さんにゴリラのらぶれたあ
  • 23Oct
    • 防衛って言うけれど、何から何を守ろうというのだろう

      斎藤美奈子さんのこのコラム、本当ですよね。(東京新聞、2019.10.16)「国民の生命と財産を守ること」が国の最大の責務であるけれど、この国のトップが実際に行なっているのは、「大企業や富裕層の生命と財産を守る」ことで間違いないと思います。今回の消費税増税でも、結局は大企業や富裕層の減税の穴埋めのために大衆課税の増税が企まれています。このコラムを裏付ける事実。KOKKO(国公労連)の井上伸さんが紹介しているデータです。今回の自然災害に対して、二階幹事長が「予測に比べると、今回の被害は、まずまずに収まった」と言ったのは、思わず出た本音です。自然災害のもたらす国民の被害に対して軽く考えているからです。何を大事にしているかがこういうときにぽろっと出ました。しかし、批判が大きく、それを慌てて打ち消すかのように、アベ氏は、被災した自治体の要請を待たない水や食料、トイレなどの物資を送る「プッシュ型支援」を強化するとして、7億695万円を支出する発表をしました。この額に対しては、被害の全容がまだ明らかではなかったといえ、あまりにも少ないでしょう。トランプ氏(アメリカ)の言うとおりにアメリカ産トウモロコシを莫大に購入したり、欠陥が指摘されている1機100億円以上もするF35戦闘機の爆買いをしていますからね。(6兆円を超える額です)一体、誰のために、何を「防衛」しているのでしょうか。アベ氏は近隣諸国との対立を煽り、日本の安全保障に大きな危機が迫っているかのように主張してきました。平和主義を掲げる戦後日本の外交は、軍事的な衝突を避ける外交的な努力をこそ行なわなければなりません。しかし、やっていることは逆です。外交努力はせず、大国にへつらい、近隣諸国には居丈高な態度です。今回のような災害は、今後毎年起こるでしょう。地球温暖化の進行による災害の巨大化は間違い有りません。斎藤美奈子さんが書くように「国際支援も災害支援に特化されば、それが最大の安全保障になる」はずです。しかし、この国は、もうとてつもないところまで来たのかも知れません。安全保障として、国民の方を向いてはいません。東京電力の旧経営陣の事故を防がなかった責任を問う東京地裁の裁判がありました。それは、福島県の農家8人の方が、原発事故前の農業を取りもどしたいと2014年に東電を訴えた裁判です。それに対して、10月15日に判決が出ました。この方たちは金銭的な補償は求めていません。農地の放射性物質を取り除いてほしいというだけを求めた裁判でした。判決は以下のものでした。「原発から飛散した放射性物質はすでに土と同化しているため、東京電力の管理下にはなく、むしろ、農家が所有しているといえる。故に、東京電力に放射性物質を取り除くよう請求することはできない」恐ろしい判決です。この国は裁判所まで、権力者(企業や富裕層に阿(おもね)ります)に忖度しています。守るべきものが全く違います。昨日は新天皇の代替わり儀式でした。ぼくは儀式嫌いですが、それは多くの場合、伝統を言いながら、その伝統の中身が時代錯誤の甚だしいものだからです。まあ、好きにやってくださいと言いたいところだけれど、一連の行事や儀式の費用は166億円だといいます。(東京新聞より)それって、国民の税金ですよね。台風被害者への7億円と比べると、格段に高額です。これっていいのかなあ。何を大事にしている国か、それを考えないといつかトンデモナイ事態になります。もうかなりそうなっているんだろうけれど。

  • 22Oct
    • ふたりの「声」を聴き直す

      4年前、教科研の編集で『教育をつくる~民主主義の可能性』(旬報社)という本に、ぼくも文章を書かせてもらいました。(というか、「書きなさい」と言われて断れなかったんですが)ぼくの文章は「若手教師の今を聴き、希望を考える」というものです。若手教師への「いたぶり」「暴行」「ハラスメント」が問題となっています。これは、この文章を書くために30人近い人に会って聴き取った時からほとんど変わらず続いていると、改めて思います。この本を読み直しているとき、今朝の『しんぶん赤旗』家庭欄に、畏友の記者Tさんたちが、神戸の小学校での「いじめ暴行」事件を取り上げていました。ここに出ている退職した新任教師と全く同じ事例を、ぼくは知っています。6月に病休に入り、8月に退職した昨年度まで、実際に学び会ってきたEさんです。ぼくのところには、これまでも様々な苦しむ声が来ていますので、読みながら、若者たちの苦しみへのいたたまれなさに哀しみを覚えました。もちろん怒りと共に。もちろん、このことは若者だけではありません。年齢の上の人でも、臨時採用の方でも、このような事態はとても多いのです。『教育をつくる』の中では、ぼくのよく知る若者2人の文章を紹介しています。(一部ですが)2人とは、学生時代から関わってきました。2人とも教員4年目の時の文章です。(本書からのコピーを載せましたが、読みにくいと思い、パソコンに打ち直しました。)三田さつきさん。筆名です。 考えることが奪われている 私は教師4年目になりました。今年度は、5年生35名の担任です。初めての高学年担任に戸惑いながらも、4月のスタートを切りました。朝は7時頃出勤し、夜9時過ぎに退勤する毎日です。 職場は、ベテランの先生と若手の先生の二極化が年々進んでいます。また、異が多いため、自校のことを知る人が少なくなっています。私も4年目ともなると、長く勤めているととらえられ、研究授業等を引き受けることも多くなりました。まだまだわからないことのほうが多く、初めて受け持つ学年ばかりで、教材研究もままなりません。 それでも、学校が回るためには、そんな素振りも見せられず、「やります」「大丈夫です」と平気な顔をしてしまいます。いまの働き方にみんなが疑問を持ち、その疑問が共有されながらも、なかなか現状から抜け出せません。  日々の仕事が飽和状態のなかで、「私の『教育の民主主義 宣言』」を書けるかどうか分からないなと思いました。しかし、あらためて自分の働き方、子どもとのかかわりなどに目を向け、問い直したいとも思い始めてみると、“考えることが奪われている”ことを実感しました。  職場では、形式化された文書の作成、勤務時間外でも平然と行なわれる職員会議や電話対応、教育委員会からの来客のための環境整備などの仕事に追われ、立ち止まって考えることをしてこなかったことに気がつきました。 岩村高志さん。筆名です。 「『顔の見えない教育』に抗って」 ◎「本当に教育は人なり」か  「教育は人なり」  教員採用試験の勉強をしていた頃、こんな言葉をよく耳にした。教育は教師と子ども、人と人との営みであり、教師の人柄が子どもに与える影響は大きい。だからこそ、教師としての資質が求められているというものだった。  私が教師になって4年。たしかに、教師が子どもに与える影響は大きいと感じている。教師のかけ声一つで、子どもは落ち込みもし、笑顔にもなる。子どもにとって、魅力的な先生のもとで過ごす毎日は充実したものとなるだろう。  しかし、私は疑問に思うことがある。それは、学校が求めている教師像がどのようなものであるのかということだ。よく言われる「情熱溢れる教師」だろうか。本当にそうか。建前ではそうかも知れないが、本当は違うのではないかと私は思うようになってきた。 ◎体温を感じない学校組織  学校現場で働いて、学校組織の愚かさを感じずにはいられない。「教育は人なり」と言っておきながら、学校には無数のルールやマニュアルがある。教師の想いに関係なく、ある意味で円滑に学級を運営できる様にするためのものだ。  また、その価値観の中では、決められたルールを守る子どもは「いい子」として評価され、ルールからはみ出してしまった子は「わるい子」として見られる。当然、「わるい子」は指導の対象となるのだ。  さらに、何かクラスで問題が起こると、校長室へ呼ばれ、管理職や生徒指導主任と対応策を話し合う。「そんな対応をしたら、保護者に何か言われるかもしれない」。そんな話が勤務時間外に延々と続くのが現状だ。  子どもは当然、失敗もする。教師が困ったなあと思うようなこともときにはしてしまう。そのなかで、子どもたちはたくましく、そして豊かに成長していくはずだ。そのために必要なのは、管理職との学校のリスク回避のための話し合いではなく、子どもの想いを聞くことだ。その子の言動の背景を考え、その子の想いへ寄り添う。声にならない声や、時には攻撃性の溢れる声をうけとめる、繊細かつ柔らかであり、根気の要る、教師しての、そして人間としての行為だ。そんな熱意や想いをもった教育が必要なはずだ。  しかし現在、そのような熱意や想いはむしろ、教師にとって邪魔になっているのかもしれない。教師に求められるのは、組織の一員として、管理職へしっかり報告すること、決まったことを決められたように行なう忠実さだ。  管理職が考える対応はとても役所的だ。子どもの顔さえ浮かばず、保護者の顔さえ浮かばない人が対応を考えるのだから当然である。  「顔の見えない教育」。学校のための、リスク回避のための役所的な対応が学校に広まりつつある。そして、そこにおける価値観は無意識のうちに教師の内面へと入り込み、教師を蝕んでいく。2人の真っ当さに、ぼくは背筋が伸びる思いがします。4、5年前だといっても。いつだって、若者たちはこういう面を持っています。2人とも、初めて学校現場に入った時に、「オカシサ」に戸惑い、悩み、そのことを度々伝えてきました。直接会って話も聞いてきました。2人ば学生時代から、ぼくの教室などに度々入っていました。そして、「教育とは何か」ということを、目の前の実際の子どもと教師、子ども同士の関わり、学校の中の同僚教師との協同の形、さらに保護者協同の場面に触れてきた人たちです。語り合いもいっぱいしてきました。その点では、希有な体験を持っています。ぼくは、小学校を退職後、大学の教員養成の場所でいくらかのお手伝いをさせてもらってきています。さらに、様々な人たちの支援を続けてきたのも、こうした若者たちの真っ当さを知っていて、それを励ます必要を強く感じてきたからです。若者応援は、いまの学校状況を考えると、学校現場を去ったものにも「何ができるか」を突き付けます。若者たちだけではなく、自分たちの教育への向き合いを再び問い直す課題だと考えます。悲憤慷慨するだけではいけません。どんなにか苦しむ若い教師たちがいるかを、自分の事として捉え返してみたいと思います。そのために、2人の「ことば」を読んでほしかったのです。

