以下転載

【IWJブログ・特別寄稿】

国家戦略特区と都知事選 (安部芳裕 プロジェクト99%代表)

特集 2014東京都知事選|特集 TPP問題

◆暗礁に乗り上げるTPP◆
 1月24日、安倍首相は衆参両院本会議で施政方針演説を行い、今国会

を「好循環実現国会」と位置づけた。

 企業の収益を、雇用の拡大や所得の上昇につなげる。それが、消費の

増加を通じて、さらなる景気回復につながる。この「経済の好循環」で、

デフレを脱却しようと言うのである。

 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)については、国家百年の計と位置

づけ、同盟国でもある米国と共に交渉をリードし、アジア・太平洋に一つの

経済圏を創るとした。

 菅直人元首相が「開国」と叫んでTPPへの参加検討を表明して以来、

一貫して反対運動を続けてきた一人として、今年はまさに正念場である。


 一つの経済圏を創るとは、

ルールを同じにしてヒト・モノ・カネが自由に移動出来るようにする

ということである。実質的に国境がなくなり、日本は超大国アメリカに

飲み込まれる。

 安い輸入品が入ってくれば、デフレ圧力は強くなる。安い労働力が

入ってくれば、低い方へ賃金は収斂していく。ルールが同じならば、

製造業は最も安く作れる場所に拠点を移す。

 海外から資本を呼び込むとは、外資に日本企業を売ると同義である。

「愛国」「保守」を掲げる安倍首相が目指す「国家百年の計」とは、

「売国」であり「壊国」でしかない。言っていることとやっていることが真逆

ではないか。

 自民党は「TPP断固反対」を掲げて2012年末の衆議院選挙で大勝した

ものの、その公約をわずか三ヶ月で反故にして交渉に参加した。だが、

国内の反発は強まり、極端な譲歩はできなくなった。

 昨年12月7日~9日に開催されたシンガポールにおけるTPP閣僚会合で、

年内妥結を目指した米国は、ここでグリーンルーム方式を持ち出してきた

 グリーンルーム方式とは、1999年に大暴動と大弾圧が起きた

WTOシアトル会議から使用されるようになった国際会議の方式で、

WTO事務局長室の壁が緑色であることに由来する。

先進国と一部の途上国が参加し、グリーンルームで秘密会合が行われ、

そこで練られた案が本会議に提出されて採択されるというやり方である。

 シンガポールでのTPP閣僚会合では、賛成派と反対派を分断し、賛成派多数、反対派少数にして小部屋で会議が開かれた。

官僚も補佐官それに通訳まで外され、孤立した閣僚は賛成派に屈する

はずだった。土俵際に追い詰められた米国が、強引な力技を

繰り出したので、警戒感を強めた各国の閣僚は妥結を先送りした。

 TPPはデモクラシー(民主主義)を破壊し、コーポレートクラシー(企業統治)を実現する。国民主権を放棄させられる協定など、主権国家が

簡単に妥結できるものではない。だからこそ秘密交渉を続けてきたわけ

だが、情報は水より漏れやすいと言われる。完璧に守れる秘密などないし、

秘密が漏れるほど反対者が増えて、ますます妥結しづらくなる。

実際、TPPは頓挫しかけているのである。

◆TPA法案で議会の権限が強まる◆
 1月9日、米国議会でTPA法案が提出された。

 TPAは貿易促進権限(Trade Promotion Authority)と呼ばれ、もともとは議会にある通商権限を大統領に一任し、議会への事前通告や交渉内容の限定等の条件を課す代わりに、議会は個々の内容の修正を求めずに一括してイエスかノーで投票するものである。

 このTPAは時限立法であり、2007年7月に失効している。オバマ大統領

はTPP交渉を加速するためTPAを求めてきたが、議会の影響力を

相対的に低下させるため、賛否が割れてTPAを与えられずに

交渉を続けてきた。

 提出された新しいTPA法案は、英語ではTrade Priorities Actであり、

略称は同じTPAでも日本語訳では通商優先事項法である。

単に大統領へ交渉を一任するための法律ではなく、

米国の利益を最大化するために、交渉の目的を明確に設定し、

議会が憲法で保証された権能を求めるための法律となっている。

 通商優先事項法案では、米国の通商協定が世界最高のものとなるよう

にし、米国の物品、サービス、投資に対して市場開放が確実に行われる

ように求めているのだ。

 以下、主要な内容を箇条書きにする。

・通貨操作に対処する:通商相手国の為替レートの操作防止を求める。
・強力な実効性を追求する:通商協定の中で大統領が強力な紛争処理の

仕組み担保する。
米国の主権を保護する:連邦議会によらずして、通商協定により米国

の法律を変更することはできないと明記
・協定条文の閲覧を確保する:法令によって、全ての連邦議員が

交渉中の条文を閲覧できることを確保。
・議会との協議を強化する:USTRに対して、関心ある連邦議員とは

誰でも、いかなる時も、面会し協議することを義務づける。交渉開始以前、

交渉中、および終了後のいずれにおいても協議すべき範囲を拡大。
・国民及び各助言委員会との間の透明性および協力を促進する:

国民参加と各助言委員会との情報共有に関する指針を書面にし、

透明性、および国民の関与と協力の措置を求める。
・これらに合致しない場合、TPAは不許可になることもある。

 

 この新たなTPA法案は、下院歳入委員長のキャンプ議員(共和党)と

上院金融委員長のボーカス議員(民主党)により提出されたので、

キャンプ=ボーカス法案と呼ばれている。

 キャンプ=ボーカス法案の共同提出者であるボーカス委員長は

中国大使になることが内定し、近いうちに上院金融委員長の職を解れる。

後任はワイデン議員(民主党)になると見られているが、ワイデン議員は

キャンプ=ボーカス法案に反対の立場を表明している。ワイデン議員が

上院金融委員長の立場を利用してキャンプ=ボーカス法案の審議を

行わず放置することも考えられる

 連邦議会に提出された法案が行き詰まることは決して珍しくない。

例えば、前回の連邦議会(第112議会。会期は2年)では10,445本の法案が

上程され、成立したのはわずか272本である。現議会(2013年1月から

2015年1月)では、これまでに5,713本の法案が上程され、64本しか

成立していない。法案が提出されても通らない場合がほとんどなのだ。

 一度提出した法案が通らなければ、その後、数年間は同じような

法案を再提出することができなくなる。TPAがなければ、

TPP締結はさらに困難になるだろう。

 4月にはオバマ大統領がアジアを歴訪する予定になっている。

それまでにTPPが妥結できなければ、長期停滞するだろうと予測されている。11月には中間選挙があるので、TPPどころではなくなる。頓挫までは

あと一歩なのだ。

◆国家戦略特区で進む「壊国」◆
 しかしTPPが頓挫しそうだからと言って安心はできない

昨年12月6日、世の中が特定秘密保護法の可決で大騒ぎしているとき、

深夜にこっそりと国家戦略特区法も可決された。審議時間は衆議院で

22時間、参議院ではわずか8時間だった。

 国家戦略特区は、地域を限って規制改革や特例措置を講じ、

「世界で一番ビジネスがしやすい環境を創出する」ことを目的としている。

この法案も読んでも、何か問題なのか正直とてもわかりづらい。

なぜなら、これから規制改革や特例措置ができるようにする枠組みを

つくるための法律であり、どんな規制改革をするのか、どんな特例措置を

設けるのか、まだ漠然としていて、はっきりしないからである。現在のところ、

教育、雇用、医療、農業、まちづくり、歴史的建築物の活用という

6つのジャンルに適用され、成果が上がれば

全国での展開が検討されるものもある。

 この国家戦略特区で大きな権限を持つのは、国家戦略特区諮問会議

である。メンバーは、安倍首相を議長に、麻生副総理、菅官房長官、

新藤国家戦略特区担当大臣、甘利経済財政政策担当大臣、

稲田規制改革担当大臣。民間議員として、八田達夫大阪大招聘教授、

坂根正弘コマツ相談役、坂村健東大大学院教授、

秋池玲子ボストンコンサルティンググループ・パートナー&マネージング

ディレクター、そして小泉構造改革を主導した竹中平蔵慶大教授の11名。

 3月中には具体的な地域を指定し、その特区ごとに国家戦略特区統合

推進本部が設置され、国家戦略特区担当大臣、関係地方公共団体の長、首相が選定した民間事業者がメンバーとなる。

 この諮問会議には、関係大臣は「必要に応じ参加」としか書かれていない。

つまり必要と判断されなければ、

労働や医療等の規制緩和に厚生労働大臣が加われないことがある。

同様に農業の規制緩和に農林水産大臣が、

教育の規制緩和に文科大臣が、

建築物の規制緩和に国交大臣が加われないことが起こりうる。

会議に参加できたとしても、意思決定には加われない。

 安倍首相は1月22日、日本の首相として初めて

世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)で基調講演を行った。

 そこで各国首脳や企業トップらを前に、自らが「ドリルの刃」となって

既得権益の岩盤を打破し、日本経済の成長を阻む障害を破壊すると

明言した。講演では「いかなる既得権益も私のドリルから無傷では

いられない」と述べ、医療、貿易、年金投資、税制、女性の労働参加、

移民など幅広い分野で規制緩和を早期に実施する方針を明らかにし、

「2020年までに対内直接投資を倍増させる」「外国企業が最も仕事を

しやすい国」を目指すと宣言した。

 TPPが頓挫したとしても、同じような規制・制度改革は構造改革派

ばかりの諮問会議で決定され、国会の審議を経ることもなく実施

されるであろう。

 TPPと同時平行で行われている日米並行協議で要求された事項を、

国家戦略特区で実行することができる。日本の「壊国」を止めようが

ないのだ

 国家戦略特区で規制緩和したあとに、もしTPPに参加するようなことが

あれば、規制緩和が失敗したとしても、ラチェット条項があるので、

一度自由化したものは元に戻せない。強引に戻せばISD条項で

訴えられるのだ。

 ただ、方法はある。特区ごとに設置される国家戦略特区統合推進本部、

ここには関係地方公共団体の長が入ることになっている。

国家戦略特区統合推進本部が全会一致で賛成しないと

規制改革や特例措置は実施できないのだ。つまり、誰が知事になるかは

とても重要である。