かがちの底
台所ですり鉢を使う時、必ずあるお客様(Aさん)とのお話を思い出します。
Aさん「坂田さん、女子(オナゴ)は”かがちの底”だけんね。」
私「かがち、ですか?」
Aさん「そげ。標準語は、すり鉢だったかな~。」
当時、Aさんは70歳を超したご婦人。先の大戦でご主人様を亡くし、その後婚家先の義弟様と再婚。当時は家を守るため、このような人生を送られる方は珍しくなかったようです。そんなことを淡々と語られた最後に、この「かがちの底」の話で締めくくられました。
Aさん「かがちはね、ゴリゴリやられて辛い時もあるけれど、じっと耐えているとゴマでも味噌でも、どんどん美味しくなっていく。そのあとでね、食べ物を底の方から上へ上へと押し上げていくんだわ。」
私「はぁ…。」
Aさん「だけんね、家族を立派にするのは、かがちの底の役目だけん。」
そう教えてくださいました。
私が思い浮かべるAさんの姿は、いつも手ぬぐいの姉さんかぶりで野良着のもんぺ姿。そして、日焼けしたとびきりの笑顔です。
Aさん「おじいさんは優しいし、養子夫婦もよくしてくれて、孫たちも『おばあちゃんおばあちゃん』って慕ってくれる。私がお腹を痛めた息子じゃないけど、よくしてくれる。本当に自慢の家族だわ。もったいないくらいにね。」
と、縁側でお茶をすすりながらお話しくださいました。
今振り返ってみると、あれは私に感じた何かを戒めるための賢い忠告だったのだろうと受け止めています。