  • 21Oct
    • ヒャーの3連発

      ヒャーの3連発その①、朝、携帯が使えなくなっている!!急にです。「SlMカードが挿入されていません」などという表示が出ます。ヒャー、これは1ヶ月前の9月のイーハトーブの旅の最終曰、:突然起きた事態と同じです。あのときは、YOさんやハズムくんが一緒にいてくれたから、すぐに対応してくれて解決しました。ぼくはそばでオロオロするだけでした。その時は、盛岡駅前のdocomoショップへ行って、一件落着。そのとき、ハズム君が「IDなど、ここにスクショしておきますね」と操作してくれたのを見て、それが「スクリーンショット」のことで、操作を初めて知りました。(全く基本的なことが分かっていません)ぼくはひとりでオロオロ。挿入してますって!SIMカードを取り出します。確認して入れ直します。何回も電源切って、再起動してみますが、全く駄目です。ハズム君に、パソコンのからメッセージを送ります。その返事。「とりあえずdocomoショップに行きましょう(笑)頑張ってください」余裕有るなあ。docomoショップに行き、受付で用件を言ってしばし待ちます。お隣で、ぼくと同世代の3人組が店の方と相談しています。「全く分からないから、とにかく使えるようにしてほしい」と言う内容。店の若い人は、「個人情報があるので、ご自分で設定してもらって…」と説明しますが、3人は「それが分からないから対応してと言ってるの!」と次第にヒートアップ。「前に来たときは親切に全部やってくれたの。いつでも相談にきてください、そう言ってくれたからdocomoにしたのに…」やりとりを聞いていて、ぼくにはお店の人、マニュアル対応ではなく、もっと柔軟にやればイイものを、そう思います。さて、ぼくです。係の人が、どうしましたかと言いながら、SIMカードを取り出しました。そのカードを布(クロス)でふきふきしています。しばらくして、挿入しました。「これでどうですか?」とスマホを差し出します。はあ?あれっ?元に戻ってる!!どうして?「SIMカードのスミをクロスでこすっただけです。そうすると戻る場合があるんです」ハズム君、なにも頑張らなかったよ。トホホなスマホ。(苦笑いのオヤジギャグ)その②、スミちゃんからのキャンセル連絡が…イーハトーブの旅(11月15日~17日)の参加メンバーだった都留の学生、スミちゃんからのLINE。「実習校でのサポートが入りました、16日。旅にいけません」あら~。都留からのメンバーはリイナさんひとりになってしまいます。学生は他にミキさんがいますが。その件で、急きょ対応です。今週の木曜日に都留文大へ行ったときに対応します。(都留までの交通はまだ一部復旧しただけです。時間がかかるんだろうなあ)その③、原稿の急激な「ダイエット」、まるでボクサー並みに「教育」誌12月号の原稿を書きました。年末号ということで、ページ数に厳しい状況があることは分かっていたので、ページを削る覚悟はしていました。9500字の原稿を台風騒ぎの中で書き上げていました。その後のページ調整で、なんと半分の量にすることになりました。編集に関わっているので、事情も分かるので仕方なしと……。朝から、削ります。500字削り…1000字…。サウナで、強制ランニングで、厚着をして…、まるで試合前の強制減量を強いられるボクサーの心境になっていきました。1500字削った。もう駄目だ。絞っても汗1滴でません。(あくまでも比喩ですよ。実際のぼくはたぷたぷですから)それでも、2300字まで削りました。<めざせ!スリム原稿>などと冒頭に書いて、自分を鼓舞している涙ぐましい努力です。ははは。

  • 20Oct
    • 教育に穴があく、なんと言うことだろうか

      Facebookに思わず以下の様な書き込みをしました。「11月から産休に入る人がいます。その後に入る人がまだ見つかっていない。どうするんだ。こういう状況をつくった責任者たちは、出て来い!」11月から産休に入るハルカさんから、10月もあと10日しかないというのに、まだ代替教員が決まっていないというからです。ぼくも大分以前に、誰かいませんか、と聞かれていたのですが、その時は埼玉県、千葉県などで臨時採用教員として働いていた人に尋ねて見たら、「やってもいい」という返事をもらっていました。その人は小学校の教員免許状を取得していません。中・高の免許は取得しています。それらの県では、教員不足の中で、「臨時免許状」を発行しているので、実際に小学校で仕事をしていました。融通ということでしょう。そこでハルカさんに連絡して、管理職に聞いてもらったら、東京都教委は「臨時免許状は出さない」ということでした。その後、勤務校の管理職が代わりの人を探していると聞いていたので、どうなったろうかと心配していました。ぼくの「声」は怒りです。それに多くの「声」が返ってきました。 今日副校長とランチしていたら、「最近副校長会の出席者が減っている」とのこと。みんな担任に入っているんだそうな。どこの区にも病休中の副校長がいるし、学校はすでに回ってないよ…。これだけ、現場で人が足りないと言っているのに、金曜発表の教採で受からなかった人がいます、それも、えっ、この人が!?と感じるような素敵な方が。(Kさん) 70歳の再任用がきた!!という話を聞きました…(Sさん) 私の勤務校の音楽専科の先生も代理が見つからず、2週間くらい授業ができませんでした。 そして、育休も取らずに復帰しました。(ご主人が育休取ったそう) それより、産後2ヶ月で復帰した彼女の体が心配でした。(Tさん) 僕の学校は、心の病になった先生がいます。4ヶ月目。 そのため、特別支援学級の教師はずっと空き時間なしです。 代わりの先生を紹介したら、校長から、◯◯学校で働く教師は、誰でも良いわけではないと.。変な学校の意識が、教師を壊し、さらに辛い状態にしています。(Kさん) うちも、2人欠員が出て、校長が体育と社会を教え、副校長が理科と道徳を教え、あきの教員が国語や算数を教え、専科が朝と給食に入り、みたいな感じで何ヶ月もがんばってます。泣(Kさん) うちも同じ構造です。声がかかった人がいるそうですが、現場の状況を知って断られたとか。(Hさん) 今、うちの両親(68歳)も福島で産休代替です。長男、長女が病気になっても助けを呼べません。行事も見にこられません。 これは、めちゃくちゃしんどいなあ。(Yさん) ここ何年か、欠員補充はありません。(Mさん) 最近は当地でも見つからなくて、県教委や市教委のみならず、職場の教師たちの知り合いをあたってくれと言われる始末。きちんと正規採用を定数以上取っていればいいものを…私の中学校では技術科が欠員です。隣の中学校は美術。もう至る所で欠員だらけ。(Hさん) 北海道も同じです。教員のていすうを増やす、そして無駄な仕事を減らす、学テを辞める。教育基本法をもとにもどす。本来の仕事をたっぷりと出来る時間を保障する。、、、ああ!キリがない!このままなら壊れそうです!(Oさん) 中学校でも、産休の代員が見つからなくて無担の生徒指導が担任に入っていると最近聞きました。市内の欠員は20名あまりうまっていません。(Hさん)もう全国どこでもこういう状態です。教育そのものが壊れていくのです。今朝の東京新聞。「教育に穴があく」という問題です。本当に深刻です。こんな時に、なんと、変形労働時間制を導入するという閣議決定。1昨日。定数は増やさず、「長時間勤務を解消」という名目で、「暇な夏休み」に年休を取りやすくするという小手先の詐術対応。*<変形労働時間制とは、ある忙しい時期の平日の勤務時間を最大10時間などに延ばして、閑散期の日の勤務時間を短くする、あるいは休みを取れるようにする仕組み>全く酷い話しです。現場にいる人なら、こんなことが、抜本的な改革なくして出来るはずがないことはすぐに分かります。結局は残業を公に拡大するだけに終わります。こんなブラックが拡大する場所で働く人を探しているのです。本当にどうしようもないのか。怒りが収まりません。     今朝、携帯が壊れた?ドコモショップへ行かなくちゃあなあ。9月のイーハトーブの旅の時にも同じことが起きました。あのときはハズム君たちに助けてもらったからなあ。今日はひとり対応するも、まったくダメです。おまけに泣きっ面に蜂の事態が!原稿のスリム化を求められました。なんと半分の量にすると。超のつくダイエット・・・。やるしかないやあ。

  • 19Oct
    • がんばりすぎだよ、これで栄養つけてね//学びをつくる会は本日(10/19)

