わたしの選んだ特選句
細き顎笠の下より盆の舞 田中 梓
選んだ人:樹 水流
「細き顎」この上五がどれだけ私の想像力をかき立てたことでしょう。細い首にきっち
りと重ねられた襟、舞う手先は白く、裾の乱れもない若い女性が登場しました。終わりな
き踊り子の列は緩やかな動きでお盆の夜に特別な時間を作り出すのです。そんな場面が瞬
時に浮かんだこの句を特選といたしました。私はこのような盆の舞を実際に見たことはあ
りませんが、これだけ実感できることに句の持つ力を感じます。
河骨や一人ひとりの持ち時間 樹 水流
選んだ人:太田酔子
人間はいろいろな面で持ち時間が決められている。命は無論のこと、仕事の成就にも、
友情や恋愛の熟成にも、かつその枯渇にも。しかも人によってその長さは違う。「一人
ひとりの持ち時間」たった12音で人生を見事に言いおおせている快さと、この句のもつ余
韻とが素晴らしい。
この永遠の真理と季語「河骨」の取り合わせの妙に一句の眼目があると思われる。河骨
は睡蓮の仲間の多年生水草で、黄色い花は極く小さく、ふくらみが特徴的。生育する場の
水深によって沈水葉と水上葉があったり、花柄をしっかり伸ばして上向きに花をつけたり、
茎も葉も花も力強く環境に順応している印象がある。その上名前の由来とされる、骨のよ
うに太く白く立派な根がある。華やかではないけれど、地に足をつけた生活者のしたたか
さを窺い知ることができると思う。(それなのに絶滅危惧種に落ちているのは人間の環境
破壊の一例であり問題の深刻さでもある。)
河骨の庶民らしい健気さと上を向く小さな花のしたたかさは、残り時間のわからない不
条理に健気に立ち向かう人間の姿と響き合っている。
灯を消して小さきテレビで大花火 草野きょう子
選んだ人:加藤光樹
口語的な表現ではあるが、実際には隅田川などに上がる大花火を、自分は小さなテレビ
画面で見ている。でも、鮮やかに見えるよう消灯して。自分のいる現実と想像の世界との
大きさの違いを詠まれたところに、気持ちの自由さを感じた。
photo: y. asuka
また夜が来る鶏頭の拳かな 山西雅子