2020年7月三木句会報
職離れ空しき夏よ素寒貧 加藤光樹
収穫は雨粒ばかり蜘蛛の糸 関根瞬泡
君笑うのどの奥まで梅雨晴間 樹 水流
マスクして季語崩壊の炎天下 有馬英子
涼しきはマチスの部屋の青ガラス 田中 梓
天の川ふいに決意のやうなもの 小泉水玉
氏素性それがどうした殿様蛙 國分三徳
一画素までも消ゆ炎天の脳の皺 太田酔子
青梅のきらめく産毛雨上がり 関本朗子
明かり窓影絵の如き守宮おり 佐藤花子
梅雨晴れ間鳶職ら降り昼餉かな 原宿美都子
日に一度梅樽を見る暮らしあり 白樫ゆきえ
新らしき鼻緒うれしき素足かな 田中 汐
母の日や息子のことば素っ気なく 大塚楓子
暑き日は悪魔の辞典引いてみる 草野きょう子
古郷の跡形も無き梅雨末期 山崎哲男
合歓の花緑の谷に風立ちて 澤橋 凛
彼の人のひらりひらりと素衣姿 佐々木 梢
円卓の空席待ちの騎士の夏 神宮前小梅
素描にも画家の持つ意志風信子 幸野穂高
人恋し蛍袋にもぐりこむ 飛鳥遊子
特大ホームラン、瞬泡さんの17点句「収穫は雨粒ばかり蜘蛛の糸」。3名の特
選です。小さな雨粒を宿した蜘蛛の糸は鮮明なイメージがありますが、蜘蛛にとっ
ては食べられもしない収穫なのだと見ました。技ありの一句です。瞬泡さんには7
点句の「興奮か羞恥かいよゝトマト熟れ」もあります。熟れたトマトを見てこんな
風に思うなんて、思いもよらないことでした。意外性に英子さんと梢さんの特選で
す。続く11点句は水流さんの「君笑う喉の奥まで梅雨晴間」。比喩もここまでく
るとお見事! ここしばらく、こんな笑いを見たことがないような気がしますね~。
水流さんには5点句の「梅雨明ける素描の山に色差して」もありました。
9点句は英子さんの「マスクして季語崩壊の炎天下」。マスクは冬の季語ですが、
どうしても使いたくなってしまう昨今。それを正面から季語崩壊と断じたのです。
現代では意味もわからなくなりつつある季語が増えています。もう一つの9点句は
遊子の「人恋し蛍袋にもぐりこむ」。カナブンも人恋しいのかな、、。遊子の6点
句「三行半逃げる金魚に追う金魚」は産卵間近の金魚たちの景です。今も昔も追う
のはオスと相場が決まっているようで…。瞬泡さんと小梅さん特選の8点句は梓さ
んの「涼しきはマチスの部屋の青ガラス」。西欧絵画に造詣の深い梓さんならでは
の5点句「ジャコメッティ素描に夏の憂いかな」もあり、今回は画家に触発された
句を作られました。いつもちょっと難しい句で悩ませてくださる水玉さん、8点句
の「天の川ふいに決意のようなもの」は、星空を見上げていて故もなく前向きの気
持ちが出てきた感じが、”のようなもの”からよく伝わります。
「氏素性それがどうした殿様蛙」は三徳さんの7点句。殿様と呼ばれて威張るな
よ!というわけでしょうか。名づけたのはそっちでしょ、と返されたかもしれませ
んね。「一画素までも消ゆ炎天の脳の皺」は、暑さで脳のシワがすっかり伸びて
しまったと、今月の兼題「素」を使って捻られた酔子さんの7点句。7・7・5の
破調が脳の皺消滅を暗示しているようで怖い。2つの7点句朗子さんの「青梅のき
らめく産毛雨上がり」と「とびとびに座る法事や梅雨晴れ間」。どちらも分かりや
すく観察の目や心の働いた句です。花子さんの「明かり窓影絵の如き守宮おり」も
7点ゲット。影絵の如きの中七が夏の夜の走馬灯のような趣で、守宮のシルエット
を浮かばせました。5点句には美都子さんの「梅雨晴れ間鳶職ら降り昼餉かな」、
ゆきえさんの「日に一度梅樽を見る暮らしあり」、汐さんの「新らしき鼻緒うれし
き素足かな」がありました。どれも暮らしの中の、また記憶の中の情景を綺麗に詠
まれています。
今回の兼題「素」では、素描、素足、素手、素もぐり、さらには画素、氏素性、
素衣といった熟語を見つけた方もいらっしゃいました。 <続きを読む>
photo: y.asuka
空蝉となるべく脚を定めけり 夏井いつき