      白梅短大での授業も4回目。台風の余波はここにもあります。学生のうち、高尾から先の中央本線を利用して入る4人が授業に出席できないということでした。こちらは都留文大とは逆のパターンです。教員吐いても、学生が来れないンです。授業終え、鷹の台駅前に来て、一休みしました.カフェでコメントペーパーを読もうと思い、100枚近くのペーパーを読み、本日の授業をひとりで振り返ります。授業は、文字としての漢字の2回目。コメントは多岐にわたり、学生たちの心に届いたようで、「らぶれたあ」を書きたくなりました。ガラス越しに道路を見ると、何やら魅力的な灯りが付いていました。外に出て確かめました。新しい居酒屋になっています。それも日本酒専門、その上立飲みどころでした。こんな住宅地のような街に昼飲みの店が出来てよいんだろうか。ーーよいんです。寄ろうかな、心がぐらっと揺れかけましたが、がまんです。ほんとですよ。我慢出来ましたよ。コメントペーパーも読んだし、気にかかっていた今年、都留を卒業したAさんに会おうと思いました。も至ってのことだけど、毎日休みなくフントーしています。連絡取って国分寺で会うことにしました。休まず仕事ばかりだと、心身共にすり減ってしまいます。いい店みっけ。生ビール、1杯300円。珈琲より安いかも。仕事終えて駆けつけるAOIさんを待ちました。入ったのは、栄養つけてもらおうと、この店でした。ダブルのウナギののった丼、ぺろっと食べてくれて安心。食欲はあるね。仕事のこといっぱい話してもらいました。相変わらず頑張り屋さんと言うところはすごいけれど、1年目の日々ですよ。無理しないでほしいなあ。ぼくは、栄養取り過ぎは駄目なので、ご飯はなし。今度は自主ゼミメンバーとも会いましょう。 10月の「学びをつくる会」は本日です。10月19日(土)15:00~18:00  いつもより開始時間が1時間遅くなります。大東文化会館(東武東上線 東武練馬駅前

  • 18Oct
    • 悼・和田誠さん

      和田誠さんが亡くなりました。生き方や、そして生み出した作品たちがステキだったなあ。悼む声より①谷川俊太郎さんが「朝日新聞」に悼む詩を書いています。「Natyural」、そうかこういうことか。(「朝曰新聞」より)悼む声より②劇作家・脚本家の三谷幸喜さん「和田誠さんになりたい!」学生の頃から憧れでした。和田さんのような絵が描けたらいいな(無理に決まっている)。和田さんのような文章が書けたらいいな(今もよく真似しています)。和田さんのような映画が作れたらいいな(これも難しい!)。和田さんのような人になりたいと、ずっと思っていました。ビリー・ワイルダーについての対談で初めてお目にかかり、それからはプライベートでもよくお会いするようになりました。映画について何時間も語ってくれました。翻訳小説の話も沢山伺いました。海外のジョークについても、和田さんは詳しかった。和田さんの描く絵は、どれもスマートで、繊細で、暖かい。和田さんご自身もそんな方でした。何年か前の僕の誕生日に和田さんは、僕の大好きなニール・サイモンとビリー・ワイルダーが僕の肩に手を置いて笑っている、素敵な素敵な絵を描いて下さいました。こんなに心のこもったプレゼント、貰ったことがないです。言葉少なげに、照れ臭そうに「はい」と渡してくれた和田さんの姿が忘れられません。今も変わらず僕は思い続けます。和田さんのようになりたい、和田さんのように生きたい、と。(事務所ホームページから)悼む声より③<7日に死去したイラストレーターの和田誠さんの妻で、料理愛好家の平野レミさんは11日、「47年間、私の料理をおいしい、おいしいって食べてくれて、本当にありがとう。安らかにね」とのコメントを出した。(「毎日新聞」より)>何がすごいって、平野レミさんと結婚して、一緒に暮らしていたことが一番だったかも知れません。ハラハラドキドキ、ジェットコースターに乗っていても、それに動じない、そんな感じだろうかなあ。悼む声より④ 3・2様々な作品があるけど、子どもたちと読むといったら、これ!自身の絵本、これも!ああ、思うことはたくさんある。もう20年ほど前、渋谷の映画館で見かけたことがありました。あこがれの人だったから、見かけただけで嬉しかった。大人のミーハーでした。この作品、すごく嬉しい。

  • 17Oct
    • 授業再開(都留文大)というのだけれど

      本日はぼくの都留文大での授業日です。都留文大の方は19号台風のために交通が遮断した関係で、14日~昨日までの3日間全学休講でした。17日の本日から、14日からの3日間休講をやめ再開すると言う連絡が来ました。しかし、中央本線の高尾~大月の間はまだ以下の様な状態です。<JRのホームページより> 【中央本線(高尾~大月間)】 ○ 高尾~相模湖間、四方津~梁川間で土砂流入や線路脇のコンクリート壁崩落が発生しており、 高尾~大月間で列車の運転ができない状況となっております。現在、復旧作業を鋭意行って おります。 ○ 相模湖~大月間の運転再開は10月18日を見込んでおります。 ○ 高尾~相模湖間も同日の運転再開を見込んでおりますが、仮復旧のため、下り線のみを使用 した単線運転を行い、当面の間1時間に1本程度のシャトル運転(高尾~相模湖間の往復運 転)となる予定です。 ○ 中央本線(高尾~大月間)の全面運転再開のための復旧作業は10月末頃までかかる見込み です。全面運転再開までは、特急「あずさ」「かいじ」「富士回遊」「はちおうじ」「おうめ」は 全列車運休となります。 ○ 10月18日以降の具体的な運転計画は、決まり次第あらためてお知らせします。本日(17日)は、鉄道で向かうのはできないということです。それなのに授業再開って?都留文大からは以下の様な連絡が来ました。 専任・非常勤 教員各位       都留文科大学  学長 福田誠治 10月17日(木)からの授業実施について(通知) 日頃より、本学発展にご尽力いただき感謝申し上げます。 昨日、JR 東日本より中央本線(高尾~大月間)の運転再開の見込みが10月18日と発表 されたことを受け、本学としては10月17 日(木)から授業を実施することといたしました。 これは、 多くの学生が都留市に残って おり授業を受けられる状態でいることと、中央本線 不通の影響を受けない教員がいることで、授業が実施できると判断いた しました。 当然、中央本線不通の影響を受け、本学まで来ることができない先生方の授業は休講して いただいて構いません。その際は、事務局まで連絡をお願いいたします。 また、中央本線不通の影響で授業を受けられない学生につきまして は、学長名で「欠席理 由報告書」を発行しますので、受け取られた先生方は当該学生が不利益とならないようご配 慮くださるようお願いいたします。 10 月 14 日(月)~ 10 月 17 日( 木 授業の代替措置につきましては、課題で対応してい ただき、補講が必要な場合は事務局へ相談 してください。 10 月 18 日(金)以降も交通の混乱が予想され、休講とならざるを得ない授業も想定され ますが、代替措置につきましては、適宜対応したいと考えております。 最後に、10 月 17 日(木)から授業を実施することについて、「 講義等の休講措置につい て 」の規程と異なる、というご意見もありま した。 しか し、規程集の「講義等の休講措置に ついて<教員向け説明>」に「前各号以外の通勤経路が不通、又はJR 中央本線の高尾-甲 府間が一部不通となり授業開始に間に合わないことが明らかな場合は、全学休講措置はと らず、個別授業ごとの休講となります。」と説明されていることと、今回の災害は激甚災害 に指定される災害であり、緊急措置をとることにいたしました。どうぞご理解くださいます ようお願いいたします。 今後、しばらく授業の混乱も予想されますが、先生方のご協力をいただきこの難局を乗り 越えたいと考えております。 何卒よろしくお願いいたします。そうなのか。この説明が分かるためには、都留文科大学の特殊性の理解が必要です。①大学の所在地へは、交通機関としては「大月」から出ている富士急行線(富士山へ向かう登山電車と言っていいでしょう)でしか行けません。下車駅は「都留文科大学前」駅です。バスも無いわけでは有りません「が・な・り」不便です。大月までへは、東京方面からはJR中央本線を利用するしかないので、今回のように不通だと、大学にはたどり着けません。因みに、甲府方面から大月へ向かう上り線は不通ではありませんから、そちらに住まいを持っている人は通勤可能です。②大学の所在地の関係で、学生たちの9割方は大学周辺のアパートに住んでいます。全国からの出身者が多いためです。ということで、学生の大半は大学周辺になかば「とじこめられた」状態にあると言うことです。一部の教員は大学に近い住居に住む人もいますが、大半はそうではありません。③明日18日(金)から「開通する」といっても、JRの説明にあるように“綱渡り”のような状態にあります。往きも、復りもどのくらい時間がかかることやら。これは我慢の日々が続きますが、当地で暮らす人たちのことを考えれば、文句などいえません。ということで、昨日のうちに大学には、本日の「休講」連絡を済ましています。本年度の担当は1コマだけなので、学生たち(少数ですのでグループLINEが出来ています)にも連絡しました。我が家人には、そのことを伝えていなかったので、今朝、先ほど「のんびりしていていいの」と、叱られてしまいました。「いや、今日は休みで・・・」。本日は、ゆっくりします。いや、いや明日のことがありました。北海道の釧路の教育大学から学生たちがくるので、ハンセン病資料館の案内があります。(11月には、タカキさんのゼミ・帝京大の学生、セイジさんのゼミ・大東大の学生、それぞれのガイドもあります)その準備です。自転車でブラリしてこよう。

