日本人の心の中の天皇観が大切 | 産経新聞を応援する会

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【正論】比較文化史家、東大名誉教授・平川祐弘
2010.2.18 03:16

このニュースのトピックス:正論
 ■日本人の心の中の天皇観が大切

 ≪「立憲君主制」の発見≫

 徳川幕府は1866年、14人の俊秀を英国に留学させた。英国は阿片(あへん)戦争で中国を破ったが、これは英邁(えいまい)な君主がいるからだと日本人や中国人は考えていた。ところが高名な政治学者ジョン・スチュアート・ミルは「君主ハ国政ニ関与シナケレバシナイホド良イ」と説いている。「西国ノ君、大イニソノ智ヲ用フレバ、則チソノ国大イニ乱レ」た、これは歴史に徴して明らかだ、とミルがいうので留学生の中村正直は驚いた。

 その英国で王は自分の意志で「タヤスク一令ヲ出スヲ得ズ。一人ヲ囚繋(しゅうけい)スルヲ得ズ」。悪者一人捕縛(ほばく)投獄できない、予算決定も宣戦布告も議会の承認が必要だ、「軍国ノ大事ハ、民人ノ公許ニ非ザレバ挙行スルヲ得ズ」。

 だが秀才中村は「自由トハ、政治支配者ノ暴虐カラノ心身ノ安全保護ヲ意味スル」というミルの考えを理解し、合点した。そして君主の権に限界を定める近代西洋の立憲君主制の価値を発見した最初の東洋人となった。幕府瓦解後、帰国した中村は、薩長新政府が絶対君主制を造ることを警戒し、このミルのOn Libertyを明治5年に邦訳した。『自由之理』は広く読まれ自由民権運動のバイブルとなり、大日本帝国憲法における天皇の地位の確定に貢献した。

 立憲君主制を可とする伊藤博文の憲法解釈を踏まえた一木喜徳郎や美濃部達吉の学説は天皇機関説と呼ばれた。特色は「統治権は天皇に最高の源を発する」という形で天皇主権の原則を認めるが、しかし同時に天皇の権力を絶対無限のものとみることに反対した。

 統治権は天皇個人の私利のためでなく、国家の利益のために行使されるものだから、国家はその利益をうけとることのできる法人格をもつ、したがって統治権の主体であり、天皇は法人としての国家を代表し、憲法の条規に従って統治の権能を行使する最高「機関」であると規定した。天皇の国務上の大権は大臣の輔弼(ほひつ)=進言なしに行使することは憲法上不可能とする原則を立てたのである。

 ≪クローデル仏大使の歴史観≫

 大正年間、日本大使だったフランス詩人クローデルはロシアの皇帝(ツァー)やドイツの皇帝(カイゼル)と違う日本の天皇の特色に気づき「天皇になにか特別の[国政上の]行為があると考えるのは不適切で不敬であろう。天皇は干渉しない」と政治学的に判断し、ついで「天皇は、日本では、魂のように現存している。天皇はつねにそこに在(あ)り、そして続くものである。天皇がいかにして始ったのかは誰も正確には知らないが、天皇が終わらないだろうことは誰もが知っている」(『朝日の中の黒鳥』)と述べた。

 天皇とは何か。その定義は判断する時と人で異なる。クローデルは大正デモクラシーの時代、日本精神史の中で天皇の意味を考えた。今の新聞の多くは1946年憲法の文面をめぐり論じている。「国政に関する権能を有しない」天皇は「内閣の助言と承認」により国事行為を行うとする。そこまではいいが、その解釈をめぐり深刻な対立が見られる。小沢民主党は多数党政権の意のままに天皇を利用してよいと考えた節があるからだ。

 占領下に制定された憲法の定義よりも日本人の心の中で歴史的に形作られた天皇にまつわる見方を私は大事にしたい。クローデルがいうように、そんな天皇家は卑近な国政の外にあって、万世一系という命の永続の象徴性によって、日本人の永生を願う心のひそかな依りどころとなっている。わが皇室は続くことに第一義的な意味がある。なにとぞ政府は皇統の維持を容易にするよう皇室典範改正にも配慮していただきたい。

 ≪万世一系の精神史的意味≫

 国民が皇室に寄せる敬愛は、天皇家とともに日本が(古風な表現をするなら)天壌無窮(てんじょうむきゅう)に続く祈りの気持に発している。天皇家は、伊勢大神宮が示すように、我国の神道の根源に連なるお家柄で、歴代の天皇は祖先の神を敬い、きちんと祭祀(さいし)を行うことがつとめである。陛下と国民はその祈りの気持によって結ばれている。

 地震の被災者は天皇皇后のお見舞いに心慰められる。国のために殉じた人の遺族は陛下のご参拝によってはじめて安らぎを覚える。それは被災者や遺族に物質的な救援が届いたからではない。「有難い」と感ずる精神的な慰藉(いしゃ)が尊いのだ。天皇は敗戦後の憲法の定義では国民統合の象徴だが、歴史に形作られた定義では民族の永続の象徴である。個人の死を超え、世代を超え、永生を願う気持こそ天皇と国民を結ぶ紐帯(ちゅうたい)である。祈りを通じ国民と共にある陛下であればこそ国民は感動する。

 皇室は親善外交をさらに行えと世間は主張する。ご高齢の両陛下はつとめておられるが、皇室の政治利用に過ぎはしまいか。中国で後継候補と有力視される人は外遊で箔(はく)をつけたがる。隣国の国内政治に皇室が手を貸さなくてもよいではないか。林彪はじめ「次」を狙う人がまま失脚したのが中国だ。それを忘れてはならない。(ひらかわ すけひろ)


       すめらみこといやさか