産経新聞(皇統尊崇・外交・教育・安全保障に関して)を応援する会

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庶民万民を宝とされ「おほみたから」と呼ばれた皇室は日本のみ 陛下のもとに全ての国民は対等 法の下に対等です 人権は尊重されて当然ですが利権ではありません 産経新聞の応援を通して日本を普通の国にしよう


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あそこまでガチンコで横綱で勝った実績があるわけだから」

https://www.sponichi.co.jp/…/…/20181002s00005000138000c.html

大相撲の元関脇・貴闘力(50)が2日、日本テレビ「スッキリ」(月〜金曜前8・00)の生放送に出演し、日本相撲協会からの退職が決まった貴乃花親方(46=元横綱)について言及した。

 貴乃花親方と連絡を取ったことを明かし、「協会とけんかするつもりもなく、辞めて、アマチュアというか、ちびっ子たちを教えていきたいと言ってましたけどね」と思いを代弁。連日、テレビ出演を続ける貴闘力に「シドロモドロでもっとしっかりしゃべれ!」とツッコミを入れたといい、「後はお金の問題とかいろいろ言われているけど、お金はなくないからと。そこはテレビで言ってくれ」と一部で報じられた金銭面での問題はないことを強調していたことを明かした。

 貴乃花親方を心配し、お金の援助を申し入れた親方衆もいたとし、「いい人がたくさんいるんやなって。結構心配してくれる人がいっぱいいるから、もう一回戻れば?といったけど、そこはやっぱりイヤと。ダメっていうか、それはいろいろある。本人が思っていることと、協会が思っていることはまるで違うから」と踏みとどまる気持ちはない様子だったとした。

 そのうえで、貴乃花親方は「一門に入っても、入らなくてもクビという状態だった。どっちに転んでもクビだと」と話していたことを告白。告発状を認めて、一門に入っても、騒動を大きくした責任でクビとなり、もちろん、入らなければルールに外れているためにクビになると、貴乃花親方本人は考えているとした。

ただ、貴闘力は「本人は辞められたんだから、争うつもりはないけれども、悲しいといったら悲しい。本人は協調性ははっきり言って、あまりないんです。全部直球で勝負するから。そこはもっとうまくやればいいのになと思うけど仕方ない。そういう人間だから、あそこまでガチンコで横綱で勝った実績があるわけだから。そういう生きざまで来ているからしょうがない」とコメントした。

 今後の相撲協会について「伝統文化はいいところはある。でも、悪しきものは排除しないと。悪いところばかり排除しないとダメ。江戸時代から続いたいいところはあるから、そこは残してもらいたい。現役で一生懸命やっている力士はたくさんいる。そこで相撲がダメだと言ってほしくはない。今回、貴乃花親方はこういう形で相撲協会を離れましたけど、離れてわかることもある。そこは自分らの元相撲取りの意見を聞いても面白いと思う」とも思いを語った。

・・・・・・
あそこまでガチンコで横綱で勝った実績がある

ここが,ポイントでしょう。一連の騒動の。


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憲法前文

 

平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 

  我われは、気が狂っている、だから、正常に刃物を振り回すあなたがたに従って我らの安全と生依存を保持させてください。

 

第9条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない
 
  前項の目的を達成するため、あなた方が海や空や陸で刃物を振りまわしてもあなたは正常な人だから構いませんが、
  日本人は狂人ですから、刃物を持ちませんもたないから振り回せません。安心してください

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元号は独立の証。世界に誇る年号として大切に

 

占領下のことですが、『朱鳥』昭和25年3月号に掲載された村尾次郎氏の「元号論」を紹介

 

「年号といふ観念、すなはち時間に特殊な名称を付して理想や希望や功業や喜悦をあらはすといふ思想は、東洋独特のもので‥‥時間の節や流れに対して精神的な内容を盛りこまうとする考へは、意味のある文化的態度といふべきであらう。‥‥すぐれた文字をわれわれの年に冠してゐることは、精神的社会的当為として、より正しい日本の建設にわれわれの勇気をふるいたてる契機となるべきである。‥‥何事につけても西欧に追随するのは、まつたく不合理の心がけといういふべきである。」

 

わが国の元号は、国家及び民族の独立の証であり、そして大化改新以来1370年以上続く歴史(世界の殆どの建国年よりも長い歴史)、また各年号に込められた豊かな理想や理念からといっても世界に誇る年号であり、改めてそれを大切にしていくことを政府ともども決意を新たにしていきたいものです。

 

警察庁へのパブリックコメントを宜しくお願い申し上げます。

 

元号表記の維持を警察庁へ

 

◎免許証の有効期限の記載を元号から西暦へ◎

■警察庁Webサイトの「『道路交通法施行規則の一部を改正する内閣府令案』に対する意見の募集について」(平成30年8月)より

警察庁では、免許申請書等に添付する写真に関する特例の整備及び運転免許証の有効期間の末日に関する表示の見直しを内容とする道路交通法施行規則の一部を改正する内閣府令案について検討しています。‥‥ 略 ‥‥

運転免許証の有効期間の末日に関する表示の見直し(府令別記様式第14関係)個人番号カードと同様に、運転免許証の有効期間の末日を西暦で表示することを可能とするため、次のとおり、当該末日の記載部分のうち不動文字の「平成」を記載しないこととする

【例】平成31年4月30日まで有効 ⇒ 2019年4月30日まで有効

 

意見公募要項

パブリックコメント

(意見)

                   

                  

           

 

氏 名       

住 所       

電話番号      

意見を提出される方は、氏名、住所、郵便番号、又は電子メールアドレスを記載の上、日本語で提出して下さい(氏名・連絡先は未記入でも受付可とのこと)。

 