  • 16Oct
    • 台風被害をめぐって、許せないことだらけ

      「お前らは人間じゃないと言われてるようだった」男性は避難場所のすぐ外で台風の夜を過ごしたhttps://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191014-00010001-bfj-soci&p=1↑↑BuzzFeed JAPAN に上記の記事がありました。台風19号が直撃した12日にこういうことが行なわれていたんです。東京の台東区で、路上生活者の人たちを、避難所に入れなかったという事態が。記事の中では以下の声が紹介されています。 「避難所に行こうか話し合ったけど、たぶんダメだろうと一人が言い出した。話し合っているうちに、上野公園から一番近い自主避難所の小学校まで歩いて行った仲間が『ダメだった。断られた』と帰って来たんです」 「警備員もいるが、暗黙の了解のようなもので、いつもはそこに集まって寝ている。しかし昨晩は『ここは避難場所の入り口なのでここにはいないで下さい』と言われた」 「文化会館はガラスばりで中が見える。見たときはガラガラで、ほとんど人もいなかった。風雨が強くなったら中へ、というのが普通の考えだと思うけど。お前らは人間ではないと言われているようで、非常に腹が立ったね。まともに考えて、差別だよね」 「最近は路上生活者だって、教会や支援施設で風呂も入っているし、綺麗にしている。でももし風呂に入っていなくったって、私たちも人間だ」 「職業が何か、金を持っているかで判断するものじゃない。まあでもそういう考え方は行政だけじゃなくて、世間全体でも同じですね」 住所を確認して利用の可否を判断されたのは、路上生活者だけだった。 「避難所の利用を断られた方は怒りをあらわにするでもなく、『いつものこと』『行政は我々には手を差し伸べてくれない』と言っていました」 海外では、災害の際には路上生活者に対しても駅や公共施設を避難先として解放し、ホームレスシェルターの設置を拡充させている国も多い。そんな中で東京都でこのような問題が起き、支援者の中村さんはこう語る。 「命に対する社会のあり方が問われています」リテラによると、この台東区の措置について、それを養護する声がネット上にあふれているといいます。おどろくべきことです。その中でも代表的な意見はこれです。「〈非情な意見だが住民登録があり、きちんと税金を払っている人が優先的に避難所を利用できる様にすべきであり、権利があると思う。人命も大事だと思うが、人命という大義名分がまかり通るならホームレスで避難があふれる。ちゃんと税金も納め、頑張っている人が利用出来ずにバカを見る世の中にはなって欲しくない。〉」ネットの記事を読んでいると、コメント欄にこんなレベルの本当にヒドすぎるものが多い。ここでは剥き出しの自己責任だけがはき出され、人権思想などは欠片も無くなっています。法の下の平等など全く視野に無いのです。こんな情報に追い打ちをかけるようなことばを政治家が吐きました。自民党の二階俊博幹事長の発言です。「予測に比べると、今回の被害は、まずまずに収まった」広範囲に広がった今回の台風被害者に対して、どうしてこのような心ない、愚かな発言が飛び出すのか。実際の深刻さを全く受け止めていません。まるで他人事です、これは。この人たちのメンタリティに疑問を持ちます。対策が後手後手に回るのは当然です。現場の苦労など全くお構いなしの精神があるからです。かつて山梨県が豪雪でとじこめられたとき、支援者と高級天ぷらを食べていたアベ氏。昨年の中国地方の大災害の時には、議員宿舎で居酒屋ごっこをしていました。15号台風の対策も遅れ、今回も対策本部が立ち上がったのは13日。11日などは会食で忙しかったという報道もありました。あんなにも報道があったのに、12日の首相の動静は以下の様でした。〈午前8時現在、公邸。朝の来客なし。午前中は来客なく、公邸で過ごす。午後も来客なく、公邸で過ごす。午後10時現在、公邸。来客なし。〉(時事通信)二階氏たち(もちろんアベ氏も)のなかには、「ほら、たいしたことじゃ無かったよ」という気分が大きかったのだろうとしか思えません。こうした事態に、立川談四楼さんがしんらつなツイートをしていました。その通りです。<被害が進む中、安倍さんは公邸で休養していたという。菅官房長官ともどもなぜ表に出てこないのか。テレビやラジオを通じて「国がついてますよ、もう少し頑張ってください」と言えばどれだけ励まされるか。それどころでなくても後日にそれを知ることの価値は大きいのだ。やはり寄り添う気はないんだね。><二階幹事長が「予測されて色々言われていたことから比べると、まずまずに収まったという感じだ」と語った。台風19号の被害を「まずまずに収まった」と言ったわけですが、驚きません。自民党が我らをどう思っているか知っていましたから。むしろこうして正体を露わにしてくれた方が対応しやすいのです。>災害大国・日本を嘆くより、それを放置している連中を掃除して片付けることが先かも知れないと、つくづく思います。

  • 15Oct
    • 仙台での4日目、そして東京に戻る

      14日。朝早く目覚めました。昨日、一旦書き終えた原稿のことが気にかかっていたからです。書き終えたとは言っても、狭いホテルのシングルルームのデスクで4時間ほど集中していて、最後は「飽きた」というのが正直なところでした。もういいや、そう思って、21時近くという遅い時間に駅前にふらりと行きました。ラグビーの放送に通りで盛り上がっているのを横目で見ながら、3年前にナベくんと入った居酒屋を思いだし、そこに入ってみました。(昨日のブログ記事の後半です)。そこで、ハイボール1杯と宮城の地元の酒2杯に満足し、ふら~りと戻ったホテルのベッドでいつの間にか、だらしなく寝入ってしまっていました。朝、原稿の見直しをしました。全面書き直しはできないけれど、いくつかの訂正はできました。ここでは他人の文章を読む感覚でチェックです。自分の欠点だと思っている、根拠を示さない思いこみがありました。断定的な表現も嫌な所です。無駄なくりかえしやしつこい表現に気づきます。昨夜のうちに一旦、協同担当の山﨑隆夫さんに送っておいた原稿を手直しして、再度送り直しました。1時間。それから、ブログ記事を書きました。一休みして朝のシャワー。その後、ホテル1楷で簡単朝食してから、ホテルを出る準備をダラダラと始めました。山﨑さんから、原稿を読んだという丁寧な、気配りのメールが来ていました。いつもながら優しい人です。10時、ホテルをチェックアウトです。休日の朝、人通りもあまりないようだと思ってそろ~りと駅に向かいました。仙台駅、前日はこのフロアーいっぱいの旅行者がいました。みどりの窓口前には、長蛇の列といってよいでしょう。窓口内にも何重にも折り返しながら新幹線チケットを求める人が並んでいました。1時間は並びました。やっと、指定席券を手に入れました。出発までは時間があります。どこかで珈琲を飲もう、そう思いました。駅の中をふら~り。ここは「スタバ」です、仙台の。(笑)「あの~・・・」と手を挙げると、友人・アイコさんによく似た目のくりっとした、ちょっぴりほっぺのかわいい店員さんが寄ってきました。びくっとしていると、「空いたお皿を片付けますねッ」と元気よく声をかけられました。ぼくは、「飲み物のお替わりを・・・」とそ~ッと頼みました。実にはっきりした声で「はいッ!かしこまりましたッ!」いいんです、居酒・・じゃなかった「スタバ」ですから。2杯を飲んでから、新幹線に乗り込みました。長い結婚式参加の行程だったなあ。        災害の爪痕が残り、まだ回復し切れていないところもたくさん。ぼくは半分能天気に「旅」していましたが、現実に戻って考えなければなりません。*水曜日は白梅短大での授業です。この授業に中央本線を使って通学している学生たちが出席できていないのでその対応をと言う連絡のメールが大学から来ています。*都留文大は14日、15日と全学休講です。中央線高尾ーー大月間での土砂災害のための不通です。教員たちは通えません。都留の学生たちはとじこめられた状態なのでしょうか。17日、木曜日も回復しないかもなあ。今日は、白梅の授業準備と新たな原稿書きの開始。ぼ~っとはしていられません。

  • 14Oct
    • 幸せな2人、トホホなぼく

      まさかの仙台4日目の朝。自分の事、笑っちゃうなあ。13日、アツシくんの結婚式に出席するために来たのです。それなのに台風との「闘い」みたいになってしまいましたね。3泊もすることになったのだから。おめでたいので、写真をアップさせてください。かっこいいなあ、アツシくん。大学2年生の彼と会ったンだよ。10年以上経つんだ。新婦。両親の気持ちにぼくの気持ちを重ねてしまいます。あれ、いつからキリスト教徒になったんだ、と一応突っ込んでみる。(笑)かっこいいからいいや。確かに、君たちは大丈夫でしょう。幸せいっぱいだろうからね。でもぼくは全く大丈夫ではありませんでした。腰痛だし。そろ~りだし。それでも、結婚披露宴も終わり、仙台駅まで行ってみたら、なんと、東北新幹線が動かないという情報が!!駅構内にはものすごい数の人が並んでいました。1000人くらいはいるかも。みんな運転再開をひたすら待つようです。どうしよう?しばらく様子を見ていたら、どうにか巨石は取り除いたらしい旨の放送があり、大歓声が上がりました。しかし、新幹線が動き出すのはまだまだのようです。どうするか!もう1泊しよう。そう決めて、ホテルに向かいました。実は、締め切り過ぎた原稿を抱えていて、こちらで余裕があれば仕上げようと考えて、パソコンを持ってきていたのです。ホテルにはランケーブルがあり、インターネットにつなげることが出来ます。ウンウン、16時から20時30分まで、パソコンに向かいました。お尻に火が点いています。逃れられません。9500字余り。もう限界だ。21時、ひとり仙台の街をブラリします。格安の鮪3種とソイの刺身。ソイくん、なんと口をパクパクしていました。ゴメン。成仏しろよ。ここでは仏教徒?仙台駅前の夜を、腰痛のためにそろ~りと歩いてホテルにもどりました。14日、早く目ざめて、昨日の原稿をチェック。送信するかな。朝から東北新幹線は通常運転してるといいます。やっと戻れるよ。3泊もすることになるとは。思いもかけないぼくの人生。大丈夫じゃないよなあ。

