子どもたちと「ことばあそび」(パワポデータ)だよ――「行ッテ」協力
ぼくは「ジャム3・2オジサン」として、あちこに「行ッテ」応援します。(実際に手作りの夏みかんマーマレードも持って、笑。知る人ぞ知るだけど、これは趣味が高じてのこと。)今年度は、5月から1つの学校に入って、週2回“助っ人”することにしました。その具体は、そこの人たちとよく話し合って続けます。週2回、1時間ずつなので、無理せず、関わります。それとは別に、現在2つの小学校の低学年の子どもたちと、ことばであそぶ計画を進めています。これも昨年度から続けてきたこと。ことばあそびの授業への教材研究と、授業協力。学校の管理職にも話が通っています。①M市の小学校の1年生・2年生昨年1年生の公開授業に協力してことばであそんできました。その続きです。今年度は2つの学年なので、どのように関わるか、先ずは相談中です。6月に学校で授業協力する計画。②H市の1年生(学年)都留文大の卒業生のtomokoさん、一昨年、昨年と教材研究に協力してコラボレーションの授業をしました。ここでは、5月30日(土)の2時間目の授業公開とその準備として今週21日(木)5校時の授業。これらは、その学校の教員の方たちの「ことば」の学び授業の応援。それらの学校の担任の人たちと授業をつくります。 *授業のために、先生たちと学ぶ研修(放課後など) *子どもたちとの実際のことばあそびの授業を行うふたつとも、低学年の授業協力なので、そのためのパワーポイント資料をつくりました。この14のことばあそび・詩、歌をどのよう組み合わせて、子どもとあそぶか。それは、実際に見てもらうことが一番かな。こにパワーポイント資料は、メモみたいなものです。子どもたちは「口伝」として学び、あそびます。この通りに展開するのではなく、子どもたちの「ノリ」によって展開は変わります。比喩的にいえばライブコンサートに参加してもらうようなもの。ことばへの関心を高め、なにより楽しさを感じてもらうこと。 口伝とは……口伝が重要とされるのは、その即時性や温かさにあります。文字では伝わりづらい感情やニュアンスを、声や表情で伝えることができるため、情報の深い理解を促進します。また、口伝の中には、言葉の選び方や話し方、声のトーンなど、非言語的な要素も多く含まれるため、その魅力は一層増します。つまり、口伝は単なる情報の伝達だけでなく、コミュニケーションの一環であり、人間関係を深める重要な手段でもあります。つまり、ライブです<かつてのぼくを知る人たち、驚いてください。パワーポイント資料が自分でできるようになりましたよ>①自己紹介もそこそこに入ります。②まず歌です。リズム、メロディー、テンポを体感するには歌から。ギター持ち出します。おはよー、こんにちわー。声を返しあいます。こころとからだは一体です。手を打ち、足踏みならし、大声を出し、体にふれあうあそびも。③福尾野歩さんの名曲。追いかけうたなら、だれでもできます。歌のオニーサンならぬオジーサンです。何度かうたうと、様々な展開ができます。まずは掛け合い。④自分の声を自慢して出すこと。まど・みちおさんの詩。堂々と声を出す。みんなで声を出すって愉快です。<参考までに>校庭に「さしすせそ」 今、学校現場を「学力向上」という妖怪が覆っています。「基礎だ、ドリルだ、習熟だ」と。まるで水戸黄門の印籠(いんろう)のように、これをふりかざし、現場では「ハハーッ」とひれ伏す……なんてことを、もちろんぼくはしません。 1年生の教室では文字の習得にとどまらないことばの豊かさ、面白さにふれる学びこそ必要だと考えるからです。ことばを文字にとじこめるようなドリル学習は排したいと考えます。さて、それは……。 「さ行」の文字学習が一通り終わった2時間目、今にも雨の降りそうな空を見ながら、子どもたちを校庭に出しました。 子どもたちが横一列に並びます。子どもたちと向きあった位置にぼくは立ちました。15㍍ほど離れています。 「足を開いて立つ!」。大きな声で呼びかけます。「両手は腰に!」やってみせながらの声かけです。 「サンニ先生の後に続けるんだよ」「ともだち!まど・みちお!」と、教科書にある詩を朗読します。 「ともだち」―返ってきた声が小さいので、さらに5㍍ほど離れて、再びおなかの底から「ともだぢ!!」と声をかけました。 子どもたちは天に届けと声を出します。「ともだち いるぞ!」「いっぱい いるぞ!」。のどちんこがみえるくらい口を開けている子どもたちです。 「わっはっはっは!」。心地よい笑いが広がりました。「かぜふけ! あめふれ!わっはっはっは!」。本当に少し雨つぶが落ちてきました。 その時、体育を終えた2年生たちが1年生たちの様子を不思議そうに見つめて通り過ぎました。