大動脈解離A型退院後の生活 9カ月になり

毎日快晴の日が続いておりますので畑は草もほとんどない状態になりました。

トラクターも半年くらいから右手だけで使うようにして左は極力力を入れないことにして作業しております。

お陰で9カ月左も殆ど問題無いように感じるまでになりました。

そんなことで畑で毎日遊んでおります。

 

もう10年は続いております地域でのグランドゴルフをしておりますが、入院以後三か月くらいから顔を見せるようにしておりました。とても降りることは出来ませんので色々と考えました。

公園の草引きと花山の整備を続けております。色んな花の種を撒き育て大きくなったら花山に移植することでかなりきれいになりました。

皆さん無理しないでと言ってくれ、コーヒータイムでおいしいコーヒーを戴いて楽しいひと時を過ごしております。地域での関りを続けることは本当に大切な事です。

お陰で大きな病気をしましたが地域の人々との交流を続けております。

 

 

大動脈解離A型退院後の生活 9カ月になりました。

救急車、ドクターヘリにお世話になってから9カ月になります。その救急車もドクターヘリも全く記憶にありませんので後から家族から聞いたことです。そんな状況下で主治医の先生初めスタッフの皆さんのお陰で9カ月生きさせて頂きました。

本来でしたらその場でこの世とお別れの身でしたが、お陰様で今日まで生かせて頂きました。

この間奇跡的な事の連続です。この9カ月間これも奇跡的な状況で、大きな問題も無く生きて来れました。

運動も頑張り又頑張り過ぎないような生活でした。一日の立っている時間は12時間以上の毎日でした。食べ物も完全に変わりました。野菜中心の食べ物です。

レタス、法蓮草、キャベツ、玉ねぎ、ジャガイモ、これらが特に多いです。生野菜は何も掛けないで食べています。

塩分過多が心配で少しでも減らしたいので、何も掛けないことに最近慣れました。

後はナッツもアーモンド、トマト、オリーブオイル、納豆、卵、わかめ、オメガⅢが含んでいる、アジ、イワシ、サケ、時には缶詰、バナナ、が主な食べ物です。肉類は時々にしています。動物タンパクより食物たんぱくが主になりました。干し大根、高野豆腐もよく食べています。

こうして血管を柔らかくする食生活になるよう務めています。この病気そのものは動脈硬化が原因ですので、とにかく血管を柔らかくすることに務めています。脳梗塞、心筋梗塞になりにくい食べ物で今は頑張っています。

それと脈拍を上げない生活で有酸素運動を十分にしております。元々心臓に負担を掛けていたからなったこと、今はその反省で心臓を穏やかに過ごしてもらうように過激な事は一切慎んでおります。ストレスも体に負担がかかりますので極力自律神経を乱さないように務めていますが、生きていたらそうもいかない事があります。そんな時は足裏マッサージから足全体のマッサージをして休むようにしています。

目に見えて解るのは足の筋肉があと少しで粗元に戻る感じの昨今です。

沢山の方々が見て頂きましてありがとうございます。閲覧が増えることで励ましを頂いた感じに受け取りより一層元に戻るように励んでおります。

ありがとうございます。

このように書くのも自身の脳のトレーニングと考え励んでおります。

大動脈解離A型退院後の生活 8カ月過ぎてお伊勢参り

念願のお伊勢参りが出来ました。手術後まさか伊勢参りまで出来るとは想像を超えていましたが、体調も安定して来ており、後は歩行だけがどうなるのか心配はして出かけました。孫がとにかく電車が好きで何とか連れて行ってあげたいのと重なり出かけました。

あの道のりを歩けるのか不安でしたが、何とか伊勢内宮まで歩けました。ありがたいことに宇治山田駅からのバスは混雑しておりましたが、若い男性が杖を持っているのに立つのはと思われたのか、代わって頂き座る事が出来ました。

本来でしたら立つことになったはずでずが本当に親切にして頂きました。

ありがたいことです。お参りもありがたい事でしたが、こうして人の親切を直接感じますと、今日は伊勢参りして良かった。本当に嬉しかった一日になりました。

五十鈴川に掛けられた橋を歩いているだけで、良くここまで来れたものだ。長い9カ月になろうとしているのにここまで回復できた。ありがたい、ありがたいしか言葉はありません。

