生前昭和一桁生まれの亡父は、事ある毎に「チョンを見たら泥棒と思え」「チョンを信用するな」と言っておりました。
「韓国」と云う国に興味が無かった頃の私は「人種や国籍で差別すべきじゃないわ。1人の人間としてみなきゃダメよ」と、亡父と良く口論しておりました。
今でも「人種」「国籍」「民族」等、本人の努力では変えようのない事で差別すべきではないと思っております。
でも、「韓国」と云う国を知り、「朝鮮人」と云う「民族」を深く知れば知る程、「分かり合えない」と思いました。
私には「理解出来ない民族」であり「彼らの主義・主張には共感・共鳴が出来ない所か受け入れられない」と感じました。
ですので、「一切関わりたくない」が、私の正直な気持ちであり
「区別」しようと思いました。
人権派の方達からすれば「差別と同じだ」と言われるでしょうが、
「違います」。
どうしても関わらなくてはいけない時には
「信用してはいけない」と思って接する。
自衛行為です。
亡父の晩年に「お父さんの言う通りだったわ。アノ民族を信用するのは危険以外の何物でもないわ」と、私が言った時に父はため息をついて「良かった」と言いました。
その後、何故あれほど朝鮮民族を忌み嫌ったのか、その理由を話してくれました。
「竹林はるか遠く」をご存知の方は、大東亜戦争敗戦直後の朝鮮で、朝鮮人が日本人に対してどの様な事をしたかは御存知だと思います。
私の大叔母(亡父の叔母)一家は、戦前に朝鮮に渡り
誰一人返っては来ませんでした。
技師であった大叔父と共に大叔母は朝鮮に渡りました。
周囲は「危険だと」反対しました。祖父の末妹であり年の近かった大叔母を、姉の様に慕っていた亡父も心配したそうです。
ただ1人、亡き祖父は「朝鮮も日本だ。何を心配する必要があるか」と言って笑って送り出しました。
「ご近所の皆さんとも仲良く暮しております。」と季節毎に送られてくる大叔母の便りに「要らない心配をした」と皆で笑っていました。
大東亜戦争が勃発し、大叔母と娘は本土に帰ってきてはどうかと、心配して伝えたそうですが、「自分達が帰国すれば周りの皆さんが要らぬ心配を致します。ここも日本ですからご安心下さい」との返事がありました。
この時、「そうだ朝鮮も日本なのだから。どこにいても同じだ」と亡父は思ったそうです。
戦争末期には大叔母一家との連絡が途絶え心配してはいましたが、朝鮮も同じ日本の国だとの気持ちは変わらず、本土も空襲があるから危険なのはどこに居ても同じだと皆思っていました。
終戦後引揚者が帰国する度に大叔母一家が居るのではないかと迎えに行ったそうです。
でも、引揚者の中に大叔母一家の姿はありませんでした。
ある日、大叔母一家に朝鮮で世話になったという方が尋ねて来ました。
安否を気遣う家族にもたらされた話は、辛いものでした。
自分達が駆けつけた時には、大叔母と大叔父それに当時10歳になる娘は殺されていた。
「仲良く一緒に暮していたのに、日本が戦争に負けたと知ったら、あいつらは自分達日本人を襲った」
「バラバラでは危ないからと、女子供しか居ない家から声を掛けたが
間に合わなかった」
「逃げる間にも、多くの仲間があいつらに殺された」
「助けられませんでした。申し訳ありません」とその方は、何度も何度も謝られたそうです。
どの様に殺されたのか聞きました。
「女は幼い子供も何も着ておりませんでした。
遺体は酷い有様でした」
「あいつらは人間の皮を被った獣です」と言われました。
祖父は亡くなるまで、大叔母一家が朝鮮に渡るときに笑って送り出した事を悔やんだそうです。
ですが、祖父は「朝鮮人だからと言って恨むな」「変な先入観で相手を見てはいけない」と言っていました。
祖父の言葉に父は「殺しても飽き足らない」程に朝鮮人を憎んだが、その憎しみは朝鮮で大叔母たちを殺した者たちに向けるべきで、日本にいる朝鮮人には関係ないと自分に言い聞かせたそうです。
その亡父が朝鮮と云う民族全てに対して「チョンを見たら泥棒と思え」「チョンを信用するな」となったのは、商売をしていた幼馴染が朝鮮人達によって自殺に追い込まれたからです。
小さな商店を営んでいた彼は、人種差別をする事なく朝鮮人を雇っていました。この朝鮮人がお店のお金を持ち逃げした為に、店を手放さなくてはならなくなりました。
彼の店は朝鮮人の手に渡りました(日本名を名乗っていましたが、当時は整形手術で改造しておりませんでしたので、朝鮮人は特徴的な顔の為一目見れば分かったそうです。母も朝鮮人は一目で分かると言います)
そこまでだったら亡父も一民族に対してこれほどの感情は抱かなかったでしょう。
「商売は時の運。何故自殺するくらいに困っていたなら俺に何故相談してくれなかったか」と亡父は思ったそうです。
遠方で、友人の困窮に気付けなかった事を悔やんでおりました。
父が許せなかったのは、友人の店を買ったのが、店の金を持ち逃げした男の義兄と知ったからだそうです。
「あいつらは汚い。初めから仕組んでいたんだ」と亡父は言います。
亡父の言葉が正しいのかどうかは分かりません。店を持ち逃げした犯人が捕まらなかったからです。
いえ、当時(終戦後)の混乱期には、朝鮮人には警察は何の力も無かった。
そんな時代です。
亡父の話を聞いて、私は朝鮮人は絶対に信用しない。と思いました。
これは「差別」ではなく「区別」です。
わたしの自衛行為です。
私の考えに対しては、賛否両論あるでしょう。
亡父の被害妄想だと思われる人もいるでしょう。
ですが、私は亡父を信じます。
拙文を最後までお読み頂きまして有り難うございます。
追伸:反論、異論のある方はコメ欄にご記入下さい。どの様な意見でもお載せいたします。その意見を読んで、どう判断するかは個々人に任されていると、私は思いますので。
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「高き屋に、のぼりて見れば煙立つ、民のかまどは賑わいにけり」
という『御製』 があります。この『御製』は第16代天皇・仁徳天皇が詠まれました。産経新聞を応援する会は、皇室が受け継がれる思いやりの心の前にすべての国民が平等とするのが日本国であると述べてまいりました。「思いやりの心の前」とはどういう意味かとの問い合わせに関しては、あえて順番(序列)をとのことなら陛下が零番(適切かどうかは別にして)、「すべて平等」とはどういう意味かの問い合わせに関しては、どうしても順番(序列)にこだわるのなら、国民個々の努力と考え方、価値観次第で、10番にも1番にも 0.1番にも0.01番にもなれること、思えることとお答えしています。今日の世界では、どこの国の元首も人民の幸福を願うことが当たり前になっていますが、もともと、世界標準の一般的な帝王とは、土地と人民を一元的排他的に隷属支配する絶対権力を意味していました。
庶民万民を宝とされ「おほみたから」と呼ばれた皇室もしくは王室は
日本以外にありません。
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