大塚家具の争いと似ていた!
何が起きたかというと、
税理士でもある父との衝突である。
私は26歳の時に父が経営をする
税理士事務所に入社した。
地元ではそれなりの税理士事務所で
私は父の跡を継ぐつもりで入社した。
29歳で税理士になり、
父と共に税理士法人を設立した。
父は私に事業承継をするつもりだったので
私は代表に就き、徐々に経営を担っていった。
ここからが大変だった。
父は何十年と事務所経営をしてきた
実績があり、税理士としても素晴らしかった。
でも私は自分のスタイルがあり、
父のことは尊敬していたが、
これから激動の時代を勝ち抜くためには
今までのやり方を変える必要があると思って、
いろんな改革に乗り出した。
その一つが菅原流1%理論戦略である。
そしたら経営方針の違いにより、
父と喧嘩ばかりするようになった。
そして私は父と一緒に事務所経営をして
ちょうど10年の36歳の時に、
喧嘩をした勢いで突然事務所を辞めて、
独立したのである。
辞める直前には社員を集め、
『私は独立するから私についてきたい人は
1週間以内に連絡をください』
と伝えた。
私の中では〇〇くんと△△さんから
連絡が来ると思っていたが、
全く連絡が来なかった。
これは想定外だったので、
その2人に電話をした。
私
『来ないの?』
社員
『えっ?行った方がいいんですか?』
という感じだったので、
私は説得して2人を無理やり辞めさせた笑
父からしたらまさに、
クーデター状態だったと思う。
そして事務所を辞めて1ヶ月後には、
自分の税理士事務所を開業していた。
幸いにも父と働いていた時に
貯金を1,000万円していたので、
なんとか開業できたけど、
その1,000万円はすぐになくなって、
資金繰りは厳しい状態になった。
両親とは全く連絡を取らずに、
父との税理士法人も解散させた。
(※税理士法人は税理士が2人以上いないと
解散しなければならない)
税理士業界では当時、親子で作った
税理士法人を解散させる事例がなかったので
かなりざわついて、
『菅原家は親子の縁が切れたね』
なんて噂された。
ほんとそんな状態で、
独立して半年後に私に息子が生まれたけど、
生まれたことすら報告しないくらい
絶縁状態だった。
まさに大塚家具の父と娘の争いと
同じような感じだった。
大塚久美子さんともお会いできたので
記念撮影笑
SMGグループ CEO 菅原由一