山林王・多治見家の外観の撮影は、岡山県成羽町吹屋にある広兼邸が使用されました。


広兼邸 2008.11.02

 

このお屋敷は江戸時代、銅山経営で巨万の富を築いた庄屋、広兼氏が建てたもので、現在は一般に公開されています。


広兼邸 2008.11.02

 

なお多治見家邸内の撮影は、大船撮影所のスタジオに建てられた大規模なセットで行われました。


広兼邸 2008.11.02

 

広兼邸

 

 大野路の庄屋をつとめていた広兼家は、享和文化の頃(1801~1817年)二代目元治が小泉鉱山を経営し、合わせて弁柄の製造により、財産をなして、今みられるお城のような邸宅を建てました。この武者返しのような石垣は、現在約半分が土に覆われていますが、石積みの見事さは他に類を見ないほどです。また、向かいの山には花木を植え込んだ衆楽園と称する大きな庭園があり、当時の豪奢な生活をしのばせています。

環境省・岡山県

 

※案内板より転載

 

広兼家は中野村の大庄屋でしたが、坂本の谷本、西江両家によって採掘され始めた本山鉱山の経営に、少し遅れて享和(1801~1803)から参入しています。ベンガラの一次原料である硫化鉄鋼を掘り出し、二次原料のローハを製造して吹屋のベンガラ窯元へ送りました。昭和初期の閉山まで3家が独占経営して巨富を築きました。


広兼邸 2008.11.02


正面のアプローチは、まず石垣にむかって登って行き、長大な長屋とそそり立つ二層の楼門と向かい合います。

 

広兼邸 2008.11.02
広兼邸 2008.11.02
広兼邸 2008.11.02

 

春代が辰弥と美也子を迎えた場所です。また祟りを恐れパニックとなった村人が、辰弥を私刑するため押し寄せたのもここです。

 

その先に二階建の楼門。


広兼邸 2008.11.02
広兼邸 2008.11.02
広兼邸 2008.11.02

 

二階は「不寝番部屋」。ここに守衛が24時間常駐して、人の出入りをチェックしていたということです。

 

楼門二階の不寝番部屋への立ち入りは禁止されていますが、ほぼ同じ高さの庭から見る下界の景色。


広兼邸 2008.11.02

広兼邸 2008.11.02

 

道路はアスファルトで固められていますが、眼前に連なる山々が山林王(実際は銅山王)のお屋敷であることを実感させます。

 

長大な長屋と出入口を守る楼門の背後には、ご覧のような豪奢な母屋がそびえています。


広兼邸 2008.11.02

 

式台玄関まわり


広兼邸 2008.11.02
広兼邸 2008.11.02

 

玄関は庄屋など上層の家だけに許されていました。

 

座敷床の間


広兼邸 2008.11.02

 

長押(なげし)は面皮材にベンガラスス塗りで、肩の張らない感じである。床の間脇が違い棚ではなくて、上下2段の押し入れになっている所が素朴さを感じさせる。

 

入口土間から客間まで、四間流れの部屋の連なりを客間側から見た様子。
広兼邸 2008.11.02

 

控の間、店の間までは天井は低く根太天上で、建具は縦舞良戸であるが、玄関と客座敷も天井は高い棹縁天井で、建具は黒縁のふすまとなっている。

 

くどのある土間からいろり端を見た様子。


広兼邸 2008.11.02

 

上部は吹き抜けで梁が何本も架かる。階段の奥が家族居間。階段は吊上げ式で、ふだんは上げておく。二階は女中部屋や物置となっている。斜め奥に見える控えの間は現在、入館受付になっています。

 

入館受付横、ピンク電話のあたりから見た様子。


広兼邸 2008.11.02

 

正面引き戸の奥は料理場、左手奥は漬物置き場になっています。

 

長屋前から見た母屋の様子。母屋左に見える屋根の下は水汲み場です。岩の間から湧きだす清水を溜める井戸のようなものがあり、水神様が祀られています。


広兼邸 2008.11.02

 

母屋の創建は、文化7年(1810)ころとされています。

 

背後の長屋には番頭部屋をはじめ、下男部屋や下女部屋など使用人の住まいになっています。


広兼邸 2008.11.02

 

手前が下男部屋、奥が番頭部屋


広兼邸 2008.11.02

 

この他にも農作業部屋や厩、厠なども設けられています。

 

母屋の東位置する茶室を備えた離れ座敷は、大正期に建てられたものです。


広兼邸 2008.11.02

 

離れの右手には三つに区切られた土蔵があり、その奥にも乗馬用厩に隣接した土蔵があります。


広兼邸 2008.11.02

 

この他、母屋の裏にも土蔵があり味噌蔵が併設されています。

 

広兼邸の敷地面積2,581平米、母屋323平米、離れ座敷117平米、長屋103平米、土蔵153平米、楼門8平米です。ローハ(緑礬)製造によって得た富が、いかに巨大であったか、この豪奢なお屋敷が物語っています。

 

映画のクライマックスともいえる紅蓮の炎に包まれて焼け落ちてゆく多治見家の炎上シーンが撮られたのはここではありません。


広兼邸 2008.11.02

 

これよりはるか北、明地峠を越えたおとなり鳥取県の日野町です。明地峠から見下ろせるこの集落に広兼邸を似せたオープンセットを建てて撮影が実施されました。


明地展望駐車場 2014.05.08
明地展望駐車場 2014.05.08

 

炎上シーンなどのために建てられたオープンセットは、当時の金額で1500万円。建ててしばらく風雨にさらし、古さを醸し出すという念の入れようだったということです。

 

【松竹映画「八つ墓村」ロケ地】八つ墓村遠景・明地峠展望駐車場【鳥取県日野郡日野町門谷】

 

◆参考文献
「山陽新聞サンブックス 備中吹屋」 山陽新聞社 発行

 

高梁市ホームページ 観光情報

◆施設概要

名称 広兼邸
所在地 岡山県高梁市成羽町中野1710
電話 0866-29-2222 (成羽町観光協会吹屋支部)
開館時間 8:30~17:00
休館日 12月29日~31日
入館料 大人300円、小中学生150円(団体割引あり)

駐車場 35台(バス5台含む)

アクセス
備中高梁駅より車で50分
岡山自動車道・賀陽ICから車で60分
中国自動車道・新見ICから車で60分

備考 AEDを設置しています