えるでしょう。
これに加えて理系人材のの雇用創出といった効果も期待しているのだと思います。
ですが、どんなに経済波及効果が莫大なものであっても、TSMCは外資です。利益が出ればそれは台湾本社の利益になります。
台湾本社が100の売上で、そのうち熊本工場を管理する日本の現地法人から60で買うのであれば、日本のGDPへの寄与は100ではなく60になります。
勿論、その60に対するコストである人件費、エネルギー費用、建設費や製造機器など設備投資の多くは日本に落ちますが、仮にコストが大きくて日本法人の利益が少なければ、日本へ落ちる法人税は限られたものになります。
そして、最終的に最先端の製造技術は英語だけの世界で、世界から来る多くの人材がそこで活躍してまた別の国に戻っていくのであれば、日本にはノウハウの核心部分は残りません。
かつて、日本のメーカーの多くは「自分たちの製造技術は世界一」だという自信から、世界中に工場や研究施設を展開した際に、そのノウハウをホイホイ現地人材に教えていましたが、TSMCはそんなことはしないでしょう。
もちろん、それでも中堅人材が育てば、そしてやがて民族資本の企業がどんどん復活すれば、そうした人材は日本のGDPにフルで貢献する可能性はあります。
それでも経産省は「遠回り」を選ぶしかない
経産省はそこまで理解しているのだと思います。どう考えても、1兆2千億などという金を外資に渡すのは不自然であり、そんな巨額の金は民族資本の育成に使うべきです。
ですが、経営陣にスキルがなく、中堅技術者が語学の壁を抱えている中では、現在の世界の半導体戦争の戦場では、今のままの日本勢は戦いようがないわけです。
ですから、猛烈な迂回をする格好ですが、とにかく外資を入れて、息の長い戦略で日本の半導体産業を回復基調に戻したい、そんな戦略を経産省は取っているのだと思います。
半導体戦争敗北の歴史を正視しないかぎり日本経済に未来はない
私は、そのことを否定はしません。ですが、岸田文雄のように問題の本質を全く理解せずに、外資工場の開所式に大賛辞を送るような政治家が国のトップであることは、日本にとって大変な不幸だと思います。
経産省など日本の政府関係者の中には、日本が半導体で惨めな敗戦に至ったのは、日米半導体戦争の際にアメリカからの圧力に屈したからだ、というような声が今でもあるようです。
そうではないのです。資金不足、経営スキル不足、分厚い語学の壁、この3つに関して厳しい問題意識を持てなかったために、転落を重ねたからなのです。
日本の半導体産業は再生すべきです。またその可能性はゼロではありません。
そんな中で、政府がこのような形で外資を招き入れ、1兆2千億などという巨額の金が適切であるかは分かりませんが、補助金を出したことも、100%否定はしません。
ですが、あの白亜の工場の影には、それこそ死屍累々とも言うべき、日本経済の惨めな失敗と敗北の歴史があることを、その苦々しい屈辱を感じないのであれば、復活劇などというのは夢のまた夢であると思います。
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※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年2月27日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。「株高喜ぶ総理と日本の不幸」「自衛隊幹部の靖国集団参拝に強く反対する」「国内ネタのドラマ、ネトフリ撃沈は当然」など「今週の論点」や、読者Q&Aコーナーもすぐ読めます。
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