幸せなら

少しくらいのこと

気にならなくなる


嫌なこと言われても

あ〜

そー言う人なんだ〜

思える

嫌なこともしてないし

良いこともしてない


なんとでも言って〜

って感じ

その人を

憎たらしいとも思わないし

可哀想とも思わない

そー言う人なんだ…と


人に対して

嫌なことや

憎たらしいこと

言いたくはない

そんな自分が嫌だから

冷たいと言われるかも知れないが

人は人

お好きにどーぞ


嫌なこと言われて

傷つく人がいる

私だって若い頃は

傷ついてた

悲しくて

辛くて

だけど

人の心は変えられない

そー言う人は

そー言う人なんだから

いちいち反応は必要ない


どうすればいつもHAPPYでいられるか

それだけ考えていれば

自ずと

HAPPYでいられる

それに

幸せは

伝染する


後何年生きられるかわからないが

時間には限りがある

無駄な時間は使いたくない

HAPPY満載で終わりを迎えたい


先日

四国八十八ヶ所巡礼で

徳島周辺を回った

1番難関らしい十二番札所

焼山寺


こんな山道を登って

辿り着いた

これを歩いて登る人もいるってこと


登った先は

とても素敵な景色


枝垂れ桜が満開


駐車場からも少し歩く

入り口で

写真を撮ったら


虹が写った

良いことありそうな予感


境内には大きな杉の木

人と比べるとその大きさが分かる

とても厳かな所

他とは違う

静けさがあった


巡礼を始めて

まだ4分の1ほどだけど

少し気持ちが変わったような…

自分を見つめると言うか

自分はどうであれば良いのか

とか


納め札という紙に

名前と住所と願いを書いて納めていき

般若心経を唱え

願いを一つ

(いくつでも良いのだろうが)

私は一つ

でも

先日行った時

丁度

小学生のお子さんが亡くなって

その犯人が判明した日

ご冥福をお祈りすることとした

そして

争いのない世の中に

巡礼してるうちに

少しづつ

考え方や気持ちが

変わってきてるような気がする

でも

まずは自分を見つめること

見つめ直すことなんだろうなと思う


悟ったようなこと言ってるが

何も悟ってはいない

自分が大事だし

自分が好き

でも

そうしてると

人も好きになる

他人も大事になる

人は傷つけてはならない 

それだけは

確かな事