担任のトモキ先生は「気持ちよさそうですね」と声をかけてくれました。そう、とてもさわやかな屋外での学びです。 この後、大じょうろに水を入れ、校庭に「さしすせそ」と一文字15㍍大の巨大字を書きました。筆順にそってこの文字の線上を子どもたちが走りました。「そ」に着く時は、ハァハァ息切れしたけど、どの子も大満足のにこにこ顔でした。(教育エッセイ「ゴリラ先生の教室だより」より)⑤すこししっとりと。ことばってなにかな?その問いかけから。こんな教室もありました。「あいうえお」を学ぶ子どもたち。ことばは体と共に。⑥ことばは音だ! ウッドブロックのリズムに乗って音読します。テンポが大事だよ。⑦谷川俊太郎さんのわらべうた。「いち」から「じゅうに」までを。⑧数の数え方の不思議にも触れることもあります。上って、下りてという階段みたいに。おっと、最後のチーンが大事。⑨早口ことばみたいな「かっぱ」。イメージをつくって遊びます。<参考までに>「かっぱ」 をイメージと音であそぶ By: 霜村 三二Mikiさんからの「かっぱ」について問いあわせ。それは、「かっぱ」の中の「とってちってた」とは何のことかということでした。ほくは、この「とってちってた」はラッパの擬音(オノマトぺ)であることは、説明する必要もない当然のことだと思っていました。しかし、若い人の中では「当然のこと」ではないことに気づかされました。かつてラッパは軍隊の合図には欠かせないものでした。戦前の小学校国語教科書(いわゆる「サクラ読本」)には、「ススメ ススメ ヘイタイススメ」という文もあり、そこにはラッパの絵もありました。軍隊では進軍ラッパ、起床ラッパ、消灯ラッパ、食事の合図など様々な場面に「トテチテタ」が鳴らされました。胃腸薬の正露丸(セイロガン)のCMで流れていたラッパのメロディ一は食事の合図です。谷川さんは戦前の生まれの方でしたから、ラッパの音を説明なく「とってちってた」と表現します。おなじく野坂昭如さんが作詞した♪おもちゃのチャチャ♪には、2番に「トテチテタ」が出てきます。 2.なまりの へいたい トテチテタ ラッパならして こんばんわ フランス人形 すてきでしょう 花の ドレスて チャチャチャ因みに野坂昭如さんは戦後の焼け跡闇市派を認じていた作家。無頼を気取っていたけれど、ナイ一ブさも持ち合わせていました。「火垂るの墓」は自身の戦争体験に基づいて書いた作品。高畑勲さんがジブリのアニメ作品に仕上げました。もうひとつの指摘もしておきます。「かっぱなっぱいっぱかった」の「いっぱ」についてです。この「いっぱ」を「いっぱい」の意味に取っている人もいるとか。それは違うでしょう。これは「一把」の「いっぱ」です。「菜っぱ」「一把」「買って」「切って」「喰った」です。ぼくはそうイメージしてあそびます。 かっぱ谷川俊太郎かっぱかっぱらったかっぱらっぱかっぱらったとってちってたかっぱなっぱかったかっぱなっぱいっぱかったかってきってくった(くった)ことば遊び実践として一番多くとりあげたのは谷川さんの『かっぱ』です。1.イメージを楽しむ谷川さんのこの『かっぱ』が優れているのは、短いことばの中に「物語」があることです。まずはイメージを作りながら読みます。例えばぼくのイメージ。くたびれた中年の楽団員。手にはトランッペットの入ったケース。(「セロひきのゴーシュ」がちらっとぼくの頭をかすめています)向こうからとぼとぼ歩いてきて、公園のベンチに座ります。なぜか、こちらの陰からかっぱが様子をうかがっています。(兵十を見つめる「ごんぎつね」も頭をかすめます)「あーあ、今日も楽団長に怒られたなあ。確かにミスしてばかり・・・。でも『やめてしまえ!』はないよなあ。俺だって生活かかってるんだしなあ・・・。やってらんない。」おもむろに新聞を取り出し読み始めます。「暴走老人、核武装だって?若いもんしっかりしろなんて、よくいうよ。・・・ああーあ、眠くなったなあ・・・」大あくびの後、オジサン眠ってしまいました。「ケケッ。」ずっと様子をうかがっていたかっぱ、そろりそろりとオジサンに近寄りました。不思議そうにケースを手に取り中からトランペットを取り出します。「ケケッ。なんだぁ、これ?」覗いたり、すかしたり。口にくわえて吹いてみると「ぷお~っ!!」と突然の音。驚くかっぱ、目を覚ましたオジサンと目があいます。「か、かっぱ!ど、どろぼー!かっぱらった!!」かっぱ、逃げる、オジサン、追いかける、というドタバタで1連終了。命からがらうちに帰ったかっぱ、大いに反省です。「かっぱらうつもりなんかなかったのに。ああ、驚いた。逃げまくっていたらお腹すいたなあ」今度はちゃんとお金をもって、八百屋にお買いもの。