拡散本日生中継 麻生総理お膝元 飯塚市朝鮮人追悼施設の矛盾について 飯塚市議会議員が切りこむ  | 産経新聞を応援する会

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各地にいつの間にか行政を巻き込みながら建立された朝鮮人追悼碑、今、その碑文の内容について気付いた日本国民が驚愕しています。
明日、6月25日、一人の勇気ある飯塚市議会議員が、何故か、地方議会ではタブー視されがちであったこの問題に切り込みます。

各地にいつのまにか建立された追悼碑、しかし、行政に提出、説明した趣旨とは別に、その碑文の内容は、ある特別な団体が、その碑文の内容を、時間を経て、歴史的事実と信じ込ませたうえで、将来、利益を得ようとする仕掛けが為されています。いまや河野談合とまでいわれる、河野談話が、朝鮮人慰安婦像として世界に飛び火していく現状を考える時、朝鮮人強制連行説に対しても、正すべきことは今のうちに正さねばなりません。

麻生総理のお膝元、飯塚市議会議員、藤浦誠一氏。お父様、おじい様と、2代にわたって、筑豊の炭鉱で働かれたそうです。戦前、戦中、戦後と、国産エネルギーを供給し、日本の富国強兵、戦後復興を支えたのが筑豊に存在した炭鉱です。日本全国から、炭鉱に職を求めて、多くの人々が、集まりました。その中には、当時、日本国だった、朝鮮、台湾出身者も、敗戦間際に徴兵の代わりに戦時徴用された方々も含めて、たくさんいらっしゃった事を、当然のように藤浦議員はご存知です。徴用された方々は、戦後殆どの方々がお帰りになりましたが、自ら、職を求めてこられた方々は、敗戦により国籍が変わっても、この地に留まられ、炭鉱での労働を続けられました。そのような方がいらっしゃったからこそ、朝鮮戦争勃発の際、済州島の悲劇ともいわれる、北朝鮮のスパイと嫌疑をかけられ、自国民に対して韓国軍が行った大虐殺から逃れてきた多くの韓国人、朝鮮人の特別密入国者(元、日本人の方々ですからあえてこう表現させていただきます)を、縁者として受け入れる土壌があったのではないかと産経応援は考えます。その土壌なくば、孫正義氏の誕生なく、ソフトバンクも存在しないのではと、考えます。

藤浦氏は、日本のエネルギーを支えた、炭鉱の落盤事故で、亡くなられた方々に関しては、日本人であろうが外国人であろうが追悼、顕彰されて、当然と考えていらっしゃいます。

しかし、問題は顕彰のための追悼碑の碑文の中に、別の政治的意図が込められた事です。

このままでは筑豊に住む私達は、世界史の中で、在日朝鮮人、韓国人は戦前日本人が強制連行し奴隷として搾取された人々の末裔で、私達は外国人労働者を奴隷のように酷使した日本人の末裔とされてしまいます。

そして、それが、史実とされる事がないようにと、藤浦氏は今回、地方政治のタブーに切りこまれます

藤浦氏にも産経応援と同じように、小中高と机を並べられた在日朝鮮人、韓国人の友人、知人もたくさんいらっしゃいます。

私達は彼らを、強制連行されて奴隷のように搾取された人々の子孫などと考えていません。彼らこそ、私達の先祖と同じように、職を求めて海を渡り、筑豊の地で懸命に家族のために働いた、働き者の子孫だと考えています。


藤浦氏の飯塚市議会における、代表、一般質問は、午前10時からです。この模様は、インターネットで生中継されます。傍聴可能な方は、是非、直接、飯塚市議会に足をお運びください。
 
飯塚市役所 
〒820-8501 福岡県飯塚市新立岩5番5号 電話:0948-22-5500
 
飯塚市議会インターネット放送(USTREAM)
 
本会議の生中継をご覧いただけます

以下 産経新聞 転載にて 補足説明

福岡県飯塚市の市営飯塚霊園内の朝鮮人追悼施設にある碑に、根拠もないまま強制連行など日本の戦争責任を非難する内容が盛り込まれているとして、地元住民らが改訂や撤去を求め、市議会への請願を検討していることが19日、わかった。住民らは「慰霊目的を外れて政治利用されている」と訴える。(田中一世)