  • 13Oct
    • 仙台の2日目、心配しながらじっとガマン(そして13日の朝…)

      (12日のこと)台風のことがずっと心配です。仙台は13日の早朝に通過という情報ですが、昨日は昼頃から、次第に風雨が激しくなり、駅前の様々な店が早々に店じまいでした。2日目のホテル(昨夜とは別のホテル)のチェックインは15時でした。10時過ぎにホテルを出て、駅前のカフェに。そのスターバックスコーヒーも14時でおしまいなのでそこまで我慢しました。14時、スターバックスを出て、駅前で遅い昼食を取ったらちょうどいい時間になるかも知れないと思ったけれど、飲食店がどこもかしこももう終了していて、あちこち動き回ることになりました。腰が痛いよう。仙台駅前14時過ぎ。さんざん歩き回って、やっと立ち食いそばにありつきました。15時、やっとホテルにチェックイン。風雨も強くなってきていました。これは部屋のなかで過ごすしかありませんでした。ホテルに入り、同じ建物にあるお隣のコンビニで夜食調達。ホテルには大浴場があるので、そこでゆったり腰を温めました。朝までに3回入りました。これは楽しみと必要性でした。(↑ここまで、夜のうちに書いた)13日の朝です。昨夜は窓に激しく風雨が打ちつけていました。恐いくらい。ホテル10階の窓から見える景色です。朝7時。空は晴れています。窓から下を見ると、鉄道線路をくぐる方の道路が冠水しています。これは少しずつ水が引いていくでしょう。今日の結婚式は午前中に式です。駅前まで行ってみないと足が確保できるかどうか分かりません。まあ、当地に来ているので、何とかなるさ。式が終わってからも、さて東京に戻れるれるかなあ。もう1泊?まあ、ゆっくり、ゆっくり。(自宅は家人もネコたちも無事です)

  • 12Oct
    • 仙台に着いた、ナベくんと会う

      台風から逃げるように、東京をあとにして仙台に向かいました。JR武蔵野線新秋津駅の「みどりの窓口」は1カ所だけ。なんと20人以上の人が並びます。台風の関係でしょうか。この後ろに並んでいたら、どのくらいかかるものか。えい、大宮まで行ってしまいます。(武蔵浦和です)大宮の窓口にもたくさんの人が並びます。やはり台風の影響だな。仙台までのはやい列車を尋ねたら、途中止まらない「はやて・こまち」、「はやぶさ」は、全席が埋まっていると言うことでした。各駅停車の「やまびこ」ならば指定席は空いているんだそうです。しかたないよなあ、1時間47分かかる「やまびこ」です。(「はやぶさ」なら1時間06分なのにね)新白河駅。仙台に着いたら、ナベくんが駅まで来てくれました。ホテルまで送ってくれて、夕方また迎えに来てくれました。ナベくんは、ぼくが25年前に小学校6年生の時に担任しました。今は仙台在住です。3年前にも仙台で会っています。彼との最初の居酒屋です。そのあと、「ホヤが食べたい!」とぼくがわがまま言ったら、連れて行ってくれました。「ほやほや屋」です。ホヤのからあげ。もちろん刺身。「日高見」の純米大吟醸と合わせます。うまい。ぜいたく。ナベくんとのこと、三年前のブログに書いています。ナベくんにそれを送信して読んでもらいました。「涙が出ました。妻もです」と。その記事を部分的に引用しておきます。長いけど。(20l6年4月13日のブログより)    ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ナベくんとは、今だから話せることをいっぱい語り合いました。もう20年近くたったのだからね。当時ナベくんたちのクラスは、小学校5年生時に“学級崩壊”状態でした。立ち歩き、暴言、苛め、ケンカ、担任教師への反抗……、かなりのものでした。担任のベテラン女性教師は、この子どもたちに手を焼き、叱る毎日。しかし、それへの反発は広がるばかりでした。保護者のなかにも不安と不信が強まっていました。ぼくは、このときこの学校で勤務10年目の一番の古手でした。その頃は、1校10年までは勤務できることになっていました。ぼくは3年生の担任をしながら、新任指導にもあたっていました。(当時は新任指導と言ってもゆるやかなもので、全くなんにもしない“指導”でしたが)5年のこのクラスには、兄姉を担任した子が数人いたし、長い間この学校にいたのでぼくのことを知る保護者の方がたくさんいました。本来なら、この年を最後に他校に転任するはずでしたが、このクラスの荒れように対して何とかできないものか、心を痛めていました。校内では、5年の担任教師が精神的にも追いつめられる中で、替わって誰が6年生での担任を引き受けるかが話題になっていました。同僚たちは、ぼくが異動しないで担任を引き受けるものだと思っていました。それまでも、ことある度に高学年の困難学級を引き受けていたからです。校長もクラスの荒れた状況に困っており、強制的に異動させたくはないと考えていることを、ぼくに伝えていました。もう1年、学校に残り、6年生のクラスを担任して、子どもたちの中の不信の感情を取り去って、転出しようと秘かに思い出しました。ナベくんは、荒れた子どもたちの中心メンバーの一人でした。周りの子や大人に向ける目は険しく、言葉にもとげとげしいものがありました。弱い子や困難を抱える子をからかっては、薄ら笑いを見せたりしていました。「OくんやTさんに対して自分はひどかったですよ」。今回、彼はその頃のことを語りました。授業中に立ち歩いていたこと、音楽の時間に中から鍵をかけて音楽の先生を教室に入れないようにして泣かしたこと、ケンカも多かったことなどを語りました。話しているうちに、ナベくんが「思い出しました」と言って5年生の時の以下のようなエピソードを語ってくれました。彼の話を聴いているうち、ぼくにもその場面のことがよみがえってきました。秋の終りの頃だったように思います。担任の先生は、精神的にも不安定なまま子どもたちの前に立てなくなり、学校で倒れたことがあります。子どもたちと自分の間の距離を埋めることができなくなっていたようです。担任や学年の教師たちは、たびたび保護者を学校に呼んでは、子どもの問題行動を指摘していました。ナベくんとのお母さんが、その呼び出し指導が終わって、わたり廊下を歩いているときにたまたまぼくと会いました。暗い顔をしたお母さんと、そばに困惑した表情のナベくん。ぼくは、思わずお母さんに声をかけました。どんなことを言ったかは覚えてはいないけれど、何か言わずにおられませんでした。ナベくんの話では、ぼくはナベくんの頭をなでながら、「大丈夫、この子はいい子です」などと語りかけたそうです。「ぼくは2日間頭を洗ってなかったんで、髪がべったりしていたんですけどね。(笑)」おそらく、こうしたことなどがあって、自分が担任しようという思いが強まったのでしょう。6年生でこのクラスの担任になりました。いつの時でも子どもたちとのエピソードはよく覚えていますが、この1年間はとりわけ様々なエピソードにあふれています。始業式初日、教室での出会いからして強烈でした。見事に男女に分かれ、それぞれのグループで固まっていました。座った席を見ると、後方に男の子たちのヤンチャグループが陣取り、半身の姿勢でぼくの話を聴くのか、聴かぬのかといった風でした。この中心人物のクッチーくんなどはふんぞりかえって、わざとらしくいすをカタカタと音をさせていました。初日に学年計画委員を男女1名ずつ決めることになっていました。女子はヤスコさんが自分から立候補してくれましたが、男子からは誰も声が上がりません。何度か声をかけたけれど、まったく声が出ません。ぼくは黙って子どもたちを見まわしていました。そこで、クゴーくんが目をそらすのに気づきました。気弱で、人のいいクゴーくんはこの場の雰囲気がつらかったようです。ぼくは、クゴーくんに計画委員をやってほしいと話しました。すると。後方から男子が「クゴ~!」と茶々を入れるのです。ぼくはそれを無視し、クゴーくんに迫りました。「やってくれないだろうか。このクラスをみんなにとって居心地のいいものにするために。ぼくもできることをするから。君は今のままでいいとは思ってないだろ?」クゴーくんは後ろからの視線と、前からのぼくの声かけで逡巡していました。しばらくして、「ぼくがやります」と小さな声で応えてくれました。クラスの新たな歩みの第一歩が踏み出せたとぼくは思いました。(後年、大人になった彼らと会いました。7年ほど前です。クッチーくんがぼくにこう語りました。「おれたち、霜村先生が担任で教室に来たとき、もうダメだ、今までみたいにはできないと思ってたんすよ」と。オイオイ、です。だったら、そう表現してくれればいいものを。その後もあんなに緊張の日々を送ることはなかったのに。しかし、その時の彼らは精一杯強がりを見せるしかなかったのでしょう。子どもの荒れた表情の裏側に、実は別の感情があることを大人は知っていなければなりません。)それからの1年間、学級での学びも、クラス活動も、学年行事もめいっぱい楽しみました。校外への連れ出しも盛んに行いました。学年活動・学校行事はもちろんですが、以下のようなクラス活動をしました。*クラスサイクリング(学校からぼくの家まで、約12キロ)…子どもだけ*川原でのバーベキュー…保護者の協力*開校記念日の森林公園へのプール…希望者の子どもだけ*西武球場でのナイター観戦…親子で、無料チケットをもらって*夏休みに「戦争展」へ…女子だけ*フィールドワーク(千葉市の加曾利貝塚へ、鎌倉歴史散歩)…学年親子で*クラスレクとしてフィールドアスレチック(2回)で楽しむ…1回は親子レク、もう1回は運動会後の代休に子どもだけ*クラスの劇づくり・発表(グループごとに)*マンガ「どんぐりの家」を読みあう*ユズリンに来てもらい、合唱曲作りをする思いつくだけでもこれだけ。今なら、これらのほとんどは管理職や同僚からストップがかかるでしょう。「子どもを校外に連れ出すな」「同一歩調でやってください」「もっと厳しく挨拶、整列、生徒指導をしなさい」「親とあまり関わらないように」などと。でも、子どもたちの関係を作り直そうというぼくに対して、面と向かってモノを言う人はいませんでした。つまり子どもたちと向き合うぼくを後ろから袈裟がけするような雰囲気はありませんでした。今は平気で袈裟がけする傾向が学校現場にはあります。苦労している人に対し、上から目線からの物言いや、ご親切なあれこれの「指導」をしようとする人がいます。「ならご自分がおやりください」と腹の底では思いますが、ぼくは口にはしません。いま、学級困難をかかえて苦しむ人が多いけれど、教師の実践上の自由を奪われれば、困難の解決はできません。「子どもを潰す」(山﨑隆夫さんが1昨日の自分のブログでこのことについて書いています。ここです。「『子どもを“潰せ”』という言葉」)ことしか目がいかなくなるでしょう。力で押さえつけることしかできないのだから。大人になったナベくんとこうして会って話すことができるのも、管理に走らない6年生の時の取り組みのなかで、実際に子どもたちが変わっていき、本来の姿である、知的な好奇心や他者への共感を獲得していったからでしょう。教育とは目先のことを大事にしながらも、そこにとどまらず本質的な関わりを作り出す活動だと思います。この時にも、ぼくは「書く」ことを重視していました。これは子どもたちが「書く」だけではなく、ぼく自身が「書く」ことも。『らぶれたあ』にこのことを書いていたからこそ、リアルなエピソードとして思い出せます。ぼくの高学年での取り組みが、「管理」で抑え込む指導が主流になる今の学校状況で生かせるものか、もう少し考えてみたいと思います。「サンニさんだからできたんだ」なんて声に応えて、「そうじゃない」と語っていくためにも。 長い引用でした。仙台の12日の朝は、まだ少しの雨はあるけれど、風はありません。テレビからの続々と知らされる情報に不安は募るばかり。大きな被害が出ませんように。夕方、別のホテルにチェックインまで、喫茶店のはしごかな。腰の状態はよくありません。みなさんからの温かいことばが何よりの湿布薬です。痛み止め薬です。

