井上ひさし『にほん語観察ノート』(中央公論社・2002年3月刊)を読んでいたら、「赤ちゃんの名前」というエッセイがありました。前にも読んでいたけど、その内容をほぼ忘れています。(だから、再び読む意味もあるかな。今でも、ときどき井上さんの本を取り出して読みます。ぼくにとっては、ことばの学びのオッショサンですからね。)
その中身はこんなこと。
先ず、1999年の明治生命の調査で分かった赤ちゃんの名前のランキングです。
<男の子>
①大輝 ②拓海 ③海斗 ④大輔、陸、翔
⑦大樹 ⑧翔太 ⑨健太 ⑩蓮
<女の子>
①未来 ②萌 ③美咲 ④亜美 ⑤里奈
⑥奈々子 ⑦彩花 ⑧遥 ⑨七海 ⑩綾乃、優花、葵
この名前を見て考察した井上さんの文章よりーー
どの名前からも御両親の願いが切ないほど伝わってきます。
男の子の名には、とにかく心身ともに大きくたくましく成長してほしいという祈りがこめられている。それが「大」「太」といった字の多用にあらわれています。
陸海空、つまり大自然を、そして地球を愛する日本人になってもらいたいという希望も読み取ることができます。海と陸はあるが、空はないじゃないかとおっしゃる方もおいででしょうが、筆者は「翔」の字に、大空を重ねながら、この十傑表を眺めています。
名前の字の音読みの多用の理由を2つあげます。
*「陸」には訓の「あつし」、「たかし」、「ひとし」などあるが、例外なく「リク」と音読み。「翔」も音読みの「ショウ」。
*健、猛、剛、豪、孟は、以前はみな訓読みの「たけし」だったけれど、今はケン、モウ、ゴウ、ゴウ、モウと音読み。
音読みが増えているこの傾向について
①・訓読みでは読めない人がたくさん出る。混乱を避ける手立てとしての音読み。
・音読みは失礼に当たらないという慣わし
・耳には堂々と聞こえる
②子どもたちが大きくなるとき、外国人と多く交流するから、ケンのような音読みは呼びやすい。
女の子の名前の「徳目+子」という定型は、明治の終わりから昭和30年代まで圧倒的優勢であった。これは上流階級の用いた命名用の接尾語「子」を普通の人々が使い始めたから。
貞節、信義、忠孝、正義といった道徳スローガンから一字もってきて、「子」と合わせる。
確かに、ぼくの周りの女性たち、貞子、節子、信子、義子、忠子、孝子、正子という名前が多かったなあ。
しかし、今はまるで様子がちがう。
やさしい響きや凛とした歯切れのいい音に、漢字を当てはめていく方法が全盛です。
一時期に流行した漢字三文字名(たとえば明日香、由香利など)は退潮を見せ、好字二字を選ぶ方が増えてきた。
さてここまで読んで、井上さんの説が今も通用するか、2023年に生まれた赤ちゃんの名前を調べてみました。ベネッセのデータです。
赤ちゃんの名前2023年
音読みが主流だった流れに変化が起きています。
訓読みの名前も結構増えています。
やまとことばのやわらかな音を好んで使うんですね。(我が家は、ずっとはるか前に子どもたちの名前を付ける時、訓読みの漢字1文字にしたものね。「むぎ・麦」「うみ・海」「ふき・蕗」「ゆい・結」)
男の子に7つ、女の子に4つと1文字漢字名も多いですね。
ベネッセのデータで一番古いのは2005年。それとの比較もしてみたかったので、調べてみました。
2005年 赤ちゃんの名前
井上さんの説はここでは生きています。陸海空。でも、もうここには、ひらがな名も出ていて、やわらかな感じを求める傾向が見えます。
名前には時代の傾向が見て取れます。
ちなみに、「三二(さんに)」などという奇妙な名前は、いつの時代のランキングにも入っておりません。(涙はたまた笑いか)
本日は、tomokoさんという都留文大時代の学生だった人の教室での授業参観に「参加」します。ことばあそびと漢字の授業ということで相談されました。ことばあそびで使うウッドブロックと🍌バナナ(まど・みちお『バナナのじこしょうかい』を遊びます)を用意して出かけます。お隣の市の小学校。3年生。(不審者とされないように管理職からの許可済みデス)