[1]意見提出期限 平成30年9月4日(火)必着

[2]提出方法

 ①電子メールで提出 untenmenkyo@npa.go.jp

  〒100-8974 東京都千代田区霞が関2-1-2

    警察庁交通局運転免許課企画・法令係

 パブリックコメント 担当

 ②FAXでの提出 FAX 03(3504)3611

葉書・FAX・メールでの意見の書き方

 ③以上の提出時には、「パブリックコメント」と必ず記入

 

(右側の図を参照/上部に「パブリックコメント」と記載)

[3]注意事項 a)電話は受け付けていない  b)個別の回答はしない

c)意見は氏名を出さずに公表される場合がある

 

警察庁は今月6日に規則改正案を発表し意見公募を開始(期限は9月4日必着)

警察庁は今年8月6日、自動車運転免許証の有効期限の元号表記を改め、西暦使用を可能にする規則改正案を公表し、意見公募を開始しました。期限は9月4日(火)の必着です。

 現在、免許証に記載されている「交付日」「有効期限」「生年月日」などは全て元号で使用されていますが、このうちの「有効期限」に西暦を使用するというものです。警察庁は会見で、「元号は外国人にとって分かりにくい」と語り、外国人の免許保有者が86万人に上ることや、マイナンバー制度に西暦が用いられていると説明し、西暦導入の必要性を語りました。

 本日からは来月4日迄の短い期限ですが、国民の意見(パブリックコメント)が募集されていますので、元号表記を維持していくために国民の声を多く送付して戴ければ幸いです。以下の内容をご参考にご自分のお考えやご意見でお送り戴ければ有難く存じます。

 

【参考例】

①公文書は元号表記が原則であり、遵守すべき。西暦表記には反対です

 *公文書は元号表記が原則です。それを崩せば全てが西暦表記になる可能性があります。

②外国人とはいえわが国の伝統や文化に馴染んで戴くことも大事と思われる。国内での生活では元号表記は決して難しいものではない

*国内には一定数の外国人がおられますが、そのような人は日本で生活されており、平成や新しい元号で記載された年が西暦で何年になるか分からないということはないと思います。ネットでも人でも尋ねさえすれば分かることです。元号は、日本国家の独立の証として、民族の誇りとして1370年以上に亙って継承されてきた伝統であり、文化です。それを知って戴くことも、日本の国への理解に繋がっていくことと思います。おそらく大半の国々の建国年よりも遥かに古い歴史を持つ元号を知って戴き、わが国に馴染んで戴ければと思います。

③元号表記が分かりにくいという理由の改正であれば、全てを西暦表記にしなければならない

*外国人に元号表記が分かりにくいということであれば、元号表記は全て改めなければなりません。また、外国人には漢字は難しいので全てひらがな表記にすべきという論も成立してしまいます。私たちが外国に行って生活するにしても一定の不自由はあります。それが現実であり、当該国の伝統、文化に口を挟めば、普通は文化摩擦が起こります。外国人への親切や利便性の向上は大切なことですが、各国には尊重すべき文化があります。寧ろ日本の素晴らしい文化や伝統に触れて戴きながら理解を深めて戴くことが大切ではないでしょうか。

④元号が改まって旧元号の記載のままでも対応できた過去の実例があり、元号表記が望ましい

 *昭和から平成に改元されたとき、「昭和」と記載されていた免許証は「平成」と読み替えて記載された年まで使用されました。元号が改まることによって記載されている元号が旧元号になっても支障なく使用できた過去の実例があり、元号表記で宜しいと思います。

⑤西暦表記がどうしても必要な場合は、元号の後に括弧書きで西暦の併記を

 *どうしても西暦表記が必要であれば、元号表記の後に括弧書きで西暦を表記すれば宜しく、西暦のみの表記にすることには強く反対します。公文書は元号の原則を尊重すべきです。

 

 


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「第14回 追悼・感謝―英霊顕彰・県民の集い」

 

■「第14回 追悼・感謝―英霊顕彰・県民の集い」開催要項
*期日 8月11日(土/祝) 13時開会(12時開場)
*場所 天神スカイホール(大ホール)
*内容 式 典・講 演
*講師 山村 明義 先生(作家・ジャーナリスト)
・演 題 『GHQが洗脳できなかった日本人の『心』
―アメリカの占領政策と必ず乗り越えられる日本』【仮題】
*参加費 1,000円(大学生以下無料)


 戦後のわが国は、昭和20年8月より27年4月までの6年8ヶ月に亙って言論統制や厳しい検閲が敷かれました。占領政策は、「教育改革」「宗教改革」「農地解放」「公職追放」「財閥解体」「警察改革」「選挙改革」など実に幅広く、その本質は国家体制及び国民の全面的な弱体化でありました。
 本年、講師にお招きする山村明義先生は、「GHQがプログラミングし、『戦後民主主義』と称賛された日本の制度設計とは、一言でいえば、日本国内に『臆病者』や『卑怯者』を増やし、日本人としての『誇り』や『品格』を失わせるシステムであった。この『弱体化』システムの骨格を残し続けていけば、日本は一時期浮上することはあっても、再びまた危うくなるであろう」と警鐘を鳴らされています。山村先生のご講演は、占領政策の本質を見極め、その「支配システム」から脱却し、真の日本再建への努力を開始する視座を与えて戴ける内容です。是非お知り合いの方々とご一緒にご参加戴ければ幸いです。


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https://www.sankei.com/west/news/180718/wst1807180005-n4.html

                       (産経新聞)

