日本人は、国家レベルで集団IQの低下が激しいんだと。



「カワイイー」
「キレーイ」
「スゴーイ」
何を聞いても、何を見ても、何を感じても、ほとんどコレでしか表現しなくなってきた日本人を見て、中国人が新聞で特集してた。
「しかし、それでも中国をはじめアメリカやヨーロッパなどの企業は、依然として日本の技術力を欲しがっているし、ノーベル賞の受賞率も、やはり依然として高い」とも、その新聞では書かれていた。



前者と後者で二極化が進んでいるのか、それとも両者が極端な例なのか。
そんなことより、自分が気になったのは前者の言われよう。
確かに自分も何かに感動を覚えたとき、この3つの言葉をとっさに形容して声をあげることは多い。
でも、美辞麗句を並べてじっくりと誰かに何かを伝えようと思えば、誰だってもう少し詳しく考えることは出来るんじゃないか、と思って考えてみた。例えば、なぜ自分は氷室京介をこんなに敬愛しているのか、とか、自分の好むファッションの理由とか、自分の性癖の由来とか。長文で説明することはきっと出来る。



雑誌に商品を売り込むためのキャッチであったり、説明であったり文句であったりを書く仕事をしていたとき、そんなときでも自分は極力、その商品の良さを美辞麗句で塗り固めてアピールすることを避けていた。ダラダラと言えば言うほど、読み手はウソっぽく感じるだろうし、なにより読む気を削いでしまうと思っていたからだ。
「最近は本を読む人も減ったしね、文章は少なめでいいですよ。写真とか絵を多めにしてください」編集長に言われたこともあった。



社会的に物書きの需要が減り、喜びも減ってきているように想う昨今。
だからって、ドラマとか映画化を狙って書いているような小説家にはなれないなぁ。
でもキモチイイからなぁ、書くのも読むのも。



里帰りして読んだ一冊の小説にあった。
「考え込んでいつまでもじっとしているよりは、少しでも動いてみれば同じ場所に立っていても視点が変わって新しいものが見えてくる」
「何もしていないようでも時が経てば勝手に人は成長していく」



え?どっち?何が言いたいんだろう、この本は。
思ったけど、とにかく自分はそろそろ動いてみたほうが良さそうだし、そうしてみよう。
そんな気持ちにさせられた、寒すぎる群馬の秋の夜でした。
なんてか、最近スロットが絶好調負け知らず。
することなさすぎ、退屈三昧、怠惰ボリボリ。

やりたかったことまでサボりがちになってるし、
やるべきこともめんどく感じるし、
減らした喫煙量だって前にも増してる気がするし、
終いには、最近辞めたはずのスロット行っちゃってる始末。

ここまで自分に嫌悪するのは久しぶり。

お金持ちが、なんでお金持ちになっても仕事を辞めないのかわかった気がする。
自分は金持ちになったわけでもないのに。

腹が出たって筋トレしない。
相方が嫌がったって禁煙しない、禁スロしない。

なんでかな。
わかってることしないとね。
全部なくなっちまう。

生きてるように生きたい。

日々時間を持て余していても、したいことを全部できるわけじゃない。

それじゃあ、始めますか。

でもなにから?
なにを?
どこまで?

俺は笑っていたいんだ。
ある、ラッパーが書いた詩を読んで。

「欲のない奴は豚だ。欲をコントロール出来ない奴はそれ以下だ」

刺さった。
昔、10年以上も前にこの詩を聞いたときは何も思わなかったのに。

今の生き方に負い目があるから辛く感じたのか、良かれと信じてきた到着点に疑問を抱いているから、思わず息を飲んだのか。

「考えていることがあるなら今日からやればいい」
伝説の雀士が遺した言葉を胸に、そろそろやりますかい。

って前にも言った気がする。
とりあえず、早寝早起き、禁スロ禁パチ、読書執筆、ウォーキング、節約節税、くらいから始めましょう。
さすれば道は開かれん!