前回の記事に書いたように、自分のクラスが3日間の学級閉鎖になってしまいました。子どもたちのいない教室はツマラナイ。陸に上がったカッパ状態。
校内をふらふらしていたら、前年まで、1.2年と学年を組んでいたニイダテさんが、暇そうなぼくに話しかけてきました。2年間、愉快な教育実践を共に創ってきたので、気楽に声をかけてくれました。
「授業、やってくれない?」と。3年生のクラスが自習になるので、よかったら生の授業をやってくれない、そういうオファーでした。
ぼくが、ツマラナサそう、淋しそうに見えたんでしょうか?
2年間の学年活動、このように気楽に声を掛け合う同僚との共同性を培っていたんです。
懐かしい3年生たちとの詩の授業です。4編の詩を読みました。
『らぶれたあ』167号・168号 2012.1.25(水)、1.26(木) より
「レモン」はたちよしこ
「スピードかずえうた」川崎洋
子どもたちの集中が出来上がったところで、「スピードかずえうた」です。
これは10音のフレーズが10行並んでいることに気づいた後、自分の10音のワンフレーズをつくってもらいました。
いろんな「傑作」ができ、その発表にみんなで大笑いしました。お上品なものも、下品なものもね。誰が下品なフレーズをつくったかって?それは内緒。ことばで遊ぶのだから、誰かの悪口以外は何でもよしとします。
*ねじれる音(拗音)だけは、注意しましょう。(きゃ、しゃ、しょなどは、2字でも1音となります)
「サカナ数えうた」川崎洋
このことば遊びうたは、1、2、3、4、5…とことばが並んでいくことに気が付けばそれでいいのです。だから、そこを意識して音読すればオシマイ。さらっと終わることも大切。
「チューインガム一つ」村井安子
この詩は小学校3年生の作品。
チューインガム一つ
村井安子
せんせい おこらんとって
せんせい おこらんとってね
わたし ものすごくわるいことした
わたし おみせやさんの
チューインガムとってん
一年生の子とふたりで
チューインガムとってしもてん
すぐ みつかってしもた
きっと かみさんが
おばさんに しらせたんや
わたし ものもいわれへん
からだが おもちゃみたいに
カタカタふるえるねん
わたしが一年生の子に
「とり」いうてん
一年生の子が
「あんたもとり」いうたけど
わたしはみつかったらいややから
いややいうた
一年生の子がとった
でも わたしがわるい
その子の百ばいも千ばいもわるい
わるい
わるい
わるい
わたしがわるい
おかあちゃんに
みつからへんとおもとったのに
やっぱり すぐ みつかった
あんなこわいおかあちゃんのかお
見たことない
あんなかなしそうなおかあちゃんのかお
見たことない
しぬくらいたたかれて
「こんな子 うちの子とちがう 出ていき」
おかあちゃんはなきながら
そないいうねん
わたし ひとりで出ていってん
いつでもいくこうえんにいったら
よその国へいったみたいな気がしたよ
せんせい
どこかへ いってしまお とおもた
でも なんぼあるいても
どこへもいくとこあらへん
なんぼ かんがえても
あしばっかふるえて
なんにもかんがえられへん
おそうに うちへかえって
さかなみたいなおかあちゃんにあやまってん
けど おかあちゃんは
わたしのかおを見て ないてばかりいる
わたしは どうして
あんなわるいことしてんやろ
もう二日もたっているのに
おかあちゃんは
まだ さみしそうにないている
せんせい どないしょう
(『先生けらいになれ』理論社刊より)

この詩を読むためには、その書かれた背景に触れないわけにはいきません。
灰谷健次郎さんが、小学校の教師をしていた時にクラスの子に書いてもらった作品。
万引きをした安子(村井安子)ちゃんと向き合う中で、綴られたこの詩は、40年以上たったいまでも、、世代を超えて胸に迫ります。
(
その背景はこのブログに綴っています。参考までにどうぞ。)

灰谷さんは『先生、けらいになれ』(理論社・角川文庫)という本のなかで詳しく紹介しています。
3年生の子どもたちにその背景と、ぼく個人の教員生活の中で向き合った「子どもの万引き」という何回かの事態について考えてきたことを話しました。
「モノを盗むことは悪いことだとわかっていても、人はつい悪いことをしてしまうことがあるんだよ。人は弱い。だから、正直でいたい。」
子どもたちはすごく集中して聴いてくれました。かつての2年間の過ごした日々を思い出しました。
最後はしっとりした雰囲気の中で、突然依頼の2時間の授業を終えました。
ありがとう、3の3の子どもたち。新館先生。





灰谷健次郎さん

灰谷さんの実践記録。子どもたちの書いた詩(児童詩)が素晴らしい。
週明け、子どもたちが元気に出てきてくれることを待っていました。『スーホの白い馬』の授業を準備して、楽しもうと心待ちにしていました。