韓国系米金融マン 慰安婦問題の誇張に疑問符 身内100人超の少女に強制連行「一件もない」

 

「ボストンから一言」を書き始めたことで、いろいろな方と知り合う機会に恵まれている。

 その中の1人に米カリフォルニア州在住で金融関係の仕事をしていた韓国出身のR氏(88歳)がいる。メールだけでなく、電話でも歴史や体験談などについて話を聞くことがある。

 R氏の父親は、九州帝国大学を卒業し、昭和9(1934)年に高等文官司法試験に合格した。検事として最高位を修め、日本統治時代の朝鮮各地で勤務をしていたという。

 私と旧知の仲である、日韓併合条約を結んだ大韓帝国内閣総理大臣の李完用(イ・ワンヨン)の曾孫のSさんに、R氏を紹介したところ、判事だったSさんの父親とR氏の父親の2人が同時期に平壌勤務だったことが判明した。

 それならば、業務において必ずや何らかの繋がりがあり、知己だったに違いないと私たちは推測した。

 R氏によると、当時の朝鮮半島には、朝鮮人の検事と判事は合わせても約50人少々だったという。予測不可能な人生の巡り合わせとなった。

 R氏は、この年で類いまれなる記憶力の持ち主で、驚かされることしばしば。

 ■強制連行の話は聞いたこともない

 そのR氏が、30年以上前に米国で同じ飛行機に搭乗した日本の国会議員の出生地が、自分の住んでいた地域だったことを最近知り、この議員にメールを出したということで、私にもその文章を送ってきた。

 メールの内容は、慰安婦問題に関する矛盾を詳細に指摘したものだった。そこには、現代の日本人や韓国人には想像も、もはや知ることもできないことが多く述べられていた。

 R氏はメールの中で慰安婦問題について、こう疑問を問いかけている。

 

「私は戦時中すでに物心が十分ついた年齢でした。一族は代々、慶尚北道の大地主で 郷里には多数の親族と小作人家族が30所帯ほどおりました。その親族、小作人の家庭には、もちろん百人以上の少女がおりました。それなのに、そのうち日本の官憲により、慰安婦として強制拉致された事実は一件もありません」

 

 R氏は自身の記憶と体験談を踏まえてひとつ一つ状況を説明している。そして、一部で20万人とも指摘される慰安婦の数についてはこう疑問を投げかけた。

 「当時の朝鮮人人口は2000万を切りました。日本軍がその中から20万人の少女を強制拉致したのなら、まさに朝鮮人少女の“根こそぎ拉致”となってしまいますが、わが家族、一族、小作人家族の少女はみな安泰でした。また、当時、日本軍による少女拉致は目撃したこともありませんし、その様な話を聞いたこともありません」

 

 ■どうやって日本人と朝鮮人を区別したのか

 また、日本軍による朝鮮人女性の強制連行が容易でない理由も次のように述べている。

 

 「日本軍がひそかになんらの騒動もなく、大勢の朝鮮人少女を拉致することは不可能です。警察官の半分以上は朝鮮人でした。ご存じのように、当時、朝鮮人は創氏改名で、ほとんどが日本名を名乗っていました。日本官憲が路上でどのようにして日本人少女と朝鮮人少女を区別して、朝鮮人少女のみを強制拉致できたのでしょうか」

 

 日本側が住民とトラブルを起こすことなく多くの女性を強制連行することは不可能だと、私の韓国の友人たちも同様に否定することは興味深い。

 

R氏は、慰安婦募集の強制性に言及した河野洋平官房長官談話について「当時、日本でも朝鮮でも貧しい家庭は、いろいろな形態で娘を奉公に出す慣習、制度がありました。世界を感涙させた『おしん』は、翌年の種にするもみと交換で子守奉公に出されています。河野談話で認めた強制(性)は凶作、貧困、負債、賭博、飲酒、家内暴力などに由来する強制で、官憲による強制ではないのではないでしょうか」と指摘している。

 文章には当時の時代背景や、身をもって体験したR氏の切々たる意見が込められている。

 そして、韓国内の慰安婦に関する世論の動き関しては、「吉田清治(氏)のデタラメな自白書が翻訳出版されたのを機に 韓国で親北・左翼・反独裁勢力が反日運動を始めました」と訴えている。

 メールには「終戦後、1948年まで南朝鮮を統治していた米軍政府は朝鮮での戦争犯罪を捜査しました。そのとき、慰安婦強制連行を戦争犯罪として米軍政府当局に訴え出た記録はありません」とも書かれていた。

      以下省略

 

①お金とは何か

 

 お金は物々交換の仲介手段として人類史に登場しました。米や野菜などの大事なものを、一旦、交換するのですから、こんな海のものとも山のものとも分からないものと交換して大丈夫だろうか、ちゃんと自分の必要とするものと再び交換できるのだろうかという不安を振り払ってくれるものでなければなりません。

 そこで、最初は、金や銀などの貴金属がお金として使用されました。金や銀といった貴金属は必ず誰か(権力者や富裕層)が欲しがるという意味における価値の普遍性があり、その価値に依存することで物々交換の仲介手段としての信用を得ていたのです。

 しかし、紙幣のほうが持ち運びに便利なことから、政府がいつでも金銀と交換してくれるという役割を持つ紙幣が登場し、紙幣が金銀の代わりを務めるようになりました。紙幣でも、いざというときに政府が必ず金銀と交換してくれると信用出来ることで、お金として金銀の代わりができたのです。

 つまり、あくまでもこの場合の貨幣は金銀であり、紙幣は金銀の預り証または借用証にすぎません。

 紙幣の交換価値を金(gold)とリンクさせる体制を金本位制と言います。金本位制の下では、紙幣が貨幣と認められるためには、必ず金(gold)と交換出来ることが必須の要件であり、これを兌換紙幣(だかんしへい)と言います。

