総走行距離 1,550km 11日間の旅
ルートは フランクフルト Flankfult a M → ハ-ナウ Hanau (泊)
→ ヴューディンゲン Budingen → アイゼナハ Eisenach (泊)
→ ハルゼローデ Harzgerode → クェドリンブルグ Quedlinburg (泊)
→ ゴスラー Goslar → ヴェルニゲローデ Wernigerode → ライプチヒ Leipzig (2泊)
→ マイセン Meissen → ドレスデン Dresden (2泊)
→ バイロイト Bayreuth → バンベルグ Bamberg (泊)
→ ニュールンベルグ Nurnberg → ローテンブルグ Rothenburg (泊)
→ ヴュルツブルグ Wurzburg → フランクフルト Flankfult a M

画像はGoogle のドイツ地図を加工したもの 赤い丸が宿泊した場所、黄色が立ち寄った場所です。
出発は2011年3月12日(土) 。 地震の翌日。
まさかこんな大惨事とは思いもよらず、しかも普段からあまりテレビをみることのない私は
地震の日、都心から4時間かけて歩いて帰宅し、翌日の出発を予定より余裕を見て早めたため、テレビも見ずに就寝。翌早朝、車で成田に向かいました。
成田までは、高速が全部アウトだったので、一般道を走り、大渋滞にまきこまれながら
すべりこみ。 フランクフルト行きのJAL407便の出発が5時間遅れていたため
無事セーフでした。
こんな状況で不謹慎だとお怒りのむきもあろうかと思いますが
なにしろ、レンタカー・ホテルなど 格安でキャンセルがきかない方法で申し込み
支払いを済ませていたこと、夫の休暇がこの次、どのタイミングで取れるか不明だったこと、家族親戚の無事が確認できたこと、を理由に旅行を決行してしまいました。
行ってはみたものの、ドイツでは外国語放送の入らない 格安宿が多かったため
よくわからないドイツ語放送を観ると、
「日本は放射線漏れで被爆するんじゃないか」といった報道が多く
とても心配しました。
ドイツ放送の日本特派員は 東京ではなく、大阪や名古屋から中継していました。
東京の映像は NHKの映像を使うか、スカイプの映像のみでした。
ただ、どの街へ行っても、
「日本人か?」「家族は無事か?」 と 見知らぬ人が話しかけてきて
勝手に想像していたドイツ人とは ずいぶん違い、フレンドリーで親切なんだな
と、印象が変わりました。
百聞は一見ししかず。 本当に旅はするもんですね。
「食の情報を解説する専門家」フードアナリスト
申込方法:3月1日~4月30日まで≪消印有効≫に、所定の申込用紙をFAXまたは
札幌会場
片岡ビル株式会社 5B