  • 11Oct
    • 台風と結婚式と腰痛と

      アツシくんのこと13日、日曜日に仙台でアツシくんの結婚式があります。アマノジャクなぽくは晴れがましい場所が苦手。チャアガツカ~、ぼくの田舎のことばだとこうです。ぼくにはふさわしくないようで恥ずかしく、照れくさいということ。しかし、アツシくんの大学時代に深く関わり、その後も彼の「今とつながる日々」も見守ってきたので、「サンニさん、式に出てくださいね」と懇願されれば、「出ない」とは言えません。アツシくんと初めて会ったのは、ぼくがまだ現場の小学校教員だった時です。彼は大学2年生。市指定の公開研究会での、ぼくの研究授業参観が初めてでした。埼玉大学の教育学部の2年生、岩川ゼミの人たちと一緒に教室に来ました。それ以来、ぼくの教室には何度も来ました。学びをつくる会や組合の研究会などにも来てくれました。彼の卒論作成(テーマは「対話の教育」)にも関わりました。3年間の大学時代、深いつながりがありました。S市で初任教員になってからは、度々「SOS」の電話やメールが来ました。「圧」を加える先輩教員に泣かされていたからです。「学級通信を書くのは10年早い!」「授業の指導案は決まったようにしろ!」などと、いちいち口出しをされ、そのことへの悔しさのはけ口がぼくでした。この頃から、ぼくはアツシくんやその同期のゼミ生たちを、ぼくの仲間たちに意識的につなぐようにしました。それはアツシくんたち若い人たちのなかにある、「サンニさんはすごい」などという間違った思いをただそうと思ったからです。ぼくが、自由な実践が出来ている最大の理由は、ぼくが一緒に仕事をしている仲間たちがいればこそなのです。その人たちの多くは、学校の中だけで誠実に実践するだけです。その人たちことを知れば、学校イメージが豊かになるはずです。仲間の存在の重要性にも気づいてくれるのではないかとも思いました。休日の下町ぶらりにも参加してもらうようになりました。もちろん強制はしません。イーハトーブの旅にも来るようになりました。3年前(2016年)の4月、アツシくんは故郷の仙台の小学校の教員になりました。ゼミの1年後輩のショーくんも仙台の教員になって戻りました。このふたりを、応援するために(宮城県の知合いの教員たちとつなぐ)4月に行きました。この時のことはブログにも書いています。①https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12148378767.html②https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12148786899.html③https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12149061974.html④https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12149156251.html⑤https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12149886247.htmlこの時は、ついでに足をのばしました。人とも会いました。アツシくんの仙台での教員生活はとても充実しているようです。その延長線上に、個人の生活の幸せ、この結婚があります。チャアガツカア~なんていっていられません。なんとしても出席しなければねえ。台風と結婚式と腰痛と13日の結婚式ですが、ぼくは前日の12日から仙台に入り、前泊することにしていました。そこに、この台風です。12日も、13日もとても仙台へ向かえそうではありません。う~ん、こまった。どうする?さらに1日前の11日(今日)なら仙台に行ける。アツシくんのためだ。ということで、本日の仙台のホテルの予約を取りました。午後には仙台に向かいます。(本日夜、教科研の会議があるけれど出席できず、すみません。)けれど、悩みがあります。2日前からぎっくり腰になり、そろ~り、そろ~りしか歩けないのです。水曜の白梅短大、昨日の都留文大も、やっと着いての授業でした。今朝もまだまだ痛みがあります。腰が曲がっています。腰に爆弾抱えての仙台行です。そろ~り、そろ~り。

  • 10Oct
    • こんなものに騙されない!(スパムメール)

      あやしいメールFacebookの友人、Sさんが、パソコンの迷惑ホルダーに以下の様なメールが届いていたとアップされていました。 迷惑メールフォルダーに入っていました。 一生懸命脅してきてるんだけど、たどたどしすぎる日本語で、まったく相手にする気が起きないのですが…。 同様の経験のある方、いらっしゃいますか?無視してOKですよね?おお、これぼくの所にも来たばかりでした。なんだこれッ!!めちゃくちゃな日本語です。パソコン苦手なぼくにも、あまりにもおかしげな文章ですから、速攻で削除しました。                        なあんだ。「したがって、私は沈黙のためにあなたからの支払いを期待しています。私は$847が良い価格だと思います。」⇒お金を詐取しようというのか。「ばかなことしないで!警察や友人はあなたを確実にたすけません。」だって。⇒脅しだね。「私はあなたの慎重さを願っています。お別れ。」⇒何だよ。自動翻訳機を使ったんだろうね。最後に「お別れ」なんて言うかい。それこそお別れだ。ポチッと。パソコンの苦手なぼくなどに、ドキッとさせて、あわててこれに対応した方がいいのか、そう思わせる。みなさんも、この手の詐欺に引っかからないようにとupしておきます。           ぎっくり腰デス一昨日からぎっくり腰でとほほな状態です。昨日は白梅短大での授業でしたから、果たして大学まで行けるんだろうかと不安でした。腰に固定のベルトを巻き、痛み止めを飲み、電車は使わず自動車を運転していきました。なんとか2コマの授業を終えました。その後、家に戻り、S氏と連絡とり、保谷駅前で密会。(真面目な内容で打ち合わせデス)本日はこれから都留(山梨、富士山の麓)です。ぎっくり腰対策して、長めの電車旅に耐えなければ。

    • 「ごんぎつね」を読む(全18回)シリーズ

      この時期の「国語」物語教材3篇をシリーズでアップします。(1)「くじらぐも」を読むシリーズ(全10回)(2)「お手紙」を読むシリーズ(全15回)(3)「ごんぎつね」を読むシリーズ(全18回)「ごんぎつね」を読む 全18回の授業データです。データをまとめてほしい人は、以下のアドレスにリクエストしてください。メールをどうぞ。⇒     shimomura-sanni@jcom.home.ne.jp   まで1.「ごんぎつね」を読む①新美南吉、わたしとは誰か<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12070359452.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12070359452.html?frm=theme2.「ごんぎつね」をよむ② ごんの人物像<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12070757936.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12070757936.html?frm=theme3.「ごんぎつね」を読む③ とんでもないいたずらも…<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12070891069.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12070891069.html?frm=theme4.「ごんぎつね」を読む④ ごんの気持ちで書きかえてみる<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12070975215.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12070975215.html?frm=theme5.「ごんぎつね」を読む⑤ 何やってるんだろう、兵十は<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12071863382.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12071863382.html?frm=theme6.「ごんぎつね」を読む⑥ 同化と異化と<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12072557653.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12072557653.html?frm=theme7.「ごんぎつね」を読む⑦ごんの視点で語られるhttps://ameblo.jp/sanni1132/entry-12073332728.html?frm=theme8.「ごんぎつね」を読む⑧ 「のせておいた」ごんの行為はhttps://ameblo.jp/sanni1132/entry-12074449662.html?frm=theme9.「ごんぎつね」を読む⑨ 絵本の挿絵 <a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12078026603.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12078026603.html?frm=theme10.「ごんぎつね」を読む⑩ 描写を読むこと<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12078046013.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12078046013.html?frm=theme11.「ごんぎつね」を読む⑪ つぐないの始まり<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12078869069.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12078869069.html?frm=theme12.「ごんぎつね」を読む⑫ 描写のかげにごんの心情https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12078881308.html?frm=theme13.「ごんぎつね」を読む⑬ 兵十のかげぼうしをふみふみhttps://ameblo.jp/sanni1132/entry-12080084133.html?frm=theme14.ごんぎつね」を読む⑭ キライだと言ったけれどhttps://ameblo.jp/sanni1132/entry-12081536494.html?frm=theme15.「ごんぎつね」を読む⑮ 話者の視点の転換https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12081563138.html?frm=theme16.「ごんぎつね」を読む⑯ 悲劇的な結末<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12082187649.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12082187649.html?frm=theme17.「ごんぎつね」を読む⑰ (最終回)「ごんぎつね」を学んでhttps://ameblo.jp/sanni1132/entry-12082495601.html?frm=theme18.「ごんぎつね」読む 番外編 岩辺さんからのメール<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12084674089.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-12084674089.html?frm=theme上のデータは、このブログでの連載時のものですが、一括したデータでは、余分な部分をカットしたり、整理した表現に変えています。現場応援が少しでもできたらという思いです。「お手紙」の授業が終わりましたという連絡があり、あらら、です。夏休み短縮、授業時数増などの影響が早めの取り組みになっているんでしょうね。何かの形で役立てばいいなあ。