 金本位制は1971年まで続き、それまでは、貨幣は必ず金(gold)と交換できるので、お金としての役割を果たすことができるのだと人々は思っていました。

 ところが、それは、1971年、アメリカ大統領のニクソンによって、あっさりと、間違いであることが証明されてしまいました。これはニクソン・ショックとかドル・ショックとかと言われます。貨幣は貴金属主義から表券主義へと認識が改まりました。

 第二次世界大戦まで世界は戦乱が続き、通貨は不安定化していました。また、戦争中には金本位制も一時機能を停止し、各国は紙幣を独自に発行しても結構経済は回るものだという事実も経験済みでした。人々は表券貨幣に慣れていて、表券貨幣でも次の人が必ずなにかの物資と交換してくれるという強い信用が生まれていました。この信用は、次の次の人もなにかの物資と交換するであろうという信念と言って良いほどの強い信用です。そうやって、紙切れの貨幣による経済活動の訓練が出来ていたのです。

 しかし、第二次世界大戦当時はまだ貨幣の交換比率の混乱から来る不安があったために、金本位制への復帰が望まれていました。そこで、第二次世界大戦の終盤期1944年7月に、連合国通貨金融会議(45ヵ国参加)でブレトン・ウッズ協定が結ばれ、金1オンスを35USドルと定め、そのドルに対し各国通貨の交換比率を定め、各国通貨の信用を確立しました。

 しかし、アメリカ大統領のニクソンは、1971年8月15日、ドル紙幣と金との兌換一時停止を宣言し、ブレトン・ウッズ体制の終結を告げました。

 それで何が起こったかと言えば、ニクソン・ショックの2~3年後に各国通貨は固定相場制から変動相場制に移行したり、多少の景気変動があったりしましたが、そうしたわずかな動揺以外の重大な変化は何も起こりませんでした。世界経済は何の不都合も無く、不換貨幣を信用し続け、淡々と経済活動を行い続けました。

 世界は戦後の混乱期を脱しており、国家はしっかり紙幣を管理し、偽造されるリスクなども縮小していました。国家がしっかり数量を管理し、偽造の可能性の排除などの危機管理をやっていれば、必ずしも金銀と交換される必要はなく、紙幣だけで十分だということが証明されたのです。

 管理通貨制度になる前は、貨幣は金(gold)のことだったので、お金は貴重なもので、政府はその預り証にすぎない紙幣を手軽に増やすべきものではないという実感があったのですが、紙幣が主役となった管理通貨制度では「貨幣は物々交換の仲介手段にすぎない」という認識が一般的になっています。

 国家が何を管理していたかと言うと、貨幣のシステムであり、貨幣とモノとの交換比率です。金本位制であろうと、管理通貨制度であろうと、人々が「貨幣で必ず自分の欲しいモノを手に入れることが出来る」と信じることで貨幣が成り立っていたことが認識されたのです。

 つまるところ、国民は金(gold)が欲しかったのではなく、欲しかったものは、必ず生活物資と交換できるという信用であったという結末です。必ず生活物資と交換できるのなら、金銀であろうと、紙切れであろうと、何でも良かったという言い方も出来ます。

 砂漠で飢えている者にとって必要なものは水と食物であり、金銀財宝ではありません。金銀財宝があれば水と食物と交換できるという前提において金銀財宝を欲したのであり、だれも水と食物と交換してくれなければ、その飢えている者にとって金銀財宝は無価値です。

 実際、あらゆる経済活動において、貨幣の動きを抹消すれば、あとに物々交換の実体が浮かび上がります。

 ただし、交換されるモノやサービスには価値のズレが存在し、この場合の物々交換は必ずしも等価交換という意味ではありません。価値のズレは満足度という感情に関連しますから数値では測れません。価値のズレと概念的に近いものは利益とか搾取とかと呼ばれるものですが必ずしもこの二つは一致しません。双方共に得をしたという感情を持てば、それは経済的な意味における利益や搾取とは別の行為を意味するからです。

 金(gold)と紙幣の大きな違いは、それ自体に価値があるかどうかです。金(gold)は嗜好品や原材料として富裕層や企業が欲しがりますから、貨幣の役割が無くなったとしてもそれ自体に価値があります。

 しかし、紙幣というものはその紙幣で誰かが商品を売るから価値があるのであって、その紙幣に対して商品を売らないと言うことになると貨幣価値は無くなります。

 貨幣は何かの契約があって信用されているわけではありません。契約書などは存在せず、貨幣を差し出せば必ず交換に応じなければならないという法律もありません。ただ、ひたすら、次の人も、次の次の人も、その貨幣で必ず商品と交換してくれると信じることで貨幣として成り立っているのです。だから、最初は、貨幣は紙幣ではダメで、自分でも消費できる穀物、もしくは権力者や富豪が欲しがる金(gold)その他の貴金属でなければならなかったし、現在は、表券のみの紙幣でも良くなっているのです。

 誰も商品と交換してくれないのではないかという不安がよぎるようになると貨幣としての価値は無くなって行きます。そうならないように、(政府であろうと誰であろうと)誰かが懸命に支えれば、貝殻でも、紙切れでも、ビットコインでも、何でも貨幣になります。また、土地や機械などのあらゆる資産も広義の貨幣と考えられています。ドイツのハイパーインフレの鎮静化の目的で1923年に発行されたレンテンマルクは土地を担保とする土地本位の兌換紙幣でした。

