急性妊娠脂肪肝の略称AFLPは、Acute Fatty Liver of Pregnancy の頭文字をとっています。
AFLPは、妊娠後期(妊娠28週以降)に発症し、急速に肝不全に至る母児ともに予後不良な疾患です。1940年にSheehanによって初めて報告されました。病理学的な特徴は、肝細胞に小脂肪滴が広範囲に沈着することです。ウイルス性肝炎との違いは、壊死・炎症・線維化を伴わないことです。また、成人の脂肪肝で沈着する脂肪の大部分は中性脂肪ですが、AFLPでは小滴性脂肪肝で主に遊離脂肪酸が沈着します。
AFLPの発症要因は不明です。しかし、ミトコンドリアでの脂肪酸のβ酸化過程の障害が一因にあると考えられています。
発症頻度は13000~15000妊娠に1例程度と極めて稀な疾患ですが、近年では軽症例での早期診断例もみられるようになり、6000~7000妊娠に1例程度ともいわれています。妊娠に特異的な疾患であり、妊娠中および産褥期にのみ発症します。以前紹介しましたHELLP症候群と比較すると1/20程度の発症頻度ということになります。
経産婦さんよりも初産婦さんに多く、多胎妊娠においては発症頻度が増加することが知られています。また、男児の妊娠時に多いともいわれています。妊娠高血圧症候群との合併は約50%程度とされています。
かつては母児の死亡率が80%以上といわれていたAFLPですが、近年では早期診断および適切な時期での分娩により母体死亡は激減してほとんどなくなり、周産期死亡率も10%以下まで改善されました。
以前紹介したHELLP症候群の再発率は約20%と高いのですが、AFLPの次回妊娠時の再発は稀であるとされています。
AFLPの臨床経過は次のようになります。
①倦怠感・食欲不振・悪心・嘔吐・腹痛(右上腹部痛・心窩部痛)が出現
②①の症状が出現した数日後から黄疸・肝機能障害が出現
黄疸には掻痒感(かゆみ)を伴わないことが特徴的です。
③②の症状が出た後も診断・治療が遅れると肝不全に陥る
肝性昏睡による意識障害・低血糖・凝固異常によるDIC・腎不全などを併発し母体死亡となります。
胎児は母体の代謝性アシドーシスの進行に伴って、急速に状態が悪化します。胎児機能不全あるいは胎児死亡に至ることも多々あります。
約50%でみられる妊娠高血圧症候群合併例では、これ以外に高血圧・蛋白尿・浮腫がみられます。
AFLPでみられる検査値の異常は以下のようなものがあります。しかし、血液検査でのAFLPの診断基準はありません。
【一般生化学検査】
AST(GOT)・ALT(GPS):軽度~中等度上昇(100~1000IU/L)
(1000IU/Lを超えることは稀で、正常値のこともあります。)
LDH:軽度上昇
ビリルビン:軽度上昇
(直接ビリルビンが優位です。正常値のこともあります。)
血清アルブミン:低値
尿酸:異常高値
クレアチニン・BUN:高値
(種々の程度で腎機能障害あるいは腎不全をきたします。)
血糖:低下
アンモニア:軽度~中等度上昇
(アンモニアの上昇はAFLPの特徴といえます。)
【血液一般検査】
白血球増加(20000~30000/μL)
血液濃縮によるHt値の上昇
溶血性貧血
血小板減少
(通常は軽度減少ですが、DICを合併すると著明に減少します。)
【凝固系検査】
PT・APTT:延長
フィブリノゲン:著しく低下
AT-III活性:低値(50%以下になることが多い。)
AFLPの確定診断のためには肝生検が必要です。臨床所見や血液検査でAFLPが強く疑われる場合には、肝生検により、肝細胞への小脂肪滴の広範囲な沈着が確認されれば確定診断が得られます。肝生検による病理診断では、肝小葉構造は保たれており、小葉中心性の肝細胞内に無数の微小胞性の脂肪変性が認められること・壊死や炎症像は軽度であることが特徴です。ただし、重症例で凝固能異常がみられる例では肝生検は禁忌です。
また、脂肪肝の診断目的に画像診断が行われることもありますが、超音波検査やCT検査で脂肪肝としてとらえられる頻度は、それぞれ約50%、20~30%とそれほど高くありません。従って、画像診断上、脂肪肝の所見がなくてもAFLPを否定できず、あくまでも画像診断は補助診断としての役割になります。
AFLPの治療法です。AFLPは妊娠に特異的な疾患であり、分娩を契機に改善することが広く認識されています。従って、AFLPの治療の基本は、早期の児娩出と母体の集学的治療(集中治療)ということになります。
児の娩出は帝王切開が選択されるケースが圧倒的に多いのですが、症例によっては経膣分娩が選択されることもあります。
分娩後に肝機能障害が慢性化することはありませんが、肝機能障害が改善せず肝不全に陥って肝臓移植が行われた例もあるようです。
AFLPですが、早期診断・早期治療という認識の広まりにより、近年では母児の予後は著しく改善されています。母体の全身状態が重症化する前に妊娠を中断することが大切である疾患といえます。