無事にお参りを済ますことができました。私の地域では毎年恒例のお伊勢参りが年明けにあります。団体で行きますと神楽殿で神楽の奉納がありそれはそれは厳かな年明けとなりますが、ここ最近お伊勢参りの案内が無いもので気にはしておりました。私の地域の氏神さまには太神宮の灯篭があります。それは江戸時代に盛んになりましたお伊勢参りの証です。村を代表してお参りし、無事に帰りましたと報告する為のものでしょうか、

ここから歩いて5日程掛けて伊勢本街道を通りお詣りされていたものの名残が団体で行っておりました。それも時代の流れ個々にお参りするようになったようです。

それはそうと5日はこどもの日大変な混雑でおかげ横丁も歩けないほどの人、人でしたが無事にお参りして帰宅することが出来ました。

何度もお参りをしておりますが、今回ほどありがたいお参りはありませんでした。帰りは一号車でしたので孫はずっと車掌室の前で過ぎていく車窓に釘付けの時間となりました。

大動脈解離A型退院後の生活 8カ月過ぎて 痴呆無いため

 

私がこうした大病した為に一時期簡単な記憶が出来ない状態が続いておりました。これはどうしょうもない事で、それをどのように対応していいのかも解らない状態で過ごしていました。

本当に恥ずかしいのですが、カレンダーが目の前にあるのに見ているのに今日は何日と覚えたはずが記憶しない。何曜日も記憶しないのです。

入院してからあまり意識していませんが、病院で書く用紙の日時も何時だったか解らず看護師さんに教えてもらい書いた記憶があります。

退院前に看護師さんが薬の仕分けして下さいと退院後に使う薬をケースに仕分ける訳ですが、これは問題なくクリアーしました。

これは大丈夫、でも今日何日、何曜日が主に記憶しませんでした。親しい友達の名前も出てきません。それ以外は問題なく記憶してくれていますが、これだけがどうも記憶の一部に問題があったのか、あまり気にも止めないで過ごして居りましたら、6カ月頃から記憶してくれるようになり、今は問題なさそうです。そんなこともあり入院中の事や退院後り経過など書くことで頭を動かせるのではと思い長く書いておりましたアメーバーを書くことで少しでも記憶や考える脳の働きに寄与するかもと取り込んでおります。併せて毎日の天気、気温、血圧、体温、血中酸素、歩数、スタンド時間など記入、それ以外夕方には一日の食べたものとカロリーなども記入しておりますと食べたものを思い出すことが出来、ほとんど間違いなく記録出来るようになりました。

こうして思考回路が粗改善したのかもと思う昨今です。

私の場合こんな形でボケが一時期ありました。老人の仲間に入りこれからもより一層脳の動きのいいようにしていきたいものです。

脳は年老いても使えば記憶や思考は高まると言われていますので、頑張ってボケが出るかも知れませんが遅れさせたとつくづく思います。そんな事もあり

皆さんに読んで貰い何かの参考になれば、よりありがたいことです。

大動脈解離A型退院後の生活 8カ月過ぎて感じることは

 

奇跡的に命を取り留めました。それは医療関係者すべてのお力があればこそと今も思いながら入院中どうしたら元の体近くまで戻るのか色々と考えました。その結果、裏の畑で遊ぶ中で徐々に体力、筋力を付けていこうそれが一番いいとなり、東京におります息子が荒れた畑を何とか耕してくれました。お陰で少しだけでも畑で遊べるとなり、足の筋力が無い中で僅かに筋力が戻って来る感覚を覚え、これだと何とかなると思い、毎日何回も家で休み、又畑に、そんな退院後の毎日でした。

畑だと扱けてもクッションになりますので安心して歩いては座り草引きして又立ち上がり、又座るこんな毎日でした。

スポーツジムの選択もあったのですが、気になるのは人工血管がもし外れたりと思うと無理は出来ませんでした。

毎日7000歩~8000歩歩くようにして畑で遊んでいました。時々近くを杖を持って歩いた日もあります。それでも3カ月頃で1キロ程しか歩けませんでした。それが一カ月過ぎたら又500メーターほど増えるような日々で中々病院にお世話になる前のようには戻りません。8か月過ぎ8割~9割戻ったかも知れません。