 「金本位制」から「管理通貨制度」への移行は、経済学にとっても決定的に重大な出来事でした。それは政府財政の財源に関する認識の変更です。

 金本位制の下では、貨幣は文字通りの借用書です。金保有量以上の貨幣の発行は、金(gold)との交換を要求される可能性があり、そのときは必ず金(gold)と交換してやらなければなりません。したがって、政府が貨幣を発行するときは、政府の金保有量と一致していなければなりません。よって、事実上、各国政府に通貨発行権は無いも同然でした。

 政府が金(gold)との交換に応じられなければ、それは正真正銘のデフォルト(債務不履行)になります。よって、財政均衡は基本中の基本であり、政府は行政サービスや所得再分配よりも、財政均衡を優先せざるを得ませんでした。

 さらに、金融機関の信用創造による貨幣量の増加も支援出来ませんでした。例えば、金融機関の信用創造において、国民Aが金融機関に100万円を預金したとし、その後、その金融機関が国民Bに100万円分の担保と引き換えにその100万円を融資したとします。

 その時、国民Aが預金を引き出そうとすると、金融機関の手元には100万円がありませんから、金融機関は政府から借り入れ国民Aに100万円を引き渡します。そして、金融機関は国民Bから無事返済を受け政府に返済するか、国民Bの担保を競売にかけ現金に換金し政府に返済します。

 国民Bの担保を換金する時に、国民Bの担保の価値が、例えば、60万円に下がっていれば金融機関は政府に返済できるだけの現金を手に入れられませんから、40万円分のデフォルトを起こし金融機関は倒産します。

 しかし、金融機関の倒産だけでは済みません。政府にとっては、市場から60万円を回収しますが、40万円が回収できなくなり貨幣の過剰供給になります。そして、市場の貨幣量は40万円増加し、その増加した40万円について、政府の金(gold)の保有量は不足することになり、現金を金(gold)と交換しようとする取り付け騒ぎが起こったときに政府は財政破綻することになります。

 現実には、何とかごまかしたり、やりくりしたりして、そういうことは起こりませんが、原理としてはそういうことであり、度が過ぎると現実に政府は財政破綻します。金本位制では政府がデフォルトする可能性があるのです。

 重要なことは、管理通貨制度では、そうした政府および中央銀行のデフォルトは無くなり、財政赤字であろうと、金融機関の救済であろうと、インフレ要因であるに過ぎなくなったということです。

 

https://ameblo.jp/reisaiouen/entry-12351684938.html    零細応援 さんのブログより転載

 

はじめに

 

 ケインズは、説得論集で、インフレは金利生活者に損失を与え、デフレは労働者に損失を与えると言っています。

 この世に良いデフレなどというものはありませんが、インフレには、物価と賃金の上昇が同時に起きる良いインフレと、物価の上昇に賃金の上昇が追いつかない悪いインフレがあって、労働者にとって、良いインフレは常にあったほうが良いのです。なぜなら、良いインフレにおいては、常に実質債務は減少し、生産が拡大され、賃金の上昇が生産物の分配の増加を約束するからです。

 ケインズの生きたイギリスにおいて、ケインズが金利生活者を安楽死させる理論を展開し、労働者の利益を主張した時、ケインズは学会から追われ、あらゆる社会的地位を奪われ、経済学者の仲間は誰も耳を貸さなくなったといいます。それほど、ケインズを取り巻く支配層からの圧力は過酷なものでした。

 当時、金利生活者(富裕層)の利益を守るというイデオロギーは非常に強力で、平等を達成するというテーマは、当時の経済学からは到底導き出されるものではありませんでした。

 当時、平等は、純粋な政治的なテーマだと断定されていて、経済学の議論からは排除されていました。しかし、ケインズが、流動性選好理論と消費性向の理論によって、平等のテーマを経済学の中心に引っ張り込んでしまったのです。

 これには、投資家や債権者といった富裕層は怒りました。しかし、徐々に、ケインズ理論の正しさは広まって行き、やがて、それまでの経済学の常識をひっくり返すほどの真理の発見として称えられ、ついに、ケインズ経済学は一時期古典派経済学を追い出し経済学の主流になりました。

 たとえ、ケインズが富裕層にとって好ましくない人物だったとしても、ケインズほど複雑で理論的な分析をやった経済学者は存在せず、経済学者の誰もケインズ経済学を無視することなど出来なかったのです。

 そこで、富裕層の利益を守るという狂信者たちは、ケインズ理論を可視化するなどと言って、あえて、IS-LM分析などの間違った解釈をつけ、または、不況の時はケインズ政策が良く、景気が回復すれば自由放任が良いなどと言いくるめ、利子生活者の利益を守る政策をこっそり混入させる路線に転換しています。これらの経済学は、新古典派総合、ニューケインジアンなどと呼ばれます。

 これらの者たちが発表する全ての経済学説は、ケインズ理論をご都合主義的に取り入れるだけで、ケインズの悲願である平等を達成するというテーマはすっかり取り除かれています。

 つまり、流動性選好理論は単発的な財政政策によって解決出来ると言い、長期政策である税制と社会福祉政策は無力化されました。また、マクロ計量モデルなどを使って、制度的枠組みを変えても消費性向は変化しないと言い、長期的な貧困層と低所得者に対する所得再分配制度は否定されました。

 このような理由によって、現在では、富める1パーセントと貧困な99パーセントの間の格差の拡大現象が社会問題となり、以前よりも、ますます、平等が政治的な問題となっていると認識されています。

