沢知恵さんの書かれた「岩波ブックレット」『うたに刻まれたハンセン病隔離の歴史~園歌はうたう』。

 

この本を、岩辺泰吏さんが「お正月のプレゼント」として送ってくださった。「書店で見つけました。すぐにあなたの顔が浮かびました」と。

アリガタイ、そう思っていただいて。

 

沢知恵さんは、歌手。ハンセン病療養所などでコンサートなども行っている人。

ぼくが、瀬戸内海にある大島青松園や長島愛生園を訪問した時、沢さんの活動も聴き、時々ブログ・SNSでその活動を追ってきました。YouTubeで歌を聴くこともありました。

 

この本が出版されていて、読みたいなあと思っていた時に、岩辺さんがぼくの気持ちを見透かしたように送ってくださって、いつもながら、ありがたい。

さっそく読みました。

 

ブックレットは、ミステリ―を読むかのような思いになりました。いろいろな謎が沢さんの追い求める行動で明らかになっていきます。

全国13のハンセン病療養所(それらは「園」と呼ばれています。ぼくの住む家の近所には「多摩全生園」というように)には、それぞれに「園歌」があります。
沢さんは、それらの園歌のルーツを探って、すべての園を訪問し、様々な背景を明らかにしていきます。それが、とても不思議な事実のつながりがあり、さらに、そこからハンセン病者の生きてきた歴史も浮かび上がらせています。
 
 
園歌には、それぞれの地の自然をうたったものが多い一方で、戦前のハンセン病者差別、隔離の歴史をうかがい知る歌詞が多くみられます。つまり「国家主義的な色彩」が色濃く残っています。
「無癩県運動」と呼ばれたハンセン病者を絶対隔離し、撲滅まで考えた時代のスローガンの「民族浄化」と「一大家族」という歌詞がちりばめられています。
 
それを、入所者は進んで歌ったという歴史があります。
そこには、ハンセン病者がそれだけ差別のなかで生きねばならかったという深刻な事情もあります。
この「民族浄化」と「一大家族」という歌詞が初めて入れられた園歌だった長嶋愛生園の入所者は次のように語っています。
 
「『一大家族』は好きなことばやったな。実の両親とか家族から見捨てられてしまったような人たちにとってみたらね、ここ(長島愛生園)で知った人たちはみんなきょうだいなんよ。
だけどな、外の人たちが、療養所で過ごしている人たちのことを『一大家族』というのは、ここで家族みたいに過ごしなさいという、甘いヴェールでもって包んだ、実は外に出て来たらあかんよという意味で、ここで仲よくしなさいよということ。」
 
ハンセン病療養所の園歌は、戦後新しく作り直されているものが多いそうです。それは、国家主義的内容を排するためでした。
 
沢さんはすべての園歌を、実際に各園を訪問して明らかにしました。その中で、楽譜をもとにして、実際に各療養所で歌っていますが、その時に気をつけたことがあったと書いています。
「本気で園歌をうたわないようにすること」だと。「歌手である私は、全身全霊でうたってしまうから」です。国家主義的内容を含む園歌の背景を考えてのことでした。
 
しかし、園歌をめぐる旅を終えた2021年春、無観客のスタジオで、園歌を本気でうたってみたそうです。
そうして、この歌をうたっていたハンセン病者の思いを胸にしています。時代を超えて、大切な歌への思いを確かめます。
 
詳しくは、この本に書かれていますが、園歌の作詞者、作曲者には著名な人物も関わっています。貞明皇后(大正天皇の后)、山田耕筰、本居長世、土井晩翠、白鳥省吾、古賀政男、大中寅二、青木恵哉…。
 
「ことば」の問題と「音楽・メロディー」の関係も複雑です。
沢さんは書いています。
 
意味のよくわからないことばを気持ちよくうたううちに、<甘いヴェール>が私たち包み込んでしまうこと」
「式典や集会では、子どもたちを前に立たせ、≪つれづれの≫(貞明皇后の歌)や園歌を大きな声でうたわせました。その声に合わせて、おとなの入所者、職員も歌い「一大家族」はつくり上げられていったのです。」
「音楽の力というとき、肯定的な意味であることがほとんどです。実際に、音楽の力は私たちの人生を豊かにします。同時にわたしたちは、音楽が政治、宗教などのイデオロギーや商業主義などの大きな力と結びつくとき、いつのまにかマインドコントロールされ、扇動される危険があることを忘れてはなりません。」
「それらの音楽は、実に巧みに、戦略的に私たちの心をとらえ、訴えかけてくるからです。そのことをくり返し歴史から学び、いま自分が置かれている音楽の環境について、ときに意識的になる必要があるのではないでしょうか。」
 
     むらさき音符  ブルー音符  ピンク音符
 
1月16日、しんぶん「赤旗」に、沢知恵さんに対してのインタビュー記事もあり、タイムリーだなあ。
 
沢さんの 大島青松園でのコンサート。2022年6月21日。