今年はまさに衝撃的な年明けを迎え、改めて世界一の地震大国で暮らしていることを痛感し、皆さんのコメントと同様に一刻も早い被災地の復旧・復興を願うばかりです
今回はまろさんの弾き振り&MCでしたが、「音楽には人智を超える力があるですよ。」「音楽は人に希望を与えてくれる。」etc.時事も含め、あるいは九響若手をイジリながら軽妙に進行していきました~Good Job
2024年1月7日
アクロス福岡シンフォニーホール
九州交響楽団
ニューイヤーコンサート2024
Cond&Vn 篠崎史紀
【第1部】
ワルツ「舞踏会の妖精たち」《喜歌劇「メリーウィドウ」より》
(F.レハール)
ワルツ「シェーンブルンの人々」op.200
(J.ランナー)
ギャロップ「小さな広告」op.4
(J.ヘルメスベルガー2世)
「ヴェネツィア人のギャロップ」op.74
(ヨハン・シュトラウス1世)
「美しきロスマリン」★「愛の悲しみ」★「愛の喜び」★
(F.クライスラー)
ヨゼフ・シュトラウス/ワルツ「天体の音楽」op.235
(ヨゼフ・シュトラウス)
★ソロ:篠崎史紀
【第2部】(ヨハン・シュトラウス2世)
ワルツ「南国のバラ」op.388
シャンペン・ポルカop.211
宝のワルツop.418
ポルカ「観光列車」op.281
ワルツ「美しく青きドナウ」op.31
【アンコール】
ラデツキー行進曲(ヨハン・シュトラウス1世)
ステージ配置
今の日本では特にニューイヤーコンサートなどで楽しまれているウィンナ・ワルツですが、源流はさておきスタイルが確立したのはそんなに古いことではありませんね
今回はその歴史をなぞるような選曲でした(並びは時代通りではありませんが)、まずはウィンナ・オペレッタの銀の時代の中心人物レハール(1870年~1948年)の代表作「メリー・ウィドウ」からワルツ
特に帝国の首都としてのウィーンについては、フランス革命~ナポレオン戦争から第2次世界大戦に至るヨーロッパ大陸の覇権争いが、時代背景として色濃く影を落とします~シュトラウス一家に留まらずベートヴェンからマーラーetc.までその範囲は広いですね
世界遺産シェーンブルン宮殿
2曲目はワルツの始祖と呼ばれるヨーゼフ・ランナー(1801年~1843年)のワルツを1曲~この作者はパーマー楽団で同僚演奏者となったシュトラウス1世といっしょに独立して楽団を結成したものの、やがて喧嘩して袂を分かち世に言う「ワルツ合戦」をやりやって、シュトラウス1世がワルツの父と呼ばれる遠因をつくった人でもあります
3曲目ギャロップの作者はヘルメスベルガー2世(1855年~1907年)でクライスラーのVn師匠、この方はVPOのコンマスからマーラーの後任として首席指揮者となったものの天才指揮者のあとでは集客が激減したらしく、その後52歳で没したのはちょっと気の毒なかあ
そして4曲目はランナーのところで触れたシュトラウス1世のギャロップ~彼も居酒屋の息子で終わっていたかもしれない人生が、ナポレオン戦争・ウィーン会議の不景気をもろに受けて父の居酒屋が破綻、紆余曲折を経てVn楽士となり「ワルツ合戦」の後ワルツの父となります
J・シュトラウス1世
ワルツにギャロップを楽しんだあとは大バイオリニストのクライスラー(1875年~1962年)、とくればVnソロは当然まろさん~もちろん黙って演奏するわけもなく自身の各曲への妄想をいろいろ披露w~まろさんの演奏もやや憂いを含んで渋めの大人の演奏
そして前半のトリはシュトラウス一家の次男ヨーゼフの作品ワルツ「天体の音楽」~前半の曲のなかではシッカリした曲構成の素晴らしい曲です
ここまではクライスラーのオーケストレーションは弦楽合奏だし、初期のワルツなどは構成が弱いので、やはり天体が一番よかったかな(九響も徐々にup)
J・シュトラウス2世
後半はシュトラウス2世特集~最初に大好きなワルツ「南国のバラ」でスタート
ポルカの2曲はシャンペンを開ける音をおもちゃの鉄砲でポンと鳴らしたり(ちょっと失敗して空振りもあったけどw)、スネアDr担当の方が大活躍し最後は彼女とまろさんが大きいクラッカーをバン楽しい趣向もイロイロ
観光列車では汽車の走る音やまたまたスネアDrの方が車掌の帽子を被ってホイッスルを鳴らしたり、これまた大活躍で上手で笛を鳴らしたら慌てて下手のスネアへ戻り演奏を再開w
ポルカやギャロップはいろいろな小道具が登場します〜本物のピストルで空砲を撃ったりw
なんやかやと楽しませたあとのオオトリは超有名曲のドナウワルツオーストリアの第2の国歌と呼ばれ、シュトラウス2世の3大ワルツのひとつですね
なぜ国歌なのかというと、もともと1865年ウィーン男声合唱教会の依頼をキッカケとして作曲されたわけですが、折しも1866年普墺戦争のケーニヒグレーツの戦いで大敗を喫して敗戦
この曲と歌詞も紆余曲折を経て1867年パリ万博での演奏を契機にほぼ現在の形に定着、とともに母国での評価が今一歩だった曲が各国で絶賛され大ヒットとなりました
まあこれ以上の話は別の機会に譲るとして、もうこの曲のころはダイブン演奏もこなれてまろさんの弾き振りに合わせてテンポも揺れ、ポルタメントも大見得を切るようww~ブラボォ
終演
アンコールはお約束のラデツキー行進曲~父シュトラウスが革命派から皇帝派に寝返ったとみなされるキッカケとなった、オーストリア陸軍の英雄ラデツキー将軍を讃える曲
ほぼ満員の聴衆でまろさんの音頭のもとみんなといっしょに手拍子するとやはり盛り上がりますね~最後は少しホッコリして終演新シーズンに九響アドヴァイザーに就任するまろさんと九響のみなさん新年のスタートありがとうございましたサンクス