いつもキューリだけでは飽きてしまいます。(「手ぶくろを買いに」も頭をかすめます。)「オバチャン、なっぱ、いっぱだけください」「あいよ」なっぱ、いっぱ、買って手に入れたかっぱ、うちに戻り、包丁で切ってから食ったのでした。オシマイ。イメージで読むと、音読も楽しくなります。2.音を楽しむ促音(つまる音)を活かして作られた詩です。音読すると「タッ」「タッ」「タッ」というリズムが心地よい。跳ねているようです。ただし、それは読みなれてからの話ですが。「ぱ(PA)」という破裂音と結びつき、より跳ねる感じが強まります。このリズムを楽しむためにぼくはウッドブロックを持ち出し、タッタタッタタッタタッタ・・・と打ち鳴らします。このリズム感がポイントです。(以前「いいこ」、「そーだ村の村長さん」でも紹介したリズム打ちです。)難しいって?しかたないなあ。そんな人は、まずは「タンタンタンタン・・・」という簡単リズムでどうぞ。何にもないよりずっとましです。3.群読で楽しむ仕上げは群読。A,Bの二つのグループです。Aグループは1連を読みます。Bグループは2連を読みます。Aが読んでいる時に、Bは1連のトピックである「らっぱ」をベース音として「らっぱらっぱらっぱらっぱ・・・」と続けます。1連が終わったら、今度は入れ替わって、Bが読んでいる時に、Aは2連のトピックの「なっぱ」を「なっぱなっぱなっぱなっぱ・・・」と続けます。最後に「くった」で声を揃えます。➉「ののはな」は問答のあそび歌。イメージすると遊びは、より面白い。⑪1年生なら、書いたひらがなの字を自慢したい。みんなで読むこと、ソロ(一人)で読むことの組み合わせ。いつも間にか「群読(ぐんどく)」の入り口になっています。⑫⑬大人とこども。掛け合って遊びます。プンプンのおとなたち。にっくたらしい子どもたち。<参考までに>「はやく」は、保護者会時に何回も親子で読みあったことがあります。お母さんたちに、*の部分を読んでもらいます。すると、お母さんたちは“よそ行きの、お上品な”声で読みます。まあ当然です。子どもたちに「今のでいいかなあ」と問いかけると、タカシクンは「違うよ。うちのカーチャン、『起きなさいッ!!』ってすごいんだぜ」みんな大笑いです。こうやって、親子で掛け合って読みます。最後の方は、ホントに憎たらしく声を出します。なかにはアカンベーをする子もいます。これがカワイイ! 「はやく病」に憑りつかれるとこの詩の中の大人のことばはどうでしょう。全部が「命令」です。人と人との関係が「命令」によってつながるというのは、異様です。これってまるで軍隊です。学校もそういうところがあるかもね。親子の関係は上下の関係ではありません。合理性や効率ばかりが支配するのでは、人間的な情緒は生まれません。けれど、子育ても教育の現場にも、この効率性ばかりを強調する傾向が強まります。息苦しいだけです。「はやく」という前に、一度そのことばを飲み込むことが、大人である我々に求められています。10回使う「はやく」を少しでも減らせたら、子どもだけでなく大人も楽になるんですが。 子どもの時間を認める小さいとき、ぼくはとてもスローな少年でした。自分ではゆっくりしているつもりはないのだけれど、周りからは「はやく、はやく」と急かされました。そのことに、ぼくは納得いかず、言われることがとても心外で、何か言い返すことがたびたびありました。周りからはそれが「屁理屈」とされました。今なら、周りの大人が「はやく」と言った気持ちがわからないわけではありませんが、こんなぼくのような子でも、「サンニはそんな子だから」と言って、見守ってくれる人もいたことは幸せなことでした。なにせ、作文の時間に、1時間中一文字も書かずにじっと紙に向きあっているような子でしたから。納得しないと梃子でも動かない頑固で、天の邪鬼でした。子どもには子どもの時間があることを認め、大人の都合よい時間だけをのぞまないことは、子どもと接する上でとても大事です。待つということは、子どもを認めるということです。 「はやく」はユーモア子どものことばに込められた皮肉はどうですか。ユーモアが大人の形式的な論理を突くことがあります。親子で読みあい、笑いのうちに大事なことを教室で確かめ合いましょうよ。⑭ことばは文字だけにとじこめず、からだごとでなって、表現してみたい。「ことばを文字にとじこめない」の実際です。ここでは後ろで「観ているだけ」なんてありません。参加の授業です。鳴り物、表現、いろいろ多様にあそびます。これは全くの押しかけに近いボランティアです。2つの小学校以外でもどう?リクエストあれば、ことばあそびのボランティア授業。学年研修にも「行ッテ」協力しますよ。