 しかし、これを妨害しているのが、日本のあらゆる経済学者です。彼らは、自分自身が経済学的権威主義による拘束の犠牲者であることに気がついていません。今、経済学者が何を目指しているかというと、どこで経済が均衡するかということ、つまり、どこで物価が収まるかということだけです。日本の経済学者たちは、古典派経済学の示した最初のテーマから脱出出来ない哀れな姿を晒しているだけです。

 日本の経済学者たちは、デフレが国民の貧困化をもたらしているのなら、物価を上昇させなければならないのに、むしろ、いかに政府の財政政策が物価のコントロールに対して無力であるかということ、そして、物価が上昇することによって、資本にどのような損失が生まれるかの研究に躍起になっています。しかも、その手の研究が経済学者としての権威になっています。だから、今、権威付けられている経済学理論は、もう当てになりません。

 人間の平等のテーマを、あらゆる政治的議論だけでなく、あらゆる経済学的議論にも引っ張り出さなければなりません。そう決心すると、平等の達成を目的とする経済学が、同じく、経済学的な問題である経済成長に関する問題、物価のコントロールの問題そのものであることが解ります。なぜなら、ケインズの言う通り、平等の達成を実現する経済政策だけが、経済学の長年の懸案である経済成長を達成し得るからです。

 経済学を学ぶにあたって、まず、最初の関門は格差を肯定するか、否定するかという、政治的動機の選択があります。経済学を学ぶ者たちに。まず、動機はどちらにあるのかを問いたいと思います。そうでなければ、テクニックとしてのケインズ経済学を学んだところで、あらゆる罠によって騙され続けるからです。

 むしろ、自分は優秀な人種に属するのだから、周囲はそれに敬意を払い、何らかの優遇が行われるべきだとする一種の選民思想が頭の片隅にあるのなら、どんな理論も格差を肯定する感情に牽引されますから、いっそのこと完全に金儲けの世界に身を置くのが良いでしょう。それは人間の性根というものであって、どんな説得も無駄ですから、止めはしません。ただし、私たちの敵となることは間違いありません。

 我々が何をしなければならないかの、スタンスを決めるために、「正しい経済学」を探しているわけではありません。すでに、我々には政治的、経済的に平等を達成するという目的があります。

 しかし、それが持続性のある正義となるためには、経済学による支持を得なければなりません。それゆえ、ケインズ経済学が登場したのです。

 ケインズは、我々以上に、平等の達成を飽くことなく追及した経済学者です。その鬼気迫る様子は、我々の指導者に留まらず、全人類の指導者であると表現しても良いほどです。しかも、それは、「欲しがりません、勝つまでは」という、つまり、平等の達成のために経済成長や財政問題を犠牲にするという、マルクス的な並立論ではなく、経済成長は平等の達成によって解決されるという因果関係を基礎とした、方法論的必然としての平等の追求です。

 資本主義はおそらく人類が最後にたどり着いた経済体制です。これ以上の経済体制はもう出てこないでしょう。

 しかし、国民が総じて幸福になるためには、マインドコントロールによる思い込みではなく、幸福という言葉の完全な意味において、それはケインズ経済学の結論でもありますが、一部の者に集中する利益を制限しなければなりません。その方法は税制と間接金融の活用です。

 富裕層に対する高税率、低所得者に対する低税率、貧困層は無税という税制、および、間接金融が機能し中小企業が投資できる金融制度です。これ以外に低所得者と貧困層が、人間らしい生活と、自分たちの平等の主張を取り戻すことは出来ません。

 つまり、常に、国民の総意による国家権力によって、資本主義という大枠を維持しながら、富裕層への富の集中を出来る限り制限し続けることが必要であり、長期の努力によって富裕層の富を制限して行かなければなりません。

 ケインズは、高額所得者や富裕層に負担を強いたので、学会から追われ、あらゆる社会的地位を奪われたのですが、この強気な姿勢はすばらしいものです。その強気の姿勢を貫く度胸が無いのなら、ケインズ経済学は成立しません。また、私たちが学ぶ意味としてのケインズ経済学もあり得ません。

 しかし、ケインズは、最初の敵は高額所得者や富裕層という経済主体でもなければ、政治家ですらないと言っています。ケインズは、しょせん彼らは経済学の知識という大海に漂う小船にすぎないと言っています。実際、政治家や一般国民は有識者と呼ばれる権威を身に着けた経済学者からの蔑視に耐え切れず、彼らの信任を得ようとします。そういう意味で、最初の敵は経済学者たちとなります。

 ケインズは「雇用・利子および貨幣の一般理論」の序文を、『本書の構築は著者にとって、脱出のための長い闘いでした。そして読者に対する著者の攻撃が成功するなら、読者にとっても本書は脱出に向けた長い闘いとならざるを得ません。それは因習的な思考と表現の形からの脱出なのです。ここでくどくど表現されている発想は、実に単純で自明だと思います。困難は、その新しい発想をすること自体ではなく、古い発想から逃れることです。その古い発想は、私たちのような教育を受けてきた者にとっては、心の隅々にまではびこっているのですから。』と結んでいます。

 現在、ケインズが「雇用・利子および貨幣の一般理論」を発刊したのが1936年、ケインズが亡くなったのが1945年、ケインズが亡くなってか73年が経ちました。それでも、ケインズ革命はいまだに達成されていないのです。

 

 

https://ameblo.jp/reisaiouen/entry-12351684938.html    零細応援 さんのブログより転載

 

はじめに

 

 ケインズは、説得論集で、インフレは金利生活者に損失を与え、デフレは労働者に損失を与えると言っています。

 この世に良いデフレなどというものはありませんが、インフレには、物価と賃金の上昇が同時に起きる良いインフレと、物価の上昇に賃金の上昇が追いつかない悪いインフレがあって、労働者にとって、良いインフレは常にあったほうが良いのです。なぜなら、良いインフレにおいては、常に実質債務は減少し、生産が拡大され、賃金の上昇が生産物の分配の増加を約束するからです。