  • 09Oct
    • 『お手紙』を読む(全15回)シリーズ

      この時期の「国語」物語教材3篇をシリーズでアップします。(1)「くじらぐも」を読むシリーズ(全10回)(2)「お手紙」を読むシリーズ(全15回)(3)「ごんぎつね」を読むシリーズ(全18回)「お手紙」を読むシリーズ(全15回)です既にこのブログで紹介しましたが、アーノルド・ローベル『お手紙』をここにまとめました。データとしてまとめて、送ってもいます。一括データのほしい人は、パソコンアドレスに、自分のアドレスを書いて連絡ください。アドレスは  shimomura-sanni@jcom.home.ne.jp  まで。1.『お手紙』を読む①、3人の若者とhttps://ameblo.jp/sanni1132/entry-11442964453.html?frm=theme2.わがまま、がまくんみたいhttps://ameblo.jp/sanni1132/entry-11443314290.html?frm=theme3.『お手紙』を読む②、主人公をどう考えるhttps://ameblo.jp/sanni1132/entry-11443638062.html?frm=theme4.『お手紙』を読む③、「言いました」の裏側には?<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11444582390.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11444582390.html?frm=theme5.『お手紙』を読む④人物像を明らかにする<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11445242753.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11445242753.html?frm=theme6.『お手紙』を読む⑤、世界をひろげて(「なくしたボタン」とつなげて)<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11445938089.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11445938089.html?frm=theme7.『お手紙』を読む⑥、かえるくんの行動から気持ちにせまる3つの問いhttps://ameblo.jp/sanni1132/entry-11446939739.html?frm=theme8.『お手紙』を読む⑦、「大いそぎ」とはhttps://ameblo.jp/sanni1132/entry-11447420393.html?frm=theme9.『お手紙』を読む⑧ がまくんのために書く文字は?<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11448842564.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11448842564.html?frm=theme10.『お手紙』を読む⑨、音読で大切なこと――サンニ先生を評価しよう<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11450162415.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11450162415.html?frm=theme11.『お手紙』を読む⑩、シリーズ本を読みふたりの世界をより感じるhttps://ameblo.jp/sanni1132/entry-11450645630.html?frm=theme12.『お手紙』を読む⑪、かたつむりくんってどんな人物?(その1)<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11451523748.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11451523748.html?frm=theme13.『お手紙』を読む⑫、かたつむりくんはどんな人物?(その2)https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11451561933.html?frm=theme14.『お手紙』を読む⑬、「はじめ」と「おわり」、絵でも文でもhttps://ameblo.jp/sanni1132/entry-11450909001.html?frm=theme15.がまくんやぁい、かえるくんやぁい<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11919838897.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11919838897.html?frm=theme

    • 「くじらぐも」を読む(全10回)シリーズ

      この時期の「国語」物語教材3篇をシリーズでアップします。(1)「くじらぐも」を読むシリーズ(10回)(2)「お手紙」を読むシリーズ(14回)(3)「ごんぎつね」を読むシリーズ(18回)これまでに、このブログでシリーズで紹介してきた実践です。「くじらぐも」(中川李枝子・作)を読む シリーズ です。10回分の授業をまとめました。まとめたデータの必要な方は、パソコンのメールで連絡ください。⇒   shimomura-sanni@jcom.home.ne.jp まで。1.「くじらぐも」を読む①https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11944202491.html?frm=theme2.「くじらぐも」を読む②https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11944542959.html?frm=theme3.「くじらぐも」を読む③<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11944969944.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11944969944.html?frm=theme4.「くじらぐも」を読む④「号令」考<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11944990347.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11944990347.html?frm=theme5.「くじらぐも」を読む⑤「~が~すると、~も~する」<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11945468475.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11945468475.html?frm=theme6.「くじらぐも」を読む⑥<よびました>-<こたえました><a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11945381797.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11945381797.html?frm=theme7.「くじらぐも」を読む⑦「いいました」は便利だけれど<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11946601875.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11946601875.html?frm=theme8.「くじらぐも」を読む⑧体でかんじ、心で思う<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11947344625.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11947344625.html?frm=theme9.「くじらぐも」を読む⑨くりかえしに目をとめてhttps://ameblo.jp/sanni1132/entry-11947857797.html?frm=theme10.「くじらぐも」を読む⑩<a href="https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11947968490.html?frm=theme" target="_blank">https://ameblo.jp/sanni1132/entry-11947968490.html?frm=theme

  • 08Oct
    • 何ということだ、同僚いじめ(暴行)とは

      神戸の小学校で教員間の暴力的いじめが問題になっています。大変なことだと思います。どう考えたらいいのでしょう。様々なところで、このいじめ(暴行)の画像写真が載せられています。びどい!こうした画像がどうして撮られたんだろう。これは、昨日のテレビのワイドショーから。あまりにひどいので、写真は出しません。・羽交い締めにされて激辛カレーを食べさせられている。・目や口の周りに激辛ラーメンの汁を塗られている写真。・嫌がらせで自動車の屋根に乗っている!!この画像、どういう経過で神戸新聞などが入手したのかわかりませんが、4人の教員がいじめ(暴行し)ていたというので、その中のメンバーがふざけて撮ったものなのでしょうか。それとも、周りの誰かなのでしょうか。<ワイドショーの画面より>JーCAZTニュースに以下の様な記事がありました。 く7月「解決済み」→9月にようやく実態 「ボケ!」「カス!」。4人は、30代の男性教員3人と40代の女性教員1人で、被害者の20代男性教員に対し、日常的にこんな暴言を浴びせていたという。 神戸市教委の教職員課が2019年10月4日にJ-CASTニュースの取材に答えたところによると、4人によるイジメも含むパワハラやセクハラの行為は、18年からずっと続いた。 被害者の男性教員への強要や暴行も行われ、飲み会でお酒を無理に飲ませたほか、暴言を吐きながらコピー用紙の芯で尻を叩き、尻がミミズ腫れになったこともあった。まだ確認中だが、激辛カレーを無理やり食べさせられたとも被害者は話しているという。 また、加害者の1人が仕事に残っているときに車で家まで送るように強要したほか、被害者の車の上に乗り、車内に飲み物をわざとこぼす嫌がらせもしていた。さらに、別の女性教員にLINEで性的なメッセージを送るよう強要していたことも分かっている。 こうした暴言や暴力について、複数の教員が19年6月ごろに小学校の管理職に相談し、小学校は4人を指導した。しかし、この小学校は7月、「過度のからかいによる人間関係のトラブルがあったが指導して解決済み」とだけ市教委に報告し、市教委は9月2日に被害者の家族から連絡を受けてその実態を初めて知り、調査に乗り出した。 こうした暴言や暴力について、複数の教員が19年6月ごろに小学校の管理職に相談し、小学校は4人を指導した。しかし、この小学校は7月、「過度のからかいによる人間関係のトラブルがあったが指導して解決済み」とだけ市教委に報告し、市教委は9月2日に被害者の家族から連絡を受けてその実態を初めて知り、調査に乗り出した。 とはいえ、被害者の男性教員は、精神的に不安定になり、9月から病気欠勤している。加害者の4人は、市教委の指導で10月から年休を使って休んでいる。 「人間関係や動機は、調査中でまだ分からない」 教員によるイジメなどは、10月4日に地元紙などに報じられ、神戸市教委は同日午後、記者会見して事実確認済みなことなどを説明して謝罪した。加害者の4人については、処分を検討していると説明した。 会見では、4人はさらに、別の20代男性教員1人と20代女性教員2人に対しても、ハラスメント行為をしていたことを市教委が明らかにした。女性教員へは、セクハラ行為があったほか、男性教員には、ポンコツの意味で「ポンちゃん」とのあだ名を付けていたという。 なぜ先輩教員による若手への執拗なハラスメントがあったかについて、市教委の教職員課は、次のように取材に話した。 「どのような人間関係があり、動機は何であるのかについては、調査中でまだ分かっていません。なぜこんなハラスメントがあったのか、理解ができないので、これから聴いていくことになると思います」 市教委では、「警察は動いていないと聞いている」としたが、神戸新聞によると、男性教員側は、4人に対し、刑事告訴も検討しているという。 今回のことを捜査するかについて、兵庫県警の県民広報課は4日、「個別の案件になりますので、お答えすることは差し控えさせて下さい」と取材に答えた。>読むだけでは、よく分からないことが多すぎます。やっていることがあまりにも酷すぎるからです。どうしてここまでのことをやるのか。どうにも理解できません。記事によれば次のようになります。このいじめ暴行は、昨年からずっと続いていたこと。他の職員も把握していたこと。管理職は「指導」し、「解決した」ことになっていたこと。休職した職員の親からの訴えが市教委に寄せられて、初めて明らかになったということ。学校は、こどものいじめに対しては指導をして解決する立場にありながらも、職員の中に明らかな暴力的ないじめが行なわれていました。それも、「校内でリーダー的な立場の30代、40代の教員」が率先して若い教員いじめ(暴行)を行なっていたと言うのだから、本当に深刻です。管理職の「指導」後も続いていたと言うのだから、一体どういうつもりなのか。今、全国の学校では、必要な教職員の数が埋まらず、教師がいないという「穴があく」状況が広がります。だから、現場の教師たちは長時間、過密な労働を強いられています。さらに、それに追い打ちをかけるような教育施策の数々。今回の事態は、その中で、学校が「壊れだした」とも言える事態でしょう。当該校の子どもたち、保護者、更に教職員は嵐のような日々を送っているのでしょう。管理職・市教委のしっかりした対応を、そう願います。気が重くなる事態だけれど、本質的な分析と対応を待ちたいと思います。(*FLORAさんからのコメントにありました。<サンニさんのブログで、若手教員への過度な指導を読んでいるときに、いじめと大差ない気がしていました。20代の被害者ばかりなので、若手に対するパワー炸裂ですね。>そのとおりです。この間の新任教員たちへの圧力の延長線上の出来事とみた方がいいでしょうね。)

