神社の本殿に安置されているご神体はすべて鏡である
鏡は三種の神器であると同時にご神体そのものでもある
だがその理由が公式に明かされたことはない
神主さんに聞いら何か教えてくれるのだろうか
どんな質素な神社でも
鏡がひとつ祀ってある
人間がありがたがって神にすがる思いで覗き込んだ先は
何の変哲もない鏡
そして何の説明もない
まるで禅問答のようである
その時が来たので
秘密を解き明かすことにする
ご神体が鏡の理由
それは文字通り
「あなたが神様です」
というメッセージ
ただそのままでは
誰も神様としての実感はないだろう
「あなたが神様です」というメッセージだけならば
わざわざ鏡を使わなくても文字にしてくれれば事足りる
それをなぜ鏡を通して伝えているかというと
『自らを外側から見ることができれば神となる』
ということを教えてくれているのである
ここで量子力学を思い出してほしい
粒子はあらゆる空間に同時に点在していて
観察者が観察した瞬間にひとつの場所に実体として定まり現れる
観察者効果とも呼ばれるこの法則が
神のなぞを解き明かしている
自分は何者でもない
あらゆる空間を漂っているただの可能性に過ぎない
観察者が観察するまでは
他人も観察者になり得るが
自分の世界のオーナーは自分であるから
自らが観察者として観察した時にのみ
自分のあらゆる可能性を集約させ万能の神となることができる
自分という存在を自らの内側の箱から出て観測できた時
そこに神がいるということ
厳密には神の可能性があるということ
これ
さらに難解なのが
あなたに神の才覚がある
というところまでは掴める人には掴める感覚だろうが
あくまでも鏡の中のあなたが神ということを示しているのだ
客体である鏡の中のあなたは神になれるけれど
鏡を取り払ってしまえば
途端に内側の視点に埋没して何者でもなくなってしまう
ただの点在する可能性になってしまうというわけだ
それでも鏡を祀っているのは
それが強力なツールになりうるからだ
古代において自らを映す鏡自体も貴重だった
だが鏡自体に価値があるというよりは
鏡の使い方に価値がある
神の力を宿らせるツール
鏡の中に自分にむかって
あなたは何者なのかを定義してみてほしい
例えば
他人を見る時は瞬間的に「強そう」「綺麗」「偉そう」
とかの印象を抱くのとおなじようになるまで
かたや
自分の姿をみるとなると
よほどのナルシストでもない限りは
粗を探してしまうのではないだろうか
粗にフォーカスすると
粗である可能性が集約していき
粗が育って現れるだけである
ならば
逆をやってみると奇跡が起こる
他人に見られたいように
まずあなた自身が鏡の中のあなたを見てあげてほしい
自分を洗脳できるくらいまで
その強い視線を注ぎ続ければ
必ずそういう人になる
100%なりたい自分になれる必殺技だ
なりたい自分になれる力は神の力ともいえる
だってそれを使えば神様にだってなれるわけだから
鏡の中の自分にむかって
「あなたは〇〇だ」
となりたい自分像を語りかけてみて
毎日一分ずつ
100日間ずっと
100日で全ての細胞は再生されるので
100日だけ継続してほしい
まず一週間でも続けられたら
その効果を目撃することになると思う
これ以上簡単な願いの叶え方は他にないから
この鏡の使い方があまりにも強力だから祀られているのだ
魔法の鏡だから