 ケインズの生きたイギリスにおいて、ケインズが金利生活者を安楽死させる理論を展開し、労働者の利益を主張した時、ケインズは学会から追われ、あらゆる社会的地位を奪われ、経済学者の仲間は誰も耳を貸さなくなったといいます。それほど、ケインズを取り巻く支配層からの圧力は過酷なものでした。

 当時、金利生活者(富裕層)の利益を守るというイデオロギーは非常に強力で、平等を達成するというテーマは、当時の経済学からは到底導き出されるものではありませんでした。

 当時、平等は、純粋な政治的なテーマだと断定されていて、経済学の議論からは排除されていました。しかし、ケインズが、流動性選好理論と消費性向の理論によって、平等のテーマを経済学の中心に引っ張り込んでしまったのです。

 これには、投資家や債権者といった富裕層は怒りました。しかし、徐々に、ケインズ理論の正しさは広まって行き、やがて、それまでの経済学の常識をひっくり返すほどの真理の発見として称えられ、ついに、ケインズ経済学は一時期古典派経済学を追い出し経済学の主流になりました。

 たとえ、ケインズが富裕層にとって好ましくない人物だったとしても、ケインズほど複雑で理論的な分析をやった経済学者は存在せず、経済学者の誰もケインズ経済学を無視することなど出来なかったのです。

 そこで、富裕層の利益を守るという狂信者たちは、ケインズ理論を可視化するなどと言って、あえて、IS-LM分析などの間違った解釈をつけ、または、不況の時はケインズ政策が良く、景気が回復すれば自由放任が良いなどと言いくるめ、利子生活者の利益を守る政策をこっそり混入させる路線に転換しています。これらの経済学は、新古典派総合、ニューケインジアンなどと呼ばれます。

 これらの者たちが発表する全ての経済学説は、ケインズ理論をご都合主義的に取り入れるだけで、ケインズの悲願である平等を達成するというテーマはすっかり取り除かれています。

 つまり、流動性選好理論は単発的な財政政策によって解決出来ると言い、長期政策である税制と社会福祉政策は無力化されました。また、マクロ計量モデルなどを使って、制度的枠組みを変えても消費性向は変化しないと言い、長期的な貧困層と低所得者に対する所得再分配制度は否定されました。

 このような理由によって、現在では、富める1パーセントと貧困な99パーセントの間の格差の拡大現象が社会問題となり、以前よりも、ますます、平等が政治的な問題となっていると認識されています。

 しかし、これを妨害しているのが、日本のあらゆる経済学者です。彼らは、自分自身が経済学的権威主義による拘束の犠牲者であることに気がついていません。今、経済学者が何を目指しているかというと、どこで経済が均衡するかということ、つまり、どこで物価が収まるかということだけです。日本の経済学者たちは、古典派経済学の示した最初のテーマから脱出出来ない哀れな姿を晒しているだけです。

 日本の経済学者たちは、デフレが国民の貧困化をもたらしているのなら、物価を上昇させなければならないのに、むしろ、いかに政府の財政政策が物価のコントロールに対して無力であるかということ、そして、物価が上昇することによって、資本にどのような損失が生まれるかの研究に躍起になっています。しかも、その手の研究が経済学者としての権威になっています。だから、今、権威付けられている経済学理論は、もう当てになりません。

 人間の平等のテーマを、あらゆる政治的議論だけでなく、あらゆる経済学的議論にも引っ張り出さなければなりません。そう決心すると、平等の達成を目的とする経済学が、同じく、経済学的な問題である経済成長に関する問題、物価のコントロールの問題そのものであることが解ります。なぜなら、ケインズの言う通り、平等の達成を実現する経済政策だけが、経済学の長年の懸案である経済成長を達成し得るからです。

 経済学を学ぶにあたって、まず、最初の関門は格差を肯定するか、否定するかという、政治的動機の選択があります。経済学を学ぶ者たちに。まず、動機はどちらにあるのかを問いたいと思います。そうでなければ、テクニックとしてのケインズ経済学を学んだところで、あらゆる罠によって騙され続けるからです。

 むしろ、自分は優秀な人種に属するのだから、周囲はそれに敬意を払い、何らかの優遇が行われるべきだとする一種の選民思想が頭の片隅にあるのなら、どんな理論も格差を肯定する感情に牽引されますから、いっそのこと完全に金儲けの世界に身を置くのが良いでしょう。それは人間の性根というものであって、どんな説得も無駄ですから、止めはしません。ただし、私たちの敵となることは間違いありません。

 我々が何をしなければならないかの、スタンスを決めるために、「正しい経済学」を探しているわけではありません。すでに、我々には政治的、経済的に平等を達成するという目的があります。

 しかし、それが持続性のある正義となるためには、経済学による支持を得なければなりません。それゆえ、ケインズ経済学が登場したのです。

 ケインズは、我々以上に、平等の達成を飽くことなく追及した経済学者です。その鬼気迫る様子は、我々の指導者に留まらず、全人類の指導者であると表現しても良いほどです。しかも、それは、「欲しがりません、勝つまでは」という、つまり、平等の達成のために経済成長や財政問題を犠牲にするという、マルクス的な並立論ではなく、経済成長は平等の達成によって解決されるという因果関係を基礎とした、方法論的必然としての平等の追求です。