  • 07Oct
    • 賢治さんが降りてきた?(笑い)イーハトーブの旅Ⅱ

      花巻・羅須地人協会です。9月21日の賢治祭の日。6人で行ってきました。その時の画像です。賢治さんが降りてきた~!?9月の賢治祭に行ったときに、羅須地人協会の建物(賢治が独居生活をしたところ)の中で、オルガンの席に座っていたら、賢治さんの声が聞こえてきました。急に呟き出しました。(26秒、本当はもう少し長いものですが、うまくアップできません。ヤマザワさんがたまたま撮っていました)黒板を前にすると、なぜか“賢治さん”になってしまいます。「雨ニモマケズーーコレヲ詩ダロウ トイウ人ガオリマスガ アレハ ワタクスノ 切ナル 思イデス……」何十回も行ったイーハトーブです。「賢治祭」にどうしても行きたいーーこの願いに応えたイーハトーブの旅でしたが、日程的に参加出来なかった仲間から、「去年のように11月に計画してほしい」という強い要望が来ました。(恨みもあったかなァ)そこで、いろいろな調整をして、再度「イーハトーブの旅Ⅱ」を計画しました。11月15日(金)~17日(日)です。当初の計画変更もあり、参加するように調整してくれていたミカさん、タカキさん、日程あわせられずに申し訳ありません。宿がとれない!ほぼ、メンバーが決まってきたので(これが最後まで確定しないのでハラハラしどうしなのですョ)、昨日、やっと大沢温泉に連絡しました。な、なんと、15日は宿泊できるけれど、16日は満杯だというのです。アチャ~。恐れていたことが。どうするか。岩手、秋田、青森の北東北の自炊の宿をネットで探してみました。まずは鉛温泉の藤三旅館。「海街ダイヤリー」のロケで使われた旅館。広瀬すずに会える?なんて思ったけれど、全くダメ。八甲田の酸ヶ湯温泉、無理~。十和田の蔦温泉にも泊まったことがあったなあ。高すぎます。八幡平の後生掛温泉は…う~む。あれこれ、アレコレ。どこも厳しいのです。前回も大沢温泉が取れず、花巻・台温泉の吉田屋旅館にしました。ここに電話をしてみました。「先日、そちらに宿泊させたものです。11月16日に宿泊できますか?」オバ(-)サンが出て、「16日はそんな数の人は泊められない」といいます。わあ、たいへんだ~。台温泉にはディープな宿が他にも数軒有ります。片っ端から電話をしました。自炊宿、素泊まりの宿を中心にします。いずれの宿も年配の方がそれぞれ電話口に出ました。しかし、「泊められません」の返事ばかり。コマッタよ~。おお、助かった!!これは、「イーハトーブの旅Ⅱ」自体を中止しなければならないなあ。ツアコンの辛いところです。その旨、参加しそうなメンバーにLINEやメールを打ち始めたときに、携帯に見慣れぬ番号からの着信がありました。ひょっとして…。吉野屋旅館の若主人でした。「さっき、お袋が電話に出たんですが…」泊められます、という電話でした。助かった!!と言うことで、11月15日~17日に再び「イーハトーブの旅Ⅱ」に行きます。メンバーは、老若男女、10人(?)くらい。(みんな、ツアコンの苦労を知らない!)14日(木)の夜行バスで盛岡に着く学生3人。(3000円ちょっとの料金で来ます)15日(金)の朝に大宮を新幹線で出発するオジサン・オバサン・若者で計4人。同日、仕事を終えて駆けつけるオジサンとオニーサン。2人。気ままに一人旅のオネーサン1人~2人。わがままな参加者の要求に応えるために、レンタカーの手配や行程の連絡やらありますが、まずは安心です。こういうことをやっていたら、賢治さんはどこかに行ってしまいました。(こんなに身が細るような思いで苦心しているのに、急に参加したいという人が、いるんだよなあ、わはは。あお、それもまあ、なんとかなるさ。要相談ネ)※反省。これから大沢温泉に予約とるときは、先に人数枠を決め、それで募集しよう、そう考えました。ビシッと断わる自信はないけれど。

  • 06Oct
    • 全生園から山谷へ(金曜日)、土曜日は静岡へ

      大日方ゼミをガイドする金曜日は、三重大学の大日方ゼミの11人を終日案内しました。午前9時、ハンセン病資料館前で待ち合わせ。全生園内を先に歩いた後、資料館に。以前は案内するときは、資料館で見学した後、全生園を歩いていましたが、愛知県立大久保田ゼミのガイドのときから、この順番に変えました。先に、全生園内の実際に触れた方が、展示資料がよりリアルに感じられると考えたからです。途中のあづまやでのレクもいいかな。12時過ぎに見学を終えたのち、秋津駅まで歩いて向かいました。昼食・休憩の場所に喫茶「縁」を選びました。大日方さんからの2つめの依頼は、「教職イメージを語ってほしい」というもの。ゆっくり食事とあわせて二時間。その後、電車に乗って下町方面に向かいます。3つめのリクエストは「貧困問題に関心のある学生のために山谷の散策をしたい」というもの。途中、都電(いまは桜トラムという名前に変えられています)に乗って、三ノ輪橋へ。南千住から山谷まで歩きました。下町のディープな町並み、横丁あるき。山谷歩きは久しぶり。ついつい目が行くのは、下町居酒屋です。(ぼくと大日方さんだけですが)かつてよく行った「大林」。高齢のオジサンとオバサンだけの店だったので、営業が続いているか心配していましたが、まだ、やってました。下は「丸千葉」。三ノ輪橋そばの「弁慶」。南千住駅前の大衆居酒屋で夕食、交流でした。学生のみなさんを池袋のビジネスホテルに先に帰した後、大日方さんと二人で、南千住駅前の「金太楼」にてもう少し交流。家に戻り着いたのは、シンデレラ状態(12時過ぎて日付が変わる~)でした。翌朝は静岡での講演がありました。でも大丈夫。土曜日の朝、荷物を持って静岡に秋津駅9時。西武線に乗って、東京駅に向かいましたよ。新幹線こだま号。新富士駅あたりでぱちり。撮ってしまいます、富士山。講演は、パフォーマンスいれて、パワー炸裂したつもりです。真面目な発表中。(ふふふ、あれ?びっくり。アオイさん?奥の司会の人、よく似ているなあ。あとで思わず聞いてしまいました。「あなたにお姉さんっている?」って。)終了して、静岡駅前に移動です。雰囲気のよい大衆居酒屋「多可能(たかの)」です。今回、講演に読んでくださった村上さんの選択。創業100年近くなるそうです。古い居酒屋の中には格式張った店がありますが、ここはあくまで大衆酒場です。酒肴も美味しく、なんと、ホッピーもありました。静岡割り(お茶割り)がオススメらしい。どっちも飲みましたよ。静岡の講演にいってビックリ。なんと、省ちゃんが講演会に参加していました。三島の方にすむ鈴木省二くんとは30年位前からの知合い。彼が教員に成り立ての頃、伊豆の方でレクリェーションの集まり(太陽のレク学校)をつくっていました。ユズリンたちと一緒です。そこにぼくも共に何度も参加しました。今回参加したのは村上さんとは古くからの友人だったから。一緒に研究会を行なっていると。会うのは30年ぶりくらい。体育同志会に関わっているというので、共通の友人もいっぱいいることが分かりました。嬉しさのあまり、泣いてしまったぼく。(ホントかな?わはは、嘘泣きです)その後、省ちゃんとは三島までこだま号で一緒に帰りました。別れた後、東京まで。家に着いたのは最終電車でした。ハードな二日間。しかし、充実の出会いもたっぷり。