【第1回 桃園に宴して 三豪傑義を結び 黄巾を斬って 英雄はじめて功を立つ】


その3『英雄たちの出会い』


義勇兵募集の高札の前に、1人の青年が立っていた。


その人、あまり学問を好まなかったが、胸に大志を抱き、よく人と交わり慕われていた。性格は温和で口数が少なかったが、発した言葉には人並みはずれた説得力があった。身の丈7尺5寸。両の耳が大きく、手は長く、大きな瞳は相手の心まで見透かすかのよう。顔は冠の玉のような白さで、唇は紅をさしたようである。


彼こそが前漢の中山靖王・劉勝の末孫で、景帝の玄孫、姓は劉、名は備、字は玄徳(ゲントク)である。


劉備は幼くして父親と死に別れてしまったが、母親に精一杯孝行して尽くした。家は貧しく、草鞋(ワラジ)を売ったり蓆(ムシロ)を織ったりして細々と生計を立てていた。

涿郡涿県の楼桑(ロウソウ)村に住んでいて、その家の東南に大きな桑の木があった。木の高さは5丈余り、遠くから眺めると、木は高々と伸び、まるで天子の乗る馬車の傘のようであった。
かつて、ある占い師がこんな事を言った、
「この家からは、きっと貴人が出られましょう」
また劉備は幼い頃、村の子供たちとその木で遊んでいて、
「私は天子になって、こんな馬車に乗ってみせるぞ」
と言った事があった。
叔父はその言葉を聞くと、
「ほう。この小僧、なかなか見どころがあるぞ」
と感心し、それ以来、貧しい劉備親子の面倒をみてやった。
劉備が15歳のとき、母は彼を遊学に出した。劉備は鄭玄(ジョウゲン)・盧植(ロショク)に師事し、そこで公孫瓚(コウソンサン)らと交流を深めた。
そして黄巾の乱が勃発し、劉焉(リュウエン)が募兵の高札を出したとき、劉備は28歳になっていた。


その日、劉備は募兵の高札を読んで深いため息をついた。
すると、ふいに後ろから、
「おい!そこのお前!男ならば、喜んで国のために戦うべきなのに、ため息をつくとは何事だっ!」
と腹に響くほどの大声を張り上げる者がいるではないか。
振り返って見れば、身の丈8尺、豹のように大きくたくましい頭に、どんぐりのような目、そして肉付き豊かな頬から顎にかけて虎の如き髭をたくわえ、その声は雷鳴の如く、その勢いたるや、まるで荒れ狂う馬の如き男がいた。
並みの者ならすぐさま逃げ出したくなるこの男を見て、むしろ劉備は興味が沸いた。
「あなたは?」
劉備が男に名を問うと、
「俺は姓は張、名は飛、字は翼徳(ヨクトク)だ。代々この涿郡(タクグン)に住み、田地田畑をいくらか持っている。いまは酒や豚肉を売って暮らしてはいるが、いつか国のために役に立とうと、武芸を磨き、天下の豪傑と付き合っているんだ。ちょうどいま、お前がこれを見てため息をついていたので、気になって声をかけたんだ」
と男が、鼻息荒く目を輝かせて答える。
劉備はこの男を気に入り、襟を正して拝礼し、
「私は漢皇室の流れを引く、姓は劉、名は備、字は玄徳と申す者です。天下を乱す憎き賊を討ち、民を救いたいのですが、いかんせん力が足りず・・・。自分の無力さを思い、ついため息をもらしてしまったのです」
これを聞いた張飛(チョウヒ)は、大きな目をさらに見開き、劉備の手を取って、
「か、漢皇室だって!?そうだったのか!いやあ、あんたは只者じゃないとは思っていたんだ!だったら話は早い!俺は少しばかり金の蓄えがある!さっそく村の若い連中を誘って、一緒に一旗挙げようじゃないか!どうだ!?」
劉備は彼の調子の良さと勢いに声をあげて笑った。
そして喜んで手を取り返し、
「それはいい。ぜひ」
と答え、2人で村の酒屋に入って酒を酌み交わすことにした。


劉備と張飛が酒屋に入り、語らいながら数合ほど飲んだとき、1人の大男が店に入り、空いていた席に腰をおろすなり店の者を呼んだ。
「おい、酒を急いで持って来てくれ。これから城の軍勢に参加するんだからな。景気付けに、うんと熱い酒を頼む」
劉備がその人を見れば、身の丈9尺、黒く美しい髭の長さは2尺もあり、顔色は熟れた柿かと見まがうように真赤。そして切れ長の目に太い眉、ぶ厚い胸板に太い手足。その男から発せられる圧倒的な威圧感に、店の中にいた人たちは皆、息を飲んだ。
劉備は張飛と顔を見合わせ、互いにうんとうなずくと、その偉丈夫に近寄って声をかけてみた、
「すみません。あなたは義勇軍に参加されるのですか?」
「ああ」
「そうですか。実は私たちもそう考えていたところです」
「ほう。そうか」

偉丈夫は口数少なく淡々と答える。
劉備はすぐさまその男を自分の卓に誘い、酒を注ぎながら名を問うと、
「それがし、姓は関、名は羽、もとの字は長生で、いまは雲長(ウンチョウ)と申す」
と偉丈夫。
「なぜ元の字を捨てたのです?」
と劉備。
すると偉丈夫は、その長く美しい顎鬚を撫でながら少しうつむき、
「うむ。実を言うと、それがしは河東郡(カトウグン)解良県(カイリョウケン)の生まれなのだが、地元の豪族のあまりの横暴ぶりが許せず、それを成敗したのだ。それから5、6年、故郷を離れ、武を極めるために各地を渡り歩いている。いま当地で賊徒討伐の義勇兵を募っているという噂を聞き、これに加わるべく参ったのだ」
それを聞いた劉備と張飛も自分の素性と志を打ち明ければ、
「おお。それは奇遇だな」
と関羽(カンウ)は喜び、
「さあ、俺の盃を受けてくれ」
と張飛も喜んで迎え入れる。
劉備も笑いながら、
「今日は志を同じくする私たち3人が出会えた記念すべき日だ。こんなに楽しい日はいつ以来だろうか。ははは」
と関羽と張飛に酒を勧めた。
こうして3人は大いに飲み、大いに夢を語り合った。


 次回へつづく。。。


新約三国志演義/坂本和丸著