有馬英子の俳句 | sanmokukukai2020のブログ

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   有馬英子 第一句集『深海魚』から

 

   幼子のわずかな雪を見逃さず

 

   一方にリラの花咲くわかれ道

 

   巣立ち時うながす声のたからかに

 

   赤い花束にして買う梅雨入りかな

 

   看板の一字落ちおり街薄暑

 

   明日会える白靴みがき念入りに

 

   黒猫のひそかに通る片かげり

 

   雲ひとつ出合いがしらの蜻蛉かな

 

   山栗やひくく流れるミサの声

 

   虫の夜の夢は幼き日にかえり

 

 

 

 

                                                                                『獨歩青天』   北大路魯山人    

                                  枝豆やこんなものにも塩加減  北大路魯山人 

 

 

 

    3月ブログからシリーズでご紹介している芸術家の書について。 

    10年ほども前、私(遊子)はシアトルから訪日した友人に会うべく京都を訪れ

   ていました。祇園界隈を歩いていた時「何必館」と記された美術館と思しき看板を

   見つけました。小さな入口からエレベーターに。扉が開いた時、そこに流れる特別

   な空気に一瞬背筋が伸びたのを覚えています。

    広くはない空間に、実に個性的な書が掲げられていました。それがこの展覧会の

   タイトル『近代藝術家乃書』の書でした。日本の洋画、日本画、文筆、工芸などの

   分野の巨人と呼ばれるべき作家たちの書です。書家の文字とはおよそ違う自由で個

   性的な文字、あるものは絵のような大迫力、あるものは青い薄墨の煙るが如く……。

   クラクラしてしまいました。今回の芸術家は北大路魯山人。

 

 

   覚悟の書

    創作家としての北大路魯山人を表現する言葉は多い。陶芸家、画家、篆刻家、料

   理人、書家、また当代きっての辛口の批評家、出版人としての活動もその中に含ま

   れる。

    魯山人は古今のあらゆる美を渉猟し、驚くべき速さでその核心を理解し、新しい

   美を創造する。

    その美は極めて自由闊達で、隅々にまで眼が行き届き、気魄ある独立独歩の精神

   に満ちている。

    生涯で二十万点を越える作品を生み出した魯山人は、まるで何かに憑り付かれた

   ように制作したといわれる。

    「芸術は計画とか作為を持たないもの、刻々に生まれ出てくるものである。言葉

   を換えて言うなら、当意即妙の連続である」と語った魯山人の天性の造形感覚が、

   書作にはもっとも顕著に現れている。

   この「獨歩青天」は、魯山人晩年の傑作である。激しい世俗の攻撃から解き放たれ、

   北鎌倉の山中で作陶三昧の日々を送る精神の軽やかさと、いよいよこれからが本当

   の出発であるという覚悟を感じる。

   「獨」は魯山人の人生観であり、「青天」は、彼が発見した新しい宇宙である。

 

                               梶川芳友 

                              『近代藝術家乃書』より