引き算の授業、1年生の教室

1年生の引き算の最初の授業を、授業参観でやりました。その時の学級通信『らぶれたあ』。

ぼくはオリジナルを大事にしていたので、教科書があってもそのままにそれをなぞるような授業はしないということを続けていました。教材研究をしたうえでの「確信犯」だということは、同僚にも、保護者にも十分に知られていました。(そのことを毎日の『らぶれたあ』に書いていましたからね。)

 

授業当日になると「今日の授業はどうなるの」と、保護者の方もドキドキしながら教室での授業に「参加」(いわゆる参観ではありません)して、見つめていました。

ぼくは、授業始める前のこの教室の雰囲気が好きでした。

 

この日は算数。初めての「ひきざん」の授業でした。以下に授業の記録の『らぶれたあ』を紹介します。

見ていた保護者の方たちに、その場のことを共感してもらうために、授業の意図も書いて再現していました。

 

1年3組『らぶれたあ』№73号(7月7日)

 

 

1昨日の山崎隆夫さんのブログ記事を読んでいたら、算数の授業でものを食べる場面が出てきました。山崎さんの算数の授業2年生の引き算です。

ここではラムネを使った授業です。あはは、ぼくと同じ着想です。

ぼくらの世代は、実践は自由だったので、自然とお菓子を使いましたね。

 

 

いまは、授業に対して、様々な制限が加えられています。授業書を頼りにして、教科書中心に授業を進めることがいいことだとされます。教材研究より、如何に授業を進めるかの方法が強調され、教科書通りに進めれば、間違いないとされているからです。

 

山崎さんもぼくも、それには疑問があります。何より、授業で大事にするのは教材の意味や価値を考え、目の前の子どもたちの気持ちを重視することです。

そのための教材研究が軽視されています。職場で教材について語り合うことがなくなり、とにかく、形式的な指導が強められています。(その時間を奪う様々な施策、現実が学校現場にはありますね)

こうして、ひとり一人の教師が大事にしたいことが奪われます。

 

山崎さんやぼくが、ずっとかつての授業の実際をブログを書き続け、授業って何かを確かめるのは、上のような思いがあるからです。