昨日の記事は、『おむすびころりん』のタンテイについての記事でした。

かつて、1年余にわたって、教育エッセイを連載したことがあります。

題して「ゴリラ先生の教室だより」。

その8回目に《踊る国語 すっとんとん》を書いています。720字のコラム。

このブログで再録する時、そのコラムの背景などを付け加えました。

ここで再度、あげておきます。昨日の記事の補足です。

 

今日から、『おむすびころりん』のタンテイを始めると連絡くれた、若者の応援です。

 

    ラブラブイエローハーツラブラブグリーンハーツブルーハーツ

ゴリラ先生の教室だより<8>踊る国語 すっとんとん

 

国語ということばを使うときには、出来るだけ「 」をつけて使うようにしていました。「国語」「こくご」というように。

(このエッセイの文章では、なぜ「 」をつけるのかまで説明をするスペースもないので、「 」はつけませんでした。このコラムの編集担当だったKサンが、一般読者を意識して、タイトルを提案してくれました。)

「国語」とするのは、教室には外国籍の子どもたちがどもたちがいることもあり、この子たちにとっての国語は、必ずしも日本語ではありません。それを、国語=日本語とするのは、おこがましくないかと考えていたからです。

教室で学んでいるのは、日本語だから、外国籍の子どもたちに国語とするのはオカシイとでしょう。

だから、ぼくが書く個人的な文章では仕方なしに、「 」つきの国語(「国語」)として、それは日本語だよと言う意味を持たせることにしていました。

 

国語ということばの背景には、過去、朝鮮や台湾などで日本という国家が殖民地にした国の人たちのことばを奪い、日本語を日本帝国の臣民のことば=国語として押し付けたという歴史を持っていることも意識しておきたいと思います。

 

ぼくは、“ことばの学び”だと意識して子どもたちと向き合いました。教室でのことばの学びは、ともすると文字に縛り付けるような学びになりがちです。ことば本来は音声だったことを重視する学びを大事にします。”ことばを文字にとじこめない”、そう考えて実践しました。

 

踊る国語 すっとんとん

 

 一年生一学期の終わりに国語教材「おむすびころりん」を読みました。 

 「おむすびころりん」は七五調の文体で書かれた作品です。読んでいくと自然にリズムが生まれます。そこでこれを生かした音読中心の授業をすることにしました。 

 子どもたちの中には長い文章を読むことが苦手だという子もいるので、歌うように音読するなかで、「読めた」という自信を持たせたいと考えました。 

 ぼくはリズム打ちするためのウッドブロックを手に持ちます。トントンたたきながら、時々かけあいの「ソレ!」とか「ドウシタ!」の声も入れます。トントントン…

 

 むかしむかしの

 はなしだよ(ソレ!)

 やまのはたけを

 たがやして(ドウシタ!)

 

 リズムにのって読んでいくと、ミナミちゃんが身体をゆらし始めました。しめた。それをみんなに見てもらいます。拍手です。みんなも身体をゆらしました。

 

     バナナ            バナナ           バナナ

 

 お話の最後で、おじいさんとおばあさんは、ねずみたちからもらったこづちを手に、喜びのあまり歌い踊ります。

  

 おどったおどった

 すっとんとん (ソレ)

 こづちをふりふり

 すっとんとん(ソレソレ)

 

 教室の小さな「おじいさん」「おばあさん」も踊りだしました。狂喜乱舞です。そのおもしろいこと。あれあれ、いつのまにか教室から出て廊下で踊りだす子たちもいます。事情のわからない人がこの場面に出会ったら、《アブナイ集団》と思うかもね。

   でも恥ずかしがらずに声を出し、歌い踊ることは心地よいものです。じっと固まって、発声している方が子どもとしてはオソロシイ。もちろんぼくもいっしょに踊ります。「ゴリラ踊り」と子どもたちは呼びますが。 

 

楽しかったなあ、踊りながらの音読。動き回りながらのことばで遊ぶ教室。

身体をくぐる学び。

子どもたちの面白がる様子が伝わるかどうか。この授業、一番楽しんだのは、ぼくです。

 

      ルンルン音符ルンルン音符ルンルン音符ルンルン

 

本日(2018-10-23)は、午前中に様々な準備をして、夕方(17時)からかつて勤務していた地の小学校に行きます。

1年生の「くじらぐも」の授業や、ことば遊びの実際を体験してもらおうと思っての押しかけの小さな学びの場です。

ぼくにはもう小学校現場はないので、現場のセンセイたちの応援が出来ることは嬉しいことです。

1年生の学年主任のKサンは、かつてぼくと同じ学年を組んだ人。Kサンからのメッセージ。

 

≪ 「くじらぐも」と、いつもの詩を若者達に伝授していただければと思います。

三二ワールド全開でお願いします。≫

 

OK。アヤシイ世界を体験してもらいましょう。わはは。

 

     ラブラブイエローハーツラブラブグリーンハーツブルーハーツ

 

以上、転載です。

かつての教室も、この応援にいった学校でのことも思い出します。

ぼくは、このジサマの年齢になっても、根っからの現場のセンセイだったなあ。

 

今週は木曜日に、4年~6年の子どもたち19人に「授業」をします。

昨日、講師のカオリンと電話で打ち合わせ。ことばでいっぱいあそびますが、漢字の学び=あそびもたっぷり入れます。

 

ところで、年下の友人二人から、Lineの記事として同じものが、たまたま送られてきました。「こんな取り組みしてますが😅」と。

 

 

 

う~む?

知らずにコメントするのもなんだかなと思ったので、ここで紹介されている「アダプティブラーニング教材『すららドリル』なるものを調べ、1年生の教材、5年生の教材の一部を実際にやってみました。

AI機能を搭載したドリル集だそうです。

 

便利と言えば、便利なのだろうと思ったけれど、検討に当たって、現場の声はどれだけ反映されているのだろう。

 

<「善きもの」の導入だから、批判などないはず。子どもも、教師もこれで「個別最適な学び」「協働的な学び」可能だ>と、記事からは前のめりな市教委の雰囲気が感じられます。

そういうものでしょうか。

 

実際の施行にあたって、問答無用の形で現場の声が無視されて、押し付けにならぬか、それを懸念します。あくまで「ドリル」ですAIを使うといっても。

ぼくがやってみたら、正解への誘い込みが、押し付けがましくて”ヤ”な感じが残りました。

 

時代遅れのウラシマタロウが余計なことを言うなと、一蹴されそうですが。

もやもやします。

子どもとの協働的な学びは、上の「おむすびころりん」のような、心と体をひらいた学びの方に意味があると思うんだけどなあ。