 施設は、在日朝鮮人や自治労関係者らでつくる「在日筑豊コリア強制連行犠牲者納骨式追悼碑建立実行委員会」が平成12年12月、市の設置許可を受け、納骨堂「無窮花(ムグンファ)堂」と追悼碑を建てた。無窮花堂には無縁の朝鮮人116人の遺骨を納めているとされる。

 碑正面に「日本の植民地政策により、数多くの朝鮮人と外国人が日本各地に強制連行されました」「筑豊には15万人にも上る朝鮮人が炭鉱で過酷な労働を強いられ、多くの人びとが犠牲となりました。筑豊の発展と日本の近代化は、まさに朝鮮人をはじめとする外国人労働者の血と、汗と、涙なしでは語れません」「歴史的事実をあらためて認識し、不幸な過ちを二度と繰り返さない決意をこめて」などと日本語とハングルで記している。


飯塚霊園の国際交流広場。納骨堂「無窮花堂」(右)など
追悼施設でほぼ占有されている=福岡県飯塚市

 朝鮮半島出身者が筑豊の炭鉱で働いていたのは事実だが、強制連行の実態や人数について詳しいことは分かっていない。

 建立実行委員会は、朝鮮総連筑豊支部の元役員、●(=褒の保を非に)来善氏(故人)を中心に結成。平成8年、飯塚市に「筑豊の炭鉱などに強制連行された朝鮮人犠牲者」の追悼施設の用地提供を要望した。

 当初、市側は協力できないとの立場だったが、度重なる要望を受け、12年5月、霊園内に「国際交流広場」とするスペースを約600万円かけて整備。その一角の使用を許可する形式によって用地提供した。市都市計画課の担当者は「国際交流広場なので、他の団体から施設設置の申請があれば検討する」というが、国際交流広場は、朝鮮人追悼施設がほぼ占有し、他の施設を建てるスペースはない。

 ●(=褒の保を非に)氏らは12年12月、無窮花堂と追悼碑を建設し、永代使用・管理料として88万円を市に支払った。建設費として飯塚市職員労働組合などから寄付金を集めたという。

 さらに14年11月、「歴史回廊」と称し、朝鮮人の苦難の歴史を紹介する陶板の写真パネル17枚を広場の外壁に埋め込んで並べた。パネルには「植民地時代、日本は創氏改名によって朝鮮名を奪い(中略)、信仰や風俗、習慣まで自由にさせませんでした」といった解説文を付けた。だが創氏改名は、朝鮮式の一族名だけでなく日本式の家族名を名乗らせる制度で、姓名自体が強制的に変更されたものではない。

 建立実行委員会は、平成16年に「国際交流広場無窮花堂友好親善の会」(無窮花の会)と名称変更し、これらの施設を管理している。●(=褒の保を非に)氏は20年に死去し、現在の理事長は元民主党県議、吉●(=木へんに却の去がタ)順一氏が務める。

 無窮花の会は毎秋、国際交流広場で追悼式を開催しており、過去には斉藤守史・飯塚市長や松岡賛・嘉麻市長(当時)も参加したことがある。

 この問題の調査に取り組み、請願・陳情を検討している1人で日本会議福岡常任理事の佐谷正幸氏=飯塚市=は「日本の近代化のために働いた朝鮮人を顕彰、慰霊する目的ならよいが、国際交流広場は誤った歴史認識を植え付け、日本を誹謗(ひぼう)する『反日広場』になっている。これを公共の場所に建てておいたら、碑文の内容を行政が認めた事実ということにされてしまう」と警鐘を鳴らす。

 無窮花の会の吉●(=木へんに却の去がタ)理事長は「目的は友好を深めることだ」とし、碑文については「強制連行体験者らから聞き取りをして碑文を書いており、自信を持っている。実際、市もこれを認めており、設置許可を受けている」としている。

産経ニュース:2014.5.19 21:17
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140519/plc14051921170010-n1.htm