 資本主義はおそらく人類が最後にたどり着いた経済体制です。これ以上の経済体制はもう出てこないでしょう。

 しかし、国民が総じて幸福になるためには、マインドコントロールによる思い込みではなく、幸福という言葉の完全な意味において、それはケインズ経済学の結論でもありますが、一部の者に集中する利益を制限しなければなりません。その方法は税制と間接金融の活用です。

 富裕層に対する高税率、低所得者に対する低税率、貧困層は無税という税制、および、間接金融が機能し中小企業が投資できる金融制度です。これ以外に低所得者と貧困層が、人間らしい生活と、自分たちの平等の主張を取り戻すことは出来ません。

 つまり、常に、国民の総意による国家権力によって、資本主義という大枠を維持しながら、富裕層への富の集中を出来る限り制限し続けることが必要であり、長期の努力によって富裕層の富を制限して行かなければなりません。

 ケインズは、高額所得者や富裕層に負担を強いたので、学会から追われ、あらゆる社会的地位を奪われたのですが、この強気な姿勢はすばらしいものです。その強気の姿勢を貫く度胸が無いのなら、ケインズ経済学は成立しません。また、私たちが学ぶ意味としてのケインズ経済学もあり得ません。

 しかし、ケインズは、最初の敵は高額所得者や富裕層という経済主体でもなければ、政治家ですらないと言っています。ケインズは、しょせん彼らは経済学の知識という大海に漂う小船にすぎないと言っています。実際、政治家や一般国民は有識者と呼ばれる権威を身に着けた経済学者からの蔑視に耐え切れず、彼らの信任を得ようとします。そういう意味で、最初の敵は経済学者たちとなります。

 ケインズは「雇用・利子および貨幣の一般理論」の序文を、『本書の構築は著者にとって、脱出のための長い闘いでした。そして読者に対する著者の攻撃が成功するなら、読者にとっても本書は脱出に向けた長い闘いとならざるを得ません。それは因習的な思考と表現の形からの脱出なのです。ここでくどくど表現されている発想は、実に単純で自明だと思います。困難は、その新しい発想をすること自体ではなく、古い発想から逃れることです。その古い発想は、私たちのような教育を受けてきた者にとっては、心の隅々にまではびこっているのですから。』と結んでいます。

 現在、ケインズが「雇用・利子および貨幣の一般理論」を発刊したのが1936年、ケインズが亡くなったのが1945年、ケインズが亡くなってか73年が経ちました。それでも、ケインズ革命はいまだに達成されていないのです。

 


テーマ:

【米朝首脳会談】
共同声明全文 トランプ、金正恩両氏が署名

http://www.sankei.com/world/news/180612/wor1806120111-n1.html

http://www.sankei.com/world/news/180612/wor1806120111-n2.html

 

 

ロイター通信は12日、米朝首脳会談で署名されたトランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長の共同声明の内容を報じた。全文は以下の通り。

 

     ◇

 

 米国のドナルド・トランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長のシンガポール会談での共同声明。トランプ米大統領と金正恩朝鮮労働党委員長は、初の歴史的な首脳会談を2018年6月12日、シンガポールで開催した。

 

 トランプ大統領と金正恩委員長は新たな米朝関係の樹立と、朝鮮半島での恒久的で強力な平和体制を構築することについての問題に、包括的で詳細かつ真剣な意見交換を行った。トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を与えると約束し、金正恩委員長は朝鮮半島の非核化を完結するための固く揺るぎない約束を再確認した。

 

 新たな米朝関係の設立は朝鮮半島と世界の平和と繁栄に寄与すると確信するとともに、相互の信頼醸成が朝鮮半島の非核化を促進できると認識し、トランプ大統領と金正恩委員長は次のように宣言する。

 

(1)米国と北朝鮮は、平和と繁栄を求める両国民の希望通りに、新たな米朝関係の構築に向けて取り組む。

(2)米国と北朝鮮は、朝鮮半島での恒久的で安定的な平和体制の構築に向け、力を合わせる。

(3)北朝鮮は、2018年4月27日の「板門店(パンムンジョム)宣言」を再確認し、朝鮮半島の完全な非核化に向け取り組む。

(4)米国と北朝鮮は、すでに身元が判明している者の即時送還を含め、残る戦争捕虜/行方不明者の回復に取り組む。

 

 トランプ大統領と金委員長は、史上初の米朝首脳会談が、重要な意味を持ち、両国間の数十年に及ぶ緊張と敵対を乗り越えて新たな未来を開く画期的な出来事であったと認識し、この共同声明の諸条項を全面的かつ迅速に履行するよう努める。

 

米国と北朝鮮は、米朝首脳会談の成果を履行するため、ポンペオ米国務長官と北朝鮮側の対応する高官の主導による後続交渉を可能な限り早期に開催するよう努める。

 

 トランプ大統領と金委員長は、新たな米朝関係の発展と、朝鮮半島と世界の平和、繁栄、安全の促進に向け協力すると約束した。

 

2018年6月12日

セントーサ島 シンガポール

 

さて、これからの課題。

北朝鮮が韓国をまねて(特に日本に対しては)第2次世界大戦の連合国(戦勝国)として表舞台に出ようとする?
核武装が認められているフランス、中華人民共和国が果たして戦勝国かどうか、その矛盾を北朝鮮は熟知している。

 

日本政府は歴史戦を仕掛ける特定アジア連合のロジックを北朝鮮が米国がその存在を保障した一因として、フル活用してくることを当然予見していると思うが?

 

彼らは、辻本清美氏以下、既に国会議員を配下においていることをお忘れなく

よど号乗っ取り犯は、彼らの世界では、どの野党国会議員より格上の存在であることをお忘れなく

 

 

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