【第1回 桃園に宴して 三豪傑義を結び 黄巾を斬って 英雄はじめて功を立つ】


その2『黄巾の乱』


張角は『太平要術』の書を得てからというもの、日夜修行に励んだ。

それは我が身を削るような苦行であり、命を危険にさらすこともあった。それでも張角は、苦しむ人々を救いたいという一心で、休むことなく修行を続けた。


ある日、張角は自分が食事を必要としなくなっていることに気づいた。
さらに修行をしていくと、張角は風を呼ぶことができるようになった。
さらに修行をしていくと、ついには雨を降らせることができるようになった。
この日から張角は、自らを『太平道人』と号するようになった。


184年正月、世に疫病が流行したとき、張角は山を下りて町へ出て、護符と水を施して人々の病を癒してまわった。
人々は張角を『大賢良師』と呼んで崇め、彼の歩く後ろを付いていくようになった。張角はそんな人々を弟子として迎え入れ、やがて弟子の数は500人を超えた。
こうして張角とその弟子たちは全国各地を渡り歩き、行く先々で呪文を書き、呪術を行って『太平道』の布教にあたった。帰依する者は日に日に増えていったので、張角は人数を分け、それぞれに頭目を置いて将軍と名乗らせた。


やがて信者が数万人に膨れ上がると、いよいよ張角の言動に異変が起こりはじめる。
張角は信者に、
『蒼天すでに死す。黄天まさに立つべし。甲子の年、天下大吉』
という怪しい言葉を言い広めさせるようになる。
そして白土で「甲子」という2文字を家の門に書きつけさせた。青・幽・徐・冀・荊・揚・兗・豫の8州の民衆は皆、『大賢良師張角』と書かれた札を祭って崇めた。
そしてある日、張角は同志の馬元義(バゲンギ)を宦官の封諝(ホウショ)のもとへ派遣し、密かに金を贈って内応を頼むとともに、2人の弟を呼んでこう言った、
「民の心は得難きものだ。しかし、いまやその民心は私にある。天下を動かすまさに好機!」
いつになく高揚している兄の姿に、弟の張宝・張梁は驚いた。
「兄上、たしかに信徒は増えました。しかし本当によいのですか?もし挙兵が失敗したときは、我々は国賊として滅びるのですよ」
と張宝。
「私は賛成です。腐敗した漢を倒すことこそ、世を救うことになるはずです」
と張梁。
張角は2人を諭すように言う、
「かつて南華老仙は言った。私に悪心が芽生えたとき、必ず天罰が下ると。いまの私に悪の心はあると思うか?私はずっと世を救うことのみを考えてきたのだ。これは漢に対する謀反ではない。世を救うための、いわば義挙!太平の世に導くことこそ私の悲願!」
聞いた弟たちはこれに納得した。

かくして、彼らは密かに黄色の旗を作って蜂起の期日を定め、同時に宦官封諝にこのことを伝えるべく、弟子の唐周(トウシュウ)に手紙を届けさせた。
ところがここで、張角にとって予想外の出来事が起こる。

手紙を持った唐周が裏切り、役所に直行してこの謀反の計画を訴え出たのだ。
謀反を知った霊帝は大将軍何進(カシン)に命じて、軍を馬元義のもとに差し向け即刻これを打ち首にするとともに、宦官封諝ら一味を逮捕して投獄したのである。

張角は計画が露見したと分かると、その夜のうちに兵をあげ、自らは『天公将軍』と称し、張宝は『地公将軍』、張梁は『人公将軍』と称した。
そして信者たちを前に宣言した、
「いままさに、漢の命運は尽きようとしている!汝らは皆、天に従い正義に従い、そして太平の世を謳歌するのだ!」
張角の挙兵は一夜にして全国に伝わり、これに加わる者は4、50万人におよんだ。その皆が黄色の布で頭を包んだので、人々は彼らを『黄巾党』と呼んだ。

蜂起した黄巾軍の勢いは凄まじく、官軍は戦わずして逃げ出すほどであった。
しかしここでもまた、張角が予想できなかった事態に陥る。蜂起した信者たちの中に、暴徒と化す者が現れはじめたのだ。罪もない人々を殺し、略奪していく黄巾たち。義挙と信じて応援した人々も、いつしか彼らのことを『黄巾賊』と呼んで恐れるようになっていった。
それでも張角は、
「・・・もはや、あとには引けぬ」
と言い、付き従う信者を率いて戦火を広げていくのだった。


大将軍何進は霊帝に、「各地の防御を固め、賊を討って功を立てよ」との詔をすみやかに下されるよう上奏し、また、中郎将の盧植(ロショク)・皇甫嵩(コウホスウ)・朱儁(シュシュン)にそれぞれ精兵を率いさせ、賊の討伐に向かわせた。


さて、黄巾の1軍は幽州の境まで進軍した。
幽州刺史の劉焉(リュウエン)は、江夏郡竟陵(キョウリョウ)県の人で、漢王朝の魯の恭王の末孫であった。
彼はこのとき賊軍迫ると聞いて、校尉の鄒靖(スウセイ)を呼んで話し合うと、鄒靖は、
「賊軍は多く、我が軍は手薄でございますゆえ、すみやかに義勇兵を募り、賊に備えるべきかと存じます」
と進言した。
劉焉はこの意見を採用し、ただちに義勇兵募集の高札を出した。

高札が涿(タク)県に立てられると、これに応じて、涿県から1人の英雄が現れることになる。


 次回へつづく。。。


新約三国志演義/坂本和丸著