昨日に続き・・
また海老蔵さんの事だけど・・
市川海老蔵さん 会見の内容
市川海老蔵さんは黒いスーツに白いシャツ、黒いネクタイの姿で午後2時半すぎから始まった会見の会場に現れました。
市川海老蔵さんは記者会見で、今の気持ちについて「わざわざご報告するようなことではないかもしれませんが、ご報告することもひとつの義務なのかなと思います。
昨日、夜に妻、麻央が旅立ちました」と述べました。
海老蔵さんは会見で「家族の時間や家族でしなくてはならないことがあるなかで、思った以上にみなさまに伝わったのが早かった。急きょ、みなさんに時間を作っていただいたのも多くのかたにご迷惑がかからないようまた、ブログやアナウンサー時代から妻を応援してくださった方々にご報告するためにこのような時間を設けさせていただきました」と述べました。
海老蔵さんは会見で「彼女が旅立つ前に「愛してる」と言って旅立ったことが、自分がこんなに愛されていたということがよくわかっていたんですけど、最後の最後まで愛していてくれたことに、なんともいえませんね」と涙で言葉を詰まらせながら話しました。
市川海老蔵さんは記者会見で、麻央さんとの最後のときについて「昨日、お母様からラインがきてすぐに見ることはできませんでしたが、約1時間半ほど遅れて見たところ、『具合が悪い。お医者さまも来ていて、家族を呼んだほうがいい』という内容でした。私もあわてて家に帰りました。まだ麻央は、この世にいてくれて、たまたま本当にたまたまなんですけれども、私がちょうど妻の前に座って呼吸が苦しそうだったので、『大丈夫かな』と思いました。これは本当に不思議な話ですけれども息を引き取る瞬間、これは本当に不思議なんですけど彼女が『愛してる』と言った。彼女が、そのひとことを言って、本当に言ってそのまま旅立ちました。泣いちゃいますよね」と悲しみを語りました。
市川海老蔵さんは記者会見で、妻の小林麻央さんについて「本当に笑顔と勇気と愛情がありどんな状況でも相手のことを思いやる気持ち、愛の力が最後までぶれなかった」と話しました。
また、麻央さんの存在について、「わたしのどんな部分もどこまでも愛してくれていたので、できればずっといっしょにいて、わたしが先に逝って、もっと幸せになってほしかった。私が役者として成長していく過程をずっと見守ってほしかった存在です」と話していました。
市川海老蔵さんは記者会見で、闘病のなかで笑顔を絶やさなかった麻央さんの生き方について、「笑顔と勇気、それに愛情、そして決してぶれない自分やどんな状況でも相手のことを思いやる気持ちが最後までぶれず、おとといまで笑顔で話していました。われわれ家族も急にこうなってしまったので、戸惑った部分はとても多かったです」と述べました。
海老蔵さんは麻央さんが自宅で最期の時を過ごしたことについて「家族や親戚もずっとそばにいられたので、すごくよかった。私は父を病院で亡くしているので、病院のときとは違う。家族とともに一緒にいられたのは本当にかけがえのない時間を過ごせたと思います」と述べました。
海老蔵さんは「彼女は、『自分が元気になったら病気が治ったら多くの人の救いになる、そんな存在になりたい』と、一生懸命闘いました。その思いから彼女はブログを始めたんですが、ブログで同じ病の人たちや苦しんでいる方々と悲しみや喜びを分かち合う妻の姿を見て、すごい人だなと感じました。彼女から教わったこと、今後も教わり続けることは「愛」なんだと思います」と話しました。
市川海老蔵さんは記者会見で、2人の子どもたちの様子について「長女の麗禾はきのうずっと麻央のそばを離れませんでした。そして、彼女の横で寝るといって、寝てました。長男の勸玄はまだ分かっていないところもあって、きょうの朝も、2人で麻央の顔を触ったり、足をさすったりしたほか、手を握っていました。そういうところを見ると、私が今後、背負っていくもの、やらなくてはならないことなど子どもたちに対してとても大きなものがあるなと痛感しました」と述べました。
市川海老蔵さんは最後に23日会見を開いたことについて「麻央のブログに励まされた方がいるということで、このような形をとらせていただいた」と述べました。
そのうえで、「麻央はきのう、先に旅立ちましたが、麻央のことを応援してくれた方々、ともに戦っている方々、皆様のそばにいると思います。本当にいろいろありがとうございました」と感謝の気持ちを述べ、会見を締めくくりました。
市川海老蔵さんは記者会見で、今の気持ちについて「わざわざご報告するようなことではないかもしれませんが、ご報告することもひとつの義務なのかなと思います。
昨日、夜に妻、麻央が旅立ちました」と述べました。
海老蔵さんは会見で「家族の時間や家族でしなくてはならないことがあるなかで、思った以上にみなさまに伝わったのが早かった。急きょ、みなさんに時間を作っていただいたのも多くのかたにご迷惑がかからないようまた、ブログやアナウンサー時代から妻を応援してくださった方々にご報告するためにこのような時間を設けさせていただきました」と述べました。
海老蔵さんは会見で「彼女が旅立つ前に「愛してる」と言って旅立ったことが、自分がこんなに愛されていたということがよくわかっていたんですけど、最後の最後まで愛していてくれたことに、なんともいえませんね」と涙で言葉を詰まらせながら話しました。
市川海老蔵さんは記者会見で、麻央さんとの最後のときについて「昨日、お母様からラインがきてすぐに見ることはできませんでしたが、約1時間半ほど遅れて見たところ、『具合が悪い。お医者さまも来ていて、家族を呼んだほうがいい』という内容でした。私もあわてて家に帰りました。まだ麻央は、この世にいてくれて、たまたま本当にたまたまなんですけれども、私がちょうど妻の前に座って呼吸が苦しそうだったので、『大丈夫かな』と思いました。これは本当に不思議な話ですけれども息を引き取る瞬間、これは本当に不思議なんですけど彼女が『愛してる』と言った。彼女が、そのひとことを言って、本当に言ってそのまま旅立ちました。泣いちゃいますよね」と悲しみを語りました。
市川海老蔵さんは記者会見で、妻の小林麻央さんについて「本当に笑顔と勇気と愛情がありどんな状況でも相手のことを思いやる気持ち、愛の力が最後までぶれなかった」と話しました。
また、麻央さんの存在について、「わたしのどんな部分もどこまでも愛してくれていたので、できればずっといっしょにいて、わたしが先に逝って、もっと幸せになってほしかった。私が役者として成長していく過程をずっと見守ってほしかった存在です」と話していました。
市川海老蔵さんは記者会見で、闘病のなかで笑顔を絶やさなかった麻央さんの生き方について、「笑顔と勇気、それに愛情、そして決してぶれない自分やどんな状況でも相手のことを思いやる気持ちが最後までぶれず、おとといまで笑顔で話していました。われわれ家族も急にこうなってしまったので、戸惑った部分はとても多かったです」と述べました。
海老蔵さんは麻央さんが自宅で最期の時を過ごしたことについて「家族や親戚もずっとそばにいられたので、すごくよかった。私は父を病院で亡くしているので、病院のときとは違う。家族とともに一緒にいられたのは本当にかけがえのない時間を過ごせたと思います」と述べました。
海老蔵さんは「彼女は、『自分が元気になったら病気が治ったら多くの人の救いになる、そんな存在になりたい』と、一生懸命闘いました。その思いから彼女はブログを始めたんですが、ブログで同じ病の人たちや苦しんでいる方々と悲しみや喜びを分かち合う妻の姿を見て、すごい人だなと感じました。彼女から教わったこと、今後も教わり続けることは「愛」なんだと思います」と話しました。
市川海老蔵さんは記者会見で、2人の子どもたちの様子について「長女の麗禾はきのうずっと麻央のそばを離れませんでした。そして、彼女の横で寝るといって、寝てました。長男の勸玄はまだ分かっていないところもあって、きょうの朝も、2人で麻央の顔を触ったり、足をさすったりしたほか、手を握っていました。そういうところを見ると、私が今後、背負っていくもの、やらなくてはならないことなど子どもたちに対してとても大きなものがあるなと痛感しました」と述べました。
市川海老蔵さんは最後に23日会見を開いたことについて「麻央のブログに励まされた方がいるということで、このような形をとらせていただいた」と述べました。
そのうえで、「麻央はきのう、先に旅立ちましたが、麻央のことを応援してくれた方々、ともに戦っている方々、皆様のそばにいると思います。本当にいろいろありがとうございました」と感謝の気持ちを述べ、会見を締めくくりました。
文・ 3.nhk.