とにかく無理もしないで無理もするという試行錯誤の8カ月でした。

思うにこの病気したら後が怖いので無理をしない為に回復が遅れ、また病院という人も居られる見たいですが、自分にあった体力作りがやはり大事のように思います。有酸素運動、これをどのようにするか、人それぞれの考え方があるでしょう。自分に合った運動それも無理の無い程度で出来るだけ長い時間取り組んで体力をアップするのがいいように思います。2か月頃からは毎日畑と家の往復でスタンドの時間が11~12時間とかなりかなり長時間立つことを続け椅子に座る時間を極端に減らしたことがここまで回復したのかなあーと思っています。病気を考えおとなしくしていたらここまでの回復は厳しかったのかも知れません。人それぞれですので一概に言えませんがそんな事思います。

自分的にはここまで回復出来たのは奇跡的です。

大動脈解離A型退院後の生活 8カ月過ぎました。

 

退院後4カ月は主治医が診察してくれましたが、それからは一般病院で診察してほしいということでした。主治医は本当に大変で寝る間も食べる事も削って手術に診察にかけずりまくる生活をされています。

あれだけ過酷なことは普通では出来ません。今は医大でも勤務されている先生に見てもらっています。7カ月と8カ月とではあまり身体的にも変化はありません。気をつけていることは体重が増えないように食事を制限していること、塩分を取りすぎないように生野菜はドレッシング等使わないようにしています。油脂食品を控え目にして野菜中心の食事になっています。

後は朝の納豆は夜になり血栓になりにくいようにしています。それ以外はトマトジュースは欠かせないようになりました。

後はナッツ、アーモンド、オリーブオイルは欠かさず取り入れています。もう三か月にはなるでしょうか、毎朝ショウガを擦りおろし白湯にして飲んでいます。底に残ったもので白湯を加え三杯は飲んでいます。これは中々気に入っております。

 

足の筋肉がもう少し付けばありがたいのに中々です。

気をつけて生活しております。ただ脳は正常になった、かも、こうして経過を書くことで記憶を戻したり、記憶したりしておりますが、それは他の人から見てどうなんでしょうか、近所の人たちは本当に元気になりましたねとは言われますが、自信はありません。

でも頑張っております。

大動脈解離A型退院後の生活 食事内容

突然の手術からもう8ケ月になります。その間色々と学びました。特に食生活です。お酒は退院以後一滴も飲んでいません。多少はいいと言う方も居られますが、それは酒好きの言い訳のようですので飲んでいません。ただテレビのコマーシャルのビールが出て瞬間ほしくなりますが、その後は普通に戻ります。

トマトジュースは毎日飲むようになりました。ナッツとアーモンドも少量食べるようになりました。これは血管を柔らかくするらしいです。卵は以前からも毎日1個食べています。強いタンパク質ですので、後は夜に納豆を食べています。血栓になりにくいとか、言う事らしいです。

それ以外は野菜が増えました。特に生野菜は何も掛けないで食べることが多いです。イワシ、アジなども週に2回は食べるようにしています。オメガ3がいいという事です。

後はバナナ、トマト、などを好んで食べるようにしております。何とか血管がしなやかになればと思いそんな食生活をしております。大変な病気で教えられたのでしょうか、口に何を入れるか、ただ今のところ後遺症も無いようですので本当にありがたいことです。

でも心の中では何が起こっても不思議でないことを認識しながらも何とか元気になりたい一心で毎日生活しております。この病気はそう簡単に改善しないらしいです。皆さん苦労されているみたいで、医者も成りたくない病気のナンバーワンだとか、

大動脈解離A型退院後の生活 徳を積む 勧め

これだけ大きな病気、それも何の前触れもなく突然に訪れる大動脈解離、幸い、家族がいてくれて119に電話してくれたことがすべての始まりです。

もし不在で一人になっているタイミングでしたらあの世でした。時間を争う病気ですので、救急指令室の対応、救急車の方々、ドクターヘリの緊急医の方々、病院の大勢の方々すべての人により一命を取り留め、今日ここまで元気になりました。大勢の見舞いの方からこんな声を沢山聞きました。[人の為に良く働きましたもの ,神さん助けてくれたんです]そんな言葉が本当に沢山の人から掛けて頂きました。自分としては対して人のためにしたとは思っていません。

