【第10回 王室に勤めんとして馬騰 義兵を挙げ  父の讐を報ぜんとして曹操 師を興す】


~その6~(通算100回)
『悪来』



郭嘉は曹操と天下を論じ合う中で、かの光武帝の血を引く、淮南郡成徳県の劉曄(リュウヨウ)、字は子揚を推挙した。
劉曄は曹操に招かれると、2人の逸材を推挙した。1人は満寵(マンチョウ)、字は伯寧で、山陽郡昌邑県の人。もう1人は呂虔(リョケン)、字は子恪で、兗州任城の人である。曹操もかねてより彼らの評判を聞いていたので、2人を招いて軍の従事とした。
すると今度は満寵・呂虔が、陳留郡平丘県の毛玠(モウカイ)、字は孝先を推挙したので、曹操は同じく招いて従事とした。
またこのとき、于禁(ウキン)という男が配下数百人を率いて曹操のもとへ身を投じてきた。彼は字を文則といい、泰山郡鉅平県の人である。曹操は、于禁が弓馬に優れ、武芸達者であることを知り、点軍司馬とした。


ある日のこと、夏侯惇は配下を引き連れて山に猟に出た。
まだ日も明るいころ、猪をしとめた夏侯惇は、意気揚々と城に帰ろうとしていたが、ふいに、向こうから1頭の巨大な虎が走って来た。配下の者たちが恐れおののく中、夏侯惇は意を決して剣を抜いて迎え撃とうとした。ところが、どうも巨大虎の様子がおかしい。巨大虎は、まるで何かに怯えた様子で、夏侯惇たちには一べつもくれずに逃げ去っていったではないか。
「一体どういうわけだ?」
夏侯惇が不思議がっていると、あの巨大虎を追って、1人の男が現れた。
夏侯惇は剣を構えてその男を呼びとめ、事情を聞いた。
その男は筋骨隆々、両手に戟を持ち、立派な面構えをしており、堂々とした太い声で、
「あと少しのところであの虎をしとめられたというのに、なにゆえ邪魔をするのか?」
と言うと、再び巨大虎を追おうとした。
夏侯惇は慌ててまた呼び止め、
「あの虎を捕まえてどうしようというのだ?」
と尋ねると、
「喰うに決まっておろう」
と男は答えた。
「なぜわざわざ危険を冒してまで虎を食うのだ?」
「腹が減っておるからだ」
「虎を食うのか?」
「虎を狙うことに意味は無い。大きな獲物がたまたま虎だっただけのこと。わけあって山中に篭って数ヶ月。あの程度の虎などすでに何頭も喰らっており、いまさら危険というわけでもない」
聞いた夏侯惇は、これぞ豪傑の中の豪傑だと感嘆し、山中に篭るわけを尋ねた。
その男は、
「俺は陳留の生まれで、姓を典(テン)、名を韋(イ)と申すもの。もともと張邈(チョウバク)殿に仕えていたのだが、ある者が俺の恩人を殺めたため、俺はその者を斬って仇を討ち、捕吏数10人を打ち果たし、やむなくこうして山中に身を隠しておった次第。もはや下山はかなわずと思い、こうして虎と戯れる日々を過ごしておる」
と身の上を語った。
夏侯惇は剣を投げ捨てて典韋に駆け寄り、
「これぞ天下の豪傑ぞ!典韋よ、貴殿の身、この夏侯惇に預けてはくれんか?絶対に悪いようにはせん!」
と言い、典韋をどうにか説得し、すぐさま下山すると、その日のうちに曹操に紹介した。


「これは不敵な面構えよ!」
曹操の第一声はそれだった。
夏侯惇が、典韋の身の上話や、山中で巨大虎を追っていたことを説明すると、曹操は典韋を大いに気に入り、彼の過去の罪が問われないよう手配することを約束した。

そして、典韋を練兵場に案内すると、そこでその武芸を披露するよう命じた。
典韋は馬に乗ると、重さ80斤の鉄の戟2本を両手にして、目にも止まらぬ速さで振るい、さらに縦横に馬を飛ばして見せた。
見ていた将兵からどよめきが起こり、曹操や夏侯惇もあらためて彼の実力を認めた。
すると突然、突風が吹き起こり、本陣の大旗が倒れそうになった。
慌てて10数人の兵士たちが支えようとしたが、大旗はいっこうに支えきれずにいた。典韋は馬を下りてずかずかと歩を進めて兵士たちをどかすと、なんと片手で旗竿を掴み、荒れ狂う強風の中で大旗を立て直した。
曹操は、
「これぞ古の豪傑、悪来の再来だ!」
と絶賛し、その場で本陣付きの都尉に取り立て、自らが着ていた錦のひたたれと、彫刻された鞍をおいた駿馬1頭を与えた。
典韋は大旗を支えたまま、もう片方の手で錦のひたたれを受け取ると、
「おおおお!!」
と強風を吹き消すほどの雄叫びをあげ、そのひたたれを掲げた。
将兵は拍手喝采をあげ、みなが典韋を仲間として迎え入れた。



          次回へつづく。。。