ただ少しでもお手伝い出来たらという思いでした。それがこの大病して解ったのですが、仏教で言う利他行という言葉をよく使われます。

自分のことはさておいて他の人の為に尽くしなさいと言われますが、それも漠然と理解していただけでしたが、改めて解りました。

人のために手伝いをする。それはどんな形でもいい、お金があればお金でもいい、無ければ体を使って行う。知恵を貸すのも一つ、どんな方法でも人の為に行う事を徳を積むということです。

その徳を積み重ねておりますと、因果の法則で自分や家族に帰ってくる。それを今回の大病で身を持って味わいました。あの稲盛和夫氏もよく言われています利他行を持って生きることの大切さを解かれていますが、本当に少しでも気持ちをその方向に傾けるだけでもやがて大きな利他の心を育てることになるように思います。その事がどうもブッダの言いたかった事かも知れません。人間には4つの苦があると言われたことが一番中心にあるみたいですが、人間はどう生きるかを解かれたのが仏教だと思っております。

こんな私も一度は死の手前を味わった身、新しい人生をどのように生きればいいのか模索しております。ブッダがお亡くなりになる直前に私を悲しまないで修行を完成しなさいと言われた言葉、今味わうのは一度死の手前まで行った人間にもう一度時間を与えますので修行に励みなさい、学びなさいと言われているのかも知れません。

 

 

 

大動脈解離A型退院後の生活 老化

75歳のあの日まで老いとか老人などほとんど考えたことなく生活しておりました。しかし、こんな大きな病気をして老いというものを真剣に考えるようになりました。普通の人より良く動くし、歩く速度も早い、背筋も伸びている。周りからも元気ですねという声は聞きます。

そんな生活をしておりましただけに大変です。急に老いを過ごす事の難しさを味わっています。でも中々すべての速度を落とすことも出来ずにおります。

でも今までと違うのは血圧を上げない、脈拍を急に上げない、体を疲れにくい生活をする。でも有酸素運動はしっかりする。

こんな生活に変えざるを得ない中での毎日です。

これから少しづつ始まる老いと正面から向き合わないといけないことになりました。どういう老いがいいとかは解りますが、何しろこんな病気になってしまっただけに相当意識して残りの時間生きることになりそうです。

今は血管を丈夫にする食べ物、心臓によい食べ物、動脈硬化にならない為の食べ物を中心に生活しております。心配なのは心筋梗塞、脳梗塞、これから暖かくなりますので少しは体も楽になるかも知れません。冬場は風邪も引かないような生活をしておりました。

でも体だけは出来るだけ無理のない程度に動かすことを常としております。一日の歩行も併せて70008000歩を目安に欠かさず動いております。

体力もつけないといけないし、でも無理をしてはいけないし、大変です。

大動脈解離A型退院後の生活 脳の変化

 

退院して身体運動も大変な状況でしたが、徐々に改善してくれたのでほっとする事もありましたが、脳の動きに一部正常じゃない事がありました。過去の記憶はさほど違和感を感じませんでしたが、今日は何日、何曜日、昨日は何日など簡単な事が覚えられないことがありました。5カ月位まで単純な記憶すべきものが入らない、記憶する気も起こらない。どうしてこんなことになったのかは解りませんでしたが、5ヵ月を過ぎ自然と記憶してくれるようになりました。あれば一体何だったのでしょうか、最近はそうしたことも無いように思うのですが、自信は少しありません。又何時起こるかという不安はあります。

外見的には脳障害や身体に異常は感じないのですかが、細かく言うと記憶の一部が入らない時期が長く続いていました。

冬でもありましたので初めは腰にカイロをしておりましたが、背中の方がいいとも聞きましたので、それ以後は背中に毎日張りました。暖かい血液が脳に届く、それが良かったのか解りませんが、徐々に脳の動きが良くなったようにも思います。医学的には良いのか悪いのか解りませんが、今は大丈夫のようにも思います。

最近はエクセルで一日の食事内容を記録していますので、大方思い出すことが出来るようになり安堵しております